05:萌えボイス声優・ユウ
ある日、学校が終わった後。
俺とユウは、あるビルの前に立っていた。その看板には、「声優・アナウンス業務プロダクション」という文字。
ビルに入りながら、ユウは俺に笑いかけた。
「お兄ちゃん、今日も付き添いありがと♡ ボク、お仕事がんばるねっ♡」
「おー、がんばれ!」
兄弟でハイタッチした後、ユウは事務所のドアを元気に開けた。
「おはようございまーす♡」
ユウは、ここの会社――事務所に所属している。
と言っても、いわゆる「芸能人」じゃない。
ユウは、人前に顔を晒すのが苦手だし……。
それに、ユウはただでさえ見た目が可愛く目立ってしまい、日常生活に支障をきたしているのだ。
「芸能人」という箔がついてしまったら、どうなってしまうのか――想像したくもない。
そうではなく、この事務所は声優・アナウンス業専門の事務所らしい。
つまり、ユウは「声優」というわけだ。
「あ、
「はいっ、よろしくお願いします♡」
マネージャーさんに連れられ、俺達は車で収録スタジオへ向かう。
こんな風に、週に数回、ユウは事務所で声優の仕事をしている。
その理由は、ユウの声が特徴的すぎるということがあった。
何しろユウは、普通にしゃべっているだけで、なぜか人を痺れさせるような艶っぽい声をしてる。毎日毎日、駅で、学校で、道端で、周りの人が注目し、その場に立ち止まってしまうほど。
そんな妙に良い声をしているものだから、小学生の時、事務所のマネジャーさんにぐうぜん見つかって、スカウトされてしまった。
最初はユウも渋っていたけど……。
芸能人と違って、声優とかアナウンスなら、必ずしも顔を出さずに済む。名前は、芸名を使えば良い。
――というわけで、ユウは数年前から声優をやっているのだ。
俺が脇で見ている限り、ゲームのキャラクターの声、施設のアナウンス、CM――など、いろいろな仕事があった。
お金もそこそこもらえて、我が家の家計はかなりユウに助けられてるらしい。
「マネージャーさん。今日のユウ、いつものでしたっけ」
「そうそう、『せっぷチュ♡ サムライ☆ガール』のアニメね」
ユウは収録現場に入り、アニメの収録が始まった。
俺とマネージャーさんは、録音室の外から静観する形。
ユウは名無しのチョイ役なので、ほんのちょっとしゃべる程度だ。
もっとも、だからって声がショボいってわけじゃない。
『あぁっ……❤ おサムライ様、ありがとうございますぅっ……❤』
――というユウの台詞がマイクで流れた瞬間、周りの人たちはみんな、ピクっと震えたり、微妙に顔を赤らめたりしていた。
もちろん俺も、なんだか耳と股がムズムズして、尻の位置を治してしまったくらいだ。
「いやぁ、優斗くん、本当に良い声してるねぇ」
と、マネージャーさん。
「そうっすね。何せ、男子中学生なのに、やってる役は町娘だし……」
そう。ユウが担当しているのは、女性役だった。
いかにも「か弱い女の子」と言った感じの、一話だけしか登場しない名無しヒロインである。
「うん。男の子なのに、あんな色っぽい声が出せる子なんて、中々いないよー。ウチに所属してくれて、ホントに助かるなぁ。お兄さんも、協力ありがとね」
「はぁ。ユウの顔と素性さえ明かさないなら、まぁいいですけど」
俺は、しぶしぶそう答えた。
「大丈夫大丈夫。でも、声だけでも、大分目立っちゃってるね。主役のキャラクターより、目立ってるかも……?」
「はい。ほんとユウの声、目立ちますよね……」
はぁっ、と俺はため息をついた。
ユウは目立ちたくないから、チョイ役の仕事しか受けていないんだけど……。
それにもかかわらず、一部のアニメ・ゲームファンに目をつけられ、話題になってしまっている。
「この西中ケイ(ユウの芸名だ)っていう、エロい声のひと誰!?」
「今の脇役の声、むっちゃ萌えたわ!!!!」
――などと、インターネット掲示板、SNS、動画投稿サイトで、コメントが寄せられていることもしばしば。
一部では「西中ケイ」専用スレッド・トピックが立てられ、その正体について論争が交わされている有様だ。
弟の活躍は、嬉しい気もする。けど、ユウの正体をバラされるわけにはいかない……っ!
そこで、俺の出番だ。
「収録現場で見たんだけど、西中ケイって、超美少女の女子高生だったぞ!」
――と、スマホを使って、ネット掲示板やSNSに書き込んでいく。
もちろん、事実無根の内容だ。
すべては、ユウを身バレから救うため……!
「美少年の男子中学生」だということは、絶対に隠し通さなければ。
「はぁ……書き込むのも、けっこう疲れるなぁ……」
「はは、お兄さんは今日も大変だね。火消しお疲れ様!」
マネージャーさんが、いけしゃあしゃあとそうのたまった。
「……あのですね。いったい誰のせいで、ユウが声優なんかになっちゃったと思ってんですか、誰の!」
「あはははっ、ゴメ~ンっ♪」
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