07:お兄ちゃんと一緒に下校
「お~い、ユウ!」
「あ、お兄ちゃぁん❤ お待たせ!」
日曜日。
部活も終わって、校門で待ちあわせしていた。
すると、脳髄を蕩かしそうなエロボイスを愛想よくばら撒くユウが、トトトっと駆け寄ってきた。
中高一貫校なので、通っている学校の敷地が同じなのだ。周りにいる下校中の生徒は、みんなユウのほうを凝視している。
襲われでもしたら大変だ。早く帰ろう。
兄貴である俺が守ってやらなきゃ!
「じゃあ、帰ろうぜ」
「うん。――あれ? お兄ちゃん、お膝どうしたの? 擦りむいてるじゃない!」
ユウは目を見開いた。
確かに、俺の膝には擦り傷がある。
「いやぁ、部員のやつが、間違って俺の足蹴っ飛ばしやがって」
「そうなんだ……サッカーって大変なんだね。大丈夫? 絆創膏してあげる」
ユウは俺の前で屈み、かばんを漁りはじめる。
「え? いや、いいってそんなの。大した傷じゃ」
「ダメだよお兄ちゃん、バイ菌が入っちゃうよ!」
と、ユウは絆創膏をていねいに剥がして、俺の膝に貼った。
そんなのを持ち歩いてる事もそうだけど、ていねいな貼り方があまりにも女子らしい。
男子だけど……。
ユウに膝を触られてると、なんだかどきどきする。
こないだまでは、「ちょっと可愛いだけの弟」と割り切れていたんだけどなぁ。
ゴメンな、もう割り切れないや。
むしろ、メーター振り切った感じ。
「……あ、ありがとうございます」
「どうして敬語なの、お兄ちゃん?」
「それよりも。ユウは、今日何やったんだ?」
「ボク? ええっとねぇ――」
ユウの口を、俺は凝視してしまった。
白い歯や、赤い舌が、妙になまめかしい。
なんか、話がぜんぜん頭に入ってこない……!
「――それで、りんごとかの写生をしたよ」
「しゃ、しゃせいっ!?」
俺は、かばんを落っことした。
「ど、どうしたのお兄ちゃん? ボクなんか変なこと言ったかな……」
「いや、別に……お前が可愛すぎて見惚れてただけだ」
「……え、えっ!?」
ユウは、ぱっと口を覆った。
「……やだなぁ。ボクは可愛くなんかないでしょ、男だよボク? やっぱり今日、なんか変だよ?」
「あ、あぁ……こないだからずっと変でさ」
「えっ、熱とか?」
「まぁ熱といえば熱だけど。どちらかというと、心理的な熱というか……」
「たいへん! 大丈夫?」
ユウは、俺のおでこに手をあてようとする。が、後ろを向いたので、足をひっかけてしまった。
「きゃっ!?」
転びかけたユウを、俺はとっさに抱きとめた。
ユウの軽い体が、俺の手にふわりと落ちる。妙に、感触が柔らかい。
え、この弟なんなの。
体がマシュマロでできてたりするの?
「ぁ!」
「……おい、大丈夫か? 気をつけろよ」
「あっ……❤ ご、ごめんね、お兄ちゃん……ありがとう❤」
ユウは、吐息を荒げて言った。
それだけで色っぽい声になっている。
……男なのに。
「お、おう……」
「でも、お兄ちゃんってすごいね。咄嗟に掴んでくれるなんて、やっぱり運動神経あるよっ❤」
と、ユウは微笑んだ。
俺はユウの腰を掴み、他方、ユウは俺の首に手を回している。
すぐ目の前で見るユウの笑顔はメガトン級で、俺は言葉に詰まった。
「ま、まぁな」
フッ……とクールに笑う俺は、内心ドキドキだった。
学校から家までは、電車で数駅だ。
さりげなくホームの白線側に立ち、ユウを守るような格好で歩く。
日曜日なので、駅にいる人々は歓楽的な空気に満ちている。
そんなせいもあってか、急に声をかけられた。
「あのー、すいません。良かったら、連絡先教えてくれませんか?」
と、数名の女子高生がクスクス笑いながら言った。
フッ……モテる男はつらいぜ。
「あー、悪いけど、俺もうカノジョいるから――」
と言った瞬間、女子高生は俺の前をすぅっと通り抜けた。
そして、
「ねぇねぇ君、すごい可愛いね! ほんとに男の子?」
「え? は、はい……」
「キャーっ、マジで男の子だって!」
ユウに話しかけ、きゃいきゃいと騒ぎ始める。
ですよねー……知ってた。透明人間か俺は?
少しイラっとして、俺はユウのちっちゃい手を引っ張った。
「あっ、お兄ちゃん?!」
「行くぞ。バカな女どもなんかに、お前は渡さない」
「お、お兄ちゃん……❤」
あれ? 今の台詞めちゃくちゃかっこよくね?
ユウも、ちょっと頬を染めてうつむいてるし……。
何を勘違いしたのか知らないが、俺の言動に女子高生たちが黄色い声を上げて叫んでいた。
「きゃーっ♡ 私、本物のホモカップル始めて見ちゃったぁ!」
「ホモカップルじゃねー! 兄弟だ兄弟っ!」
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