第30話:天地全面戦争1



 無事に終わらせて帰ってくる。任務前に彼女は唯吹にそう約束してくれた。でも帰ってくる様子もなく、一週間が経過していた。

 総司に話しかけようとしても思い詰めた顔ばかりで話しかけづらく、フォンヒルドもここ数日神社には来ていない。話によれば北欧神群側の仕事が忙しいため暫く来れないのだそうだ。色々と教わったおかげで一人で最低限の家事ができるため苦労はしないが……やはり一人でいる時間が確実に多くなっている。

 何もない日に九龍城に行った時も華琳は浮かない顔をしていた。というのも、九龍城自警団の団長であるシュウが数日前に目的不明のまま出ていったきり返ってこないと話を聞いている。絶界ではないにも関わらず、絶望の闇が漂っている気分だ。


 今日一日、巫女の業務を行っただけで気がつけばもう夕日が沈み始めていた。……また何事もなく今日も終わるのか。ため息を吐きながら箒を片付け、ゆっくりとした足取りへ自宅へ戻る。その最中、ある思いつきが頭によぎる。

 ここはアマテラスが祀る神明神社。そして、一部の人のみで尚且つ願い次第でアマテラスと半実体で話せる場所が存在することを思い出し、駆け足気味でお供え物を取りに行き、拝殿近くの本殿へ向かう。


「確か……ここか!」


 本殿にたどり着き、その内部の内陣への正規の入り口を確認。やはりと言ってもいいのか、木の構造によって閉ざしている。少し力を入れて扉を開いてみると、奥に祭壇があるだけの質素な風景が広がる。祭壇の前にお供え物を置いた後、手を合わせてほんの少しの期待を持ちつつアマテラスに問う。


「アマテラス様。弥音さんがどこにいるか、生きているか教えてください。帰りを待っている間不安で仕方ないのです」


 その後小一時間の沈黙。やはりアマテラスの子でもなければヤマト神群でもない。中華神群の龍吉公主の子である自分ではこちらからの話は乗ってくれないのか……。ため息を吐いて内陣を後にしようとした。


『待ちなさい、唯吹』


 背後から鈴の音と女性の声が聞こえて後ろに振り向くと、そこには半実体姿のアマテラスがむすっとした少し不機嫌な顔でこちらを見つめていた。


「わざわざ河辺家の一部の人しか知らない内陣を立ち入るなんて、とんでもない物好きね」

「え、えっと、ごめんなさい」

「拝殿でお賽銭与えてくれたらいつでも呼べるのに。いいわ。折角お供え物を置いてきてくれたし、答えるわ」

「ありがとうございます! ところで、弥音さんは……」


 不安になりながら聞いてみる唯吹であるが、アマテラスもまた回答に困っているのか一瞬彼女から目をそらした。ただでさえ気が気でないのに余計に不安が膨らんでいく。


「弥音は……生きているわ」

「そうですか! よかったぁ……」


 生きているなら希望がある。返事を聞いて安堵を浮かべるが、アマテラスの表情からはまだ険しそうな表情をしている。


「でも、今どこにいるか特定できないのよ」

「え、それはどういう。確か任務に行ったんじゃ……」

「その任務先で行方不明になったのよ。今わたしから出せる情報は生きているってだけ」


 行方不明という事実を聞いて再びうつむく。


「助けに行くことはできないの?」

「行くにも何も、場所が分からない以上行かせることはできないわ」

「そんな……。ボク、弥音さんを助けに行きたい!」

「と言われてもね……」


 そう頭をかしげて思い悩ませてしまった。助けたい人を助けに行くにも、目の前に訪れる災厄を解決しに行くにも、神から提言される予言が無ければ向かうこと自体許されないのだ。自分の親神と違う神様に感情任せに言ったところで変わるわけではない。


「仕方ないわね。あなたに渡しておきたいものがあるの」


 少々の時間で考えついた後、アマテラスは右手で懐からあるものを取り出し、唯吹に差し出した。それは御札の形状をした赤い革製の御札ケース。……弥音がいつも愛用している御札ケースが、どうして新品の状態であるのだろう。


「この御札ケースは万が一に備えての予備よ。これが何かの導きがあると思うから大事に持っておきなさい。後、中に入っている赤い御札、中には『真紅玉』が入っていることも確認なさい」

「真紅玉……?」


 確認のために御札ケースを開けてみる。白地の多い御札の中に一際目立つ赤い御札。一枚引っ張り上げて見てみると、ちゃんと『真紅玉』と墨で文字が記されていた。目を通した瞬間その御札が光り出し、ある情報が自分の中に流れ込んできた。……そういうことか、と。


「運命が満ちた時に使う目的が分かる筈よ。まぁ、とっておいてね」

「は……はい!」


 ふっふっふ。と微笑みを浮かべつつ、アマテラスは唯吹に近寄って激励するように右手で頭を撫でる。突然の行動のためか唯吹は驚くが、すぐに気づいたようで素直で笑みを浮かびつつ受け入れた。


「なんか、撫でられるとボクがアマテラス様の子になった感じがするなぁって」

「いいのかしら? 龍吉公主に怒られちゃうわよ」

「えっ、それはちょっと……」

「この内陣は外部からの声は聞こえないから大丈夫よ。これからの状況に祈りつつ、励みなさい」


 救い出そうとする気持ちがあっても進展が無ければ動くことは出来ない。今はただ、変化が起きるまで時の流れに身を委ねることに決めた。そして数日が経過して、龍吉公主から万神殿の呼び出しがあることを告げられる。


                  ●


「ほう、任務か」

「はい。龍吉様からは具体的なことは聞いていないけど、おそらく……」


 万神殿に向かう前、その通り道となるコーヒーショップカカオ神明神社前で店主である玄氏との会話で任務前の英気を養っていた。万神殿の集合時間は夕方頃。今いる時間的にも和菓子と煎茶が丁度いいぐらい。


「ふむ。ここまで成長した唯吹に一つ教えなければいけないことがある」

「はい、なんだろう?」

「神話災害には目標がいくつか存在し、かつて神話の物語に出てきた異形の怪物や悪魔や天使、偉人等など沢山いる。そして時として神と対立する時もあるのだ」

「神と……? 神も敵対する時があるの!?」

「無論。数千年前に結ばれた『大盟約』には、『人が、自らの手で世界を切り開くべき』という考えの元で情報生命体になり、現世の干渉を出来なくした。だが、ごく一部それを良しとしない神々も存在する。だからといって大盟約を結んだ神でも時として人間や神に歯向かう時がある。例えそれが主神、または大神級であってもな」


 玄氏の話を聞いて思わず身が震える。その歯向かった神々も戦わなければいけない任務が存在すると分かっただけでも別次元のようにも見えたのだろう。


「怖気づく必要は無いが、もし本物ではないとはいえ対立したら……死ぬ気でかかれ。そうでなければ全滅も避けられないと思ってくれ」

「は、はい。その時は必死に、やります」


 ただただ頷き、思いっきり湯呑みに入っているお茶を飲む。だがまだ一気に飲むにはまだ熱く、思わずむせてしまった。


「無理に飲むな。自分の猫舌を忘れたか」

「忘れては、ない、です……」


 深呼吸をして落ち着きを取り戻し、改めてお茶を飲み干してお茶菓子も食べきった。


「色々と教えてくれてありがとうございます。そろそろ行ってくるね」

「あぁ。健闘を祈るぞ。確か……八塩折之酒で良かったな」

「はい!」


 いつも通り神々の飲み物を頼み、裏口から万神殿へと向かう。そして薄暗い廊下をくぐり抜けた先に見えたエントランスの噴水に一人、黒一色のスーツを身に纏った金髪の男性ハルクリスがベンチに座って待っていた。


「やぁ、唯吹ちゃん」

「クリスさん!? もしかしてボクと同じ運命共同体?」

「あったり! よろしくね」

「よろしくお願いします!」


 今ここに来ているのはハルクリスだけだろうか。とあたりを見回してみる。……まだ来ていないようだ。と思った時に


「あ、唯吹さん」

「華琳さん!」

「おや、唯吹と華琳もすでに来ていたのね」

「イルハさんも!」


 後のタイミングで後ろから華琳とイルハも来てくれたようだ。


「僕を置いてきぼりは少し悲しいな~。華琳ちゃんにイルハちゃん」

「って、あんた! どうしてあたしと華琳の名前をしっているわけ?」

「情報屋だからね。あ、僕の名前はハルクリス・ハーレン。ナイアーラトテップの子だ。よろしくね」

「よ、よろしく……」


 笑顔で出会いに歓迎するハルクリスとは異なり、イルハと華琳はとてもと言ってもいいぐらいに渋い顔をしている。その理由も唯吹は分かるだろう。何せ彼は見ただけでも胡散臭いおじさんにしか見えないのだから。

 暫く待っているうちにやっと今回の依頼人が大門から現れた。鎧を身に纏った男性、ヘラクレスだ。表に出てきた時に張りつめた空気と表情から、今回はふざけることは出来ないのだろう。


「もう揃ったのか。早いな」

「ヘラクレスさん!」

「唯吹君か。久しぶりだな。無駄話をしたいところだが本題に入ろう」


 一つの咳払いで万神殿のエントランスに静寂と緊張の空気が漂い始める。そしてその中で先にヘラクレスが口を開いた。


「これから魔界化一歩手前の絶界へ向かうことになる。場所は……中津国異空間だ」

「中津国異空間?」

「日本の各所が怪物の影響で切り取られてそれを一つに纏められた世界。そこで反逆行為を起こそうとする輩がいると情報が入っている。きみたちはこれからその異空間の突入、調査、および元凶の撃破に向かってもらう」


 反逆行為……。その言葉を聞き、周辺が困惑するぐらいの空気が漂う。その中で手を上げたのが……華琳だ。


「あの、ヘラクレスさん。この一件に関して、神子連続行方不明事件と関連ありますか?」

「華琳は確か執行人協議会のメンバーであったな。一週間以上前にその執行人協議会のメンバーを含めた調査任務に向かっていってな。その場所が今回の絶界となった地域の一部分のある山の中腹。行方不明になった神子の多くはここを訪れ、こつ然と姿を消したという情報が多く寄せられたのが調査のきっかけだ。三人で向かった結果、二人は現在も再起不能の負傷を負い、一人は行方不明の結果となった」


 もしかしてその行方不明の人……と唯吹の頭の中で弥音の顔を浮かべて不安そうに周りを見つめる。華琳の方を見ると決意を固めた真剣な表情で頷き、イルハの方を見ると大丈夫と言わんばかりに微笑みを浮かべながら見つめられる。ハルクリスに関しては相変わらずだが……。


「関連しているなら尚のこと。もちろんその依頼引き受けるよ」

「このままじりじりと待っていてもしかたないよ。手遅れになる前に解決しないと」

「ボクもこの危機から救い出したい! そして行方不明になった人たちも」


「意気込みは十分ってところだな。ハルクリスもいいな?」

「あぁ。一大事だしな。もちろん引き受けるさ」

「よろしい。では早速冒険の準備に入ろう」


 このままの流れにより、依頼人がヘラクレスにもかかわらず突如駆けつけてくれた倹約用狛犬により今回の資金をもらい、売店屋で食料などを買い揃えた。


「準備を整えたな。これより万神殿からの通信と親神からの通信は状況が緩和しない限り不可能と思っていい。では、皆の健闘を祈る」


 噴水が突如浮き出し、前面が開かれて大きな穴が出来上がる。その穴へ先に近くに居たハルクリスから「お先に!」と言って入り、続いて華琳、イルハも入った。そして最後の唯吹が入ろうとしたところで足が止まる。


「どうした? 何か忘れ物でもあったのか?」

「あのー……。もしもの話、ある神子が別の存在……悪魔の子だったらどう対応するのかなって」


 この質問を出したのには理由があり、様々な神子としての世界、神々の世界の話を聞いてきた唯吹にとって今この場でしかできない内容だ。今知っておかないと、自分のやるべきこと、どう対応するべきかが見えないのだろう。


「『魔人』のことを言っているのかな。その場合は……裁判は避けられない」

「……貴重な質問、ありがとうございます。それじゃ、行ってきます!」


 そして最後に唯吹が穴の中へと入っていった。静まり返るエントランスで狛犬が「くぅ~ん……」と鳴きながらヘラクレスを見つめる。彼もまた、彼女からの質問と回答を振り返り、本当にこれでいいのかと考えていた。


「魔人の対処に関しては……色々と闇が深いからな。まぁ、彼らなら大丈夫だ」


                 ●


 地についた瞬間ドサッとした砂の音が聞こえ、後から草むらの中に入ったような音が聞こえる。飛び込んだときに視界が暗転したまでは覚えているが、地についた後も携帯電話ではアテにならないぐらいに明るさが感じられない。時間的に夕日は沈んだものの月の光によって照らされると思っていたがそれも届かないのが原因だ。


「み、みんなどこー……?」


 音を頼りに手探りであたりを見回すもどこも気配が感じられない。絶界の影響下でみんな離れ離れになってしまったのだろうか。焦る気持ちを抑えつつ低い姿勢で歩いていくと、突然の光が差し込んできた。


「わわっ、びっくりした! ……華琳さんか」

「懐中電灯持ってきてよかったよ……。唯吹さんだけ居なかったから心配だったんだ」

「ごめんなさい。ボクが最後に穴に潜ったばっかりに」

「無事で居てくれただけでよかった。さて、向こうで二人が待っているから行こう」


 懐中電灯と華琳の話のおかげで今この場にいる状況が理解することができた。ここはどうやら山の中らしく、その茂みに居たようだ。携帯電話で見て絶界だとわかるように時計だけ分かって電波は圏外。やっと茂みから開放された先にハルクリスとイルハが待っていてくれた。


「お、やっと見つけたか!」

「心配していたんだよ、唯吹~?」

「あははははは。ごめんなさい」

「やっと全員が揃ったね。確か各所切り取られた異空間と聞いたが……どこか手がかりがあるのかなぁ」


 周辺を見るに殺風景な雰囲気に本当に見つかるのかと思いながら見回すと、華琳は何か見つけたようで懐中電灯の光の先を物体に向ける。暗い空間の中では見えなかったが、照らすことによって……古寂びたお地蔵様の姿が見えた。


「こんな山の中にお地蔵様?」

「かなり古いしお供え物もない……。ボクが調べていい? 何か手がかりが見つかるかもしれないし」

「あたしは構わないよ。この中では唯吹が霊力探知がピカイチなのだから」

「僕も霊力高いのだけどなぁ……。まぁ、唯吹ちゃんに任せるか」


 全ての状況を彼女に委ね、唯吹はお地蔵様に近寄って座り、念話を通じて会話を試みる。


「お地蔵様。貴方はどのような神様で、この場で何が起きていたのか教えてください」


 懐からお供え物を置いて目を閉じ、手を合わせて祈り続けると――唯吹の脳裏にある情報が流れていた。

 このお地蔵様を含め、かつては麓の住民が訪れてお祈りを捧げていた場所だが時代変化とともに訪れる者が無くなってしまった祠である。ある日、ある神との盟約の元で『はぐれものの祠』としてかつての祠を通じて空間できるようになった。一般人からしたら一人で訪れてお供え物を置いてお祈りしたかと思ったら一瞬にして姿が消えているようなものである。

 久方ぶりに会話することができた者に告げる。その空間の移動先は……『国津軍基地門前』だ。行きたければ我が声に続けて唱えよ。


「……開け、異次元の扉」


 静かに、そしてゆっくりと合言葉を言うと突如お地蔵様周りの霊力異常が引き起こし、周辺に居る三人にも揺れるような感覚で驚いてしまう。


「え、な、何が起きたの!?」

「あの地蔵様の後ろにワープホールが」


 唯吹も周辺の変化に気づいて目を開ける。華琳の言った通り、お地蔵様の向こうに濃い紫色をしたワープホールが出現した。話の通りであれば、これをくぐり抜けたら次の場所へ行けるかもしれない。立ち上がって先に入ろうとする。


「ちょっと唯吹?」

「お地蔵様が言ってたの。あの先に元凶が居るって」

「本当か!? 色から見て少し不安ではあるのだけど……」

「僕の霊力調査をしたが唯吹ちゃんの判断で間違いない。ついて行ってみるか!」


 と唯吹に続くようにしてハルクリスもワープホールの中へ。その様子を少し考え込んであたりを見るも、これ以外の移動手段が無いことを再確認。


「……行くしか無いか」

「うん。唯吹の言葉に信じよう」


 そして華琳とイルハもワープホールの中へくぐっていった。

 ワープホールに入ってから数秒足らずで着いた場所は……先程の山の中とは違った広々とした風景。そして広域の中心に目立つぐらいにそびえ立つ鋼鉄の建物の姿が見える。


「ここが……国津軍基地。……かなり物騒だけど。お地蔵様の話によると、行方不明になった神子が瞬間移動してここに訪れたらしいよ」

「なるほど。道理で行方不明者が見つからないわけだね。しかも門にしっかりと門番もいる……」


 裸眼で見える範囲、大きな門の前では屈強そうな体格を持つ門番が二人、槍を持って立ったまま警備に当っているのだろう。おそらく彼らも経験豊富な神子であり、真正面から立ち向かっても大きな消耗だけが残って後が不利になってしまう。


「よし、ここは私が……」

「いや、僕がいこう。情報屋として、相手との交渉をしようじゃないか」


 華琳が前に出ようとしたところでハルクリスが先に前に出てきた。彼の表情から見て、万全な笑顔を浮かべている。半信半疑とはいえ、同じ目的を持った運命共同体。ここは彼の行動を信じるしか無かった。三人が物陰に隠れて彼を見守る中、ハルクリスは門の前に歩み寄り、門番に話しかけた。


「誰だ! 部外者か!」

「門番お疲れさま。この基地の総大将に用があって来たものでな」

「総大将だと? この基地は国津軍の者でしか立ち入ることはできない。証拠となるものを出せ!」


 槍を構えて突きつけるあたり、ゴリ押し戦法でいけば返り討ちになるのも目に見えている。この状況も予め読めており、少し考えた後に次の手をうつ。


「では……これを見ても納得いかないかな?」


 遠く離れる三人に見えない位置であるものを見せる。それを見た門番も顔色を変えて後ろに下がった。


「……たしかに。通れ」

「ありがとう。あ、一つ忘れ物があった」

「なんだ。うっ……これは」


 気づいた時には既に遅く、門番二人がそのまま崩れて気を失ってしまう。


「残念、クトゥルフ神群の子ではなかったか。しばしの間狂気に塗れて眠れ。さてさて、これで通れるようになったよ!」


 これが狂気の権能を持つナイアーラトテップの力……。全てを片付けた後、20代の男性とは思えないぐらいの素振りを見せて右手で振る姿まで……ここまでの流れを全て見た三人は固く口を閉じてつばを飲んでいた。

 安全を確認し、扉の前に集まってからゆっくりと開く。そこに見えたのは大広間に複数の神子が会話や掲示板を眺める光景……エントランスだ。扉前に貼り付けている基地内部図を見ると、一階にはこのエントランスと倉庫と集会場、二階には基地に属する神子の個室と思われる居住スペースという構造だ。軍基地なので大将部屋などがありそうだが、おそらく立入禁止の階が存在するのだろう。


「とりあえず、この基地の把握と情報収集。あたしは掲示板の方を見てくるね」

「うん。私はちょっとエントランスにいる神子に話しかけてみる」

「ボクは……国津軍について調べてみるよ。……と考えるとクリスさんは?」

「あぁ、僕はベンチで座っているよ。待ち合わせあった方が楽だろうし」


 それぞれのこの場でできる役割を纏め、そしてその目的を果たすために一旦離れた。お地蔵様の話で確かに発言していた『国津軍』というワード。一体どういう軍なのかを調べるために聞き取り調査という形で様々な神子を見て回る。……どれも攻撃的な人が多く、話しかけづらい状況の中で内心怯えてしまうぐらいだ。手詰まりを感じ始めていた唯吹の目にある光景を見る。


「ごめんね。私、つい先程新入りでここに入ってきたばかりだからまだ良く分かって無くて思わず君に話しかけてみたのだけど……」

「いえいえ。ぼくも三週間前はあんな感じだったから、本当どうしようかと思ったもので。馴染めばいけると思うよ!」


 と華琳と少し腰低そうで茶髪の10代後半の少年との会話を見て、確か神子に話しかけてみると言っていたことを思い出す。自分よりも何段か経験を積んでいる彼女に少し羨ましいと思いつつ改めて周辺を見る。……それ以外に気軽に話しかけそうな人がいないようだ。諦めて友人の力を借りることにした。


「えっと……華琳さん?」

「あ、唯吹さん!」

「おや、君のお知り合いさん?」

「はい。同時期に入ったばかりの神子だよ。彼はトト様の子、諸門 夏樹(しょもん なつき)さん。見て回って話しかけやすそうかなと思って話しかけたわけだよ」

「はじめまして! 龍吉公主の子、天笠木唯吹です」

「よろしく。まぁ……周りを見たらぼくだなんて緩いよねぇ」


 あっはっは……。と軽く笑っているが、さほど拒絶するような素振りが無いようだ。それだけでも唯吹にとっては少しばかり安堵の表情を浮かべる。うまいこと場を馴染んだところで、唯吹が気になったことを聞いてみることにした。


「あのぉ……。国津軍についてよく分からずに入ったのだけど……あなたで良ければ教えてください!」

「国津軍についてかぁ。本来であれば入った後に先輩から教えられるのだが……今のざわめきと状況、そしてこの後の予定を考えると説明する暇が無さそう。せっかくだからぼくが説明するよ」


 一回咳払いし、少し自信を持って国津軍に関する情報を教えてくれた。

 国津軍……それは中津国に属する神様をはじめ、『はぐれものの祠』に迷い込んできた大勢の神子で構成されている対高天原の反逆軍。服装に統一感は無く、右二の腕にオレンジ色の腕章がつけているのが特徴。

 親神(人々)に捨てられ、見放された神子(神)も多く、総大将が打ち立てた天に対する反逆の意志に賛同しているが、実はそれだけでまとまりが無かったりする。


「それがぼくの知る国津軍についてだ」

「私から一つ気になったことが。総大将は誰なのかを……」

「総大将に関してはぼくも聞かされていない」

「ボクも気になったことが。……親神に見放されたの?」

「ぎぐっ……」


 説明が全て正しければ、夏樹もまた親神に見放された神子の一人である。聞き出そうとする唯吹は少し恐怖を感じながら問いかけてみた。というのも、あの任務の出来事で乗り越える意志が無ければ、親神に見放されて今でも忘却の子であったのだろう。そう考えると、単純に笑っていられる話ではないのだ。


「あぁ、最初は上手く行ったんだよ? お父様であるトト様に褒めてもらえた時もあった。でもある日突然冷ややかになって……。いや、任務失敗して貴重な物語を失ってしまったときからか。それ以来うまくいかなくてついには……」


 経緯を話す夏樹からは両肩が小刻みに震え、語る口からも震えている様子を見て相当彼にとってのトラウマが大きいものであると分かる。


「エジプト神群聖地に戻ったところで何になる……。もうぼくにはここしかない。って……この基地に居て気づいたのさ」

「なるほど……」


 重苦しい空気の中で唯吹は口を閉じて無言で聞いており、華琳は相槌をして考え込む。少し時間の後に華琳は夏樹に歩み寄ってこう話す。


「経緯について全て聞いた。……今の事を終えたら、一緒にトト様の元へ行って話しに行こう!」

「はぁっ!?」

「え、えぇ!?」


 余裕のある笑顔で説得の提案を持ちかける華琳には二人にとっては驚愕そのものであるだろう。


「で、でも行ったところでお父様はぼくのことを見てくれるか……」

「ダメだったら私が考える。初めて会ってからまだ十分も経過していないし、信じるか信じないかは……君の自由だよ」


 華琳から出された提案に夏樹は頭を回しながら考える。……半信半疑になってしまうのも無理はない。と固唾をのみながら期待しすぎないように見ていた。そして小一時間が経過し、彼は顔を上げて口を開く。そこには少しばかり微笑みを浮かべつつ。


「……分かった。華琳、あなたの言葉に信じてみよう。それぐらいの度胸必要だよね」

「ありがとうございます。改めてよろしくお願いしますね」

「こちらこそ。さて、最終集会前に気合整えるべく部屋にもどるよ。また後で! 唯吹なぁ~」

「はい! 教えていただいてありがとうございます!」


 最終的にお互いが晴れやかな表情のままで夏樹はこの場から立ち去った。必要な情報を手に入れたところで一旦ハルクリスの居るベンチに戻る頃にはイルハも待ってくれていたようだ。


「イルハさんにクリスさん! 待たせてしまってごめん」

「別にいいのよ。華琳の様子も含めて、情報を手にしているみたいだし」

「うん! 国津軍の情報がね……」


 唯吹が先程手にした国津軍についての情報を共有するべく、イルハとハルクリスに伝えた。二人とも頷いていて、先にハルクリスから口を開いた。


「ふむ。ということは行方不明になった神子の多くははぐれものの祠に訪れてそこからこの基地に訪れ、軍人になっているわけか。そして事前情報と今回の情報の一致で今回の連続行方不明事件が神話災害に繋がっていると見ていいかな? 華琳ちゃん」

「はい、問題ないと思う。一週間以上前のはぐれものの祠の調査任務で行方不明になった神子はおそらく……」


 心配そうな目をしながら視線を唯吹やイルハに向けているが、彼女たちもまた嫌な予感を膨らませてしまったのか複雑そうな表情を浮かべている。


「今私たちができることはこの基地の探索し、そして全ての真実を導き出す。イルハさんは掲示板を見て何か気になることでもあった?」

「確か、告示として今日の午後9時に最終戦略集会を軍集会場で行うという張り紙があったよ」

「あぁ、確か私と話していたあの人も最終集会について話していた。……時計から見てまだ時間はあるね」

「それじゃ時間が許す限り、他のところ見て回ろうよ!」

「あたしも唯吹の意見に賛成!」

「僕も、何か面白そうなものが掘り起こせそうだ」

「そうだね。探ってみるか!」

「うん! では、まずは……」


 大きな情報を手にし、さらなる手がかりを探るべくエントランスから出てまだ判明していない倉庫と居住スペースへ向かうことにした。その途中で心の中ではあの人は……きっとこの基地に居るのかもしれないと信じながら。

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