06:萌えボイス声優・ユウ(2)

 30分ていどで、声の収録は終わった。

 

 「お疲れ様でしたー♡」

 

 と、ユウは愛想を振りまきながら退室する。

 

 周りは大人ばかりだけど、ユウはしっかり挨拶しているな。うんうん、さすが。

 

 「よう、ユウ、お疲れ――」


 と、俺が声をかけようとしたら、間に割り込む人が。

 

 「やぁ、西中くんお疲れ様」

 「あ、先輩、お疲れ様です♡」

 

 ユウのことを芸名で呼んだその人物は、先輩の声優らしい。

 

 「相変わらず、すごく耳に残る良い声だったね。新人なのにすごいじゃないか」

 「ありがとうございますっ♡ 今後も、脇役だけだと思いますけど、頑張りますね♡」

 

 と、ニコニコ言うユウ。 


 相手の人、ちょっとなれなれしい気がする……。

 

 まぁ、他の人と仲良くするのは大事だよな。と思っていたら、

 

 「ところで、この後食事でもどうだい? この間、良いイタリアンを見つけたんだけど、なかなか一人じゃ入りづらくてね」

 「えっ……!」


 ユウは目を見開いた。

 

 食事の誘いを受けるとは、思ってなかったみたいだ。


 「もちろん、僕が奢るよ。中学生相手に割り勘っていうのも、なんだか情けないしね」

 

 と、彼はキザったらしく言った。

 

 それを言うなら、そもそも中学生を食事に誘うなよ……。

 

 「さ、僕の車はこっちだよ」

 「え、ええっと……その、ボクは……!」

 「ほらほら、遠慮しないで」

 

 彼は、ユウの手を掴んで連れて行こうとする。

 

 俺は急いで、

 

 「すいませんけど! ケイはまだ中学生です。遅くに外出はできないんで、俺が連れて帰ります」

 

 と、ユウの肩を抱き寄せた。

 

 「あ、お兄ちゃん……❤」

 

 ユウが、ほっとしたように言った。

 

 「……あぁ、君ってお兄さんだったんだ?」

 

 彼は、おとなしく手を離した。

 

 ただ、ユウと食事をするのが諦めきれなかったらしい。

 

 「弟さんの仕事場まで着いてくるなんて、よっぽど弟さん想いみたいだね。そうだ、『ブラコン』って言うやつかな? ははははっ」

 

 と、あてこするような口調で言ってくる。

 

 が、俺はまともに相手にしない。

 

 「失礼します」

 

 と言って、ユウを連れて立ち去る。

 

 彼は、何かもうちょっとしゃべりたそうで、拍子抜けしていた。知ったことじゃあないけどさ。

 

 ユウははっきり言って、声も見た目も可愛い。こういう風にナンパされるのは、もう日常茶飯事だ。

 

 さっさと逃げてしまうのが、一番有効な対策――と、俺は学んでいた。

 

 「大丈夫だったか、ユウ?」

 「お兄ちゃん……❤ ゴメンね、ボク、ちゃんと断れなくって……❤」

 「そうだな。もうちょっと、言うべきことは言えるようにしないとな」

 

 俺は、腕を振り上げた。

 

 「あっ……ご、ごめっ……!?」

 

 ユウは、頭をガードする。

 

 ――が、ユウを殴るなんてことはなく、むしろ俺は頭を撫でた。

 

 「……ひとまずは俺が守ってやるけど、自分でもできるようにするんだぞ?」

 「あ……っ❤ う、うん……っ!」

 

 と、ユウは目をキラキラ輝かせた。

  

 「いや~、竜也たつやくん、カッコよかったねぇ!」

 

 マネージャーさんが急に現れ、可笑しそうに言う。

 

 「いや、マネージャーさんも、ああいうのは止めてくださいよ」

 「いやいやいや、私も止めようとしたんだけどさ。……その前に、君がパッ! と出て行っちゃうんだもん。よっぽど、ナンパされ慣れてるんだね?」

 「そりゃそうっすよ」

 

 俺は激しくうなずいた。

 

 「ユウ、めちゃくちゃ可愛いっすからね」

 「も、もう……お兄ちゃんったら……❤」

 「ははは、頼もしいね! ……それはそうと」

 

 マネージャーさんは、話題を変えた。

 

 ……が、それがまた、とんでもない話題だったんだ。

 

 「優斗くん優斗くーん。君、やっぱり声も顔も最高だよね~! どぉ、ウチで本格的にアイドル声優目指さない? 絶対、売れると思うなぁ~!」

 「えっ……!?」

 

 ユウは、体を飛び上がらせた。

 

 「どう、どう?! やる? やる? やるでしょっ!?」

 

 ユウは、もじもじして挙動不審になっている。

 

 やっぱり、きっぱり断るなんてユウには無理だったか……!

 

 「――だから! そういうナンパは止めてくださいって、言ってるじゃないっすか!」

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