河辺総司編
第25話:戦士の出会い
ある日の夜。夜更けの時間帯であっても店の明かりが消えることのないコーヒーショップカカオ神明神社前店。いつもと変わらず誰もいない店内でコップの洗浄を終えて仮眠を取ろうと考え始める店主の玄氏の耳に入店の鈴が聞こえる。
「いらっしゃい。おや、総司か」
「玄氏、久しぶりだな」
帽子を外しているとはいえ、神主の服装を身に纏った総司が入店し、そのままカウンターの席に座る。注文の受け答えせず、コーヒーの準備に取り掛かる。この間に玄氏から雑談を切り出す。
「来るとは珍しいじゃないか。仕事の区切りがついたからか?」
「あぁ。一日分の余裕ができたものでな。明日の休暇を取ることができた。そして、弥音の分も休みも作ることもできた」
「それは珍しい。どういう心変わりを」
「今の弥音は一昨年までの彼女ではないからな。そろそろ伝えなければいけない」
「最初の頃より、成長したというか、目の輝きを取り戻したようにも思える。神子として任務を行うようになってから親神の関わりと他の神子の出会いがあったからだろうか」
「……かもしれぬ」
自分の娘の話をし始めると止まるところを知らず、様々な話題が浮かび上がり盛り上がる。このように雑談をするのは一年ぶりなため止まることもない。玄氏から見て、普段はかなり厳格な神明神社の神主ではあるが、今は娘のことを心から想う父親になっていた。
「その顔を普段から弥音に見せればいいのに。幼い頃と今では印象変わったのではないか?」
「だろうな。それに家で話すことも少ないから尚更」
「全く……。コーヒーできたぞ」
雑談中に出来上がったコーヒーを出し、いつの間にか飲み終えた頃。明日のことを再び話し始める。
「それにしても、もう20年ぐらい経つのか。10年以上もコーヒーショップの店主やっていたら、あっという間だと感じてしまうな」
「あぁ、明日は彼女の命日。真実を話したいことろだ」
その総司の言葉を聞いて、やっと決心がついたのだなと思ったのであった。
●
ケルト神群の聖地アヴァロンでの神話災害から二週間が経ち、特訓は時折ありつつもしばらく任務の無い唯吹にとっても、昇級試験の終えて再試験がない限り学校行くことのない弥音にとっても平穏な日々を送っていた。
唯吹がいつも通りの朝で目覚まし時計のアラームとともに起き上がり、今日は神社の業務のため髪を整えて紅白巫女装束に着替え、あくびをしながら一階の居間に入る頃には弥音が朝食の準備を終えていた。
「おはようございます、唯吹」
「おはよう、弥音さん」
この場の勢いで椅子に座り、和食で揃えられた朝食を手を合わせた後に食べようとしていた時。唯吹の横にもう一人椅子に座る音が聞こえて右側に目線を向けると、普段この時間に居ないはずの弥音の父総司が神主服ではなく和装の袴服の姿が。
「弥音、朝食の準備を頼む」
「父上。今日はお休みのですか?」
「あぁ、用事があるのでな。む? 珍しそうに見つめるが、どうした? 唯吹」
「いえ、なんでも……ないです」
「そんな目で見られるのは仕方ないか。オレはこの時間には業務していたからな」
「お待たせしました。三人で朝食とは、はじめてかもしれませんね」
和風の朝食を乗せたお盆を総司の前に置いてやっと自分の椅子に座り、手を合わせて食事を行う。普段とは違う特別な光景とはいえ、静かな朝らしく話すこともなくただただ過ぎていく。そして数十分後全て済ませた。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま」
「はい、お粗末さまです。食器などはこちらが片付けますね」
「ボクも手伝う! ずっと任せてもらうのも申し訳ないよ」
唯吹のおかげで食器の片付けを通常以上に早めに済ませることができた。そろそろ唯吹と一緒に神社へ行こうとしたところを、総司から弥音に呼び止める。
「弥音」
「はい、何でしょう? 父上」
「君も今日は休みだ。オレの用事に付き合ってくれないか?」
「は、はい。分かりました。ごめんなさい、唯吹」
「大丈夫だよ。弥音さんは総司さんと一緒に行ってあげて。それじゃ、また夕方で!」
と唯吹は自宅から出て本来の神社の業務へ向かっていった。
「父上、その、用事とは一体なんですか?」
「目的地に着いたら話す。とりあえず普段の服装に着替えて来な」
「は、はーい……」
今日の父上は変わっている……。そう思いながら一旦自室へ戻り、来ていた巫女服を町へ出歩く普段着に着替える。総司が自分の子と一緒に出かける事自体が、弥音が巫女になることを決めてからめっきり無くなっていたために珍しいと感じていた上に、逆に緊張してしまう程。一体何をするのだろうと思いながら着替えを終えて再び一階へ。
「お待たせしました」
「ふむ。さて、行こうか」
淡々とした所は普段と変わらないが。総司の言われるがままついていき、車に乗り込む。
移動中の間も何も話をすることもなく、弥音はただ窓際の風景を見る。時間進む毎に海から離れていることだけはナビゲート端末を見て分かるだけでどこに向かっているのか推測出来ない。
山道もおおくなったところで退屈と感じ始め、暇潰しにアマテラスと会話を試みようとするも朝の時間帯のためか反応が無い。スマホを取り出しても山道のためか圏外一歩前の電波状況。何も出来ない状況になるぐらいなら、書物一冊でも持って来れば良かったとシートを思いっきりもたれてため息を吐く。
父上は何を考えて私と……、と気になって運転席を見ても総司の顔は無表情そのもので読み取ることが出来ず、しばらく呆然としてみる。目的分からず、手がかりも見えない中で山道を抜けた所からやっとわかるようになってきた。高速道路をから一般道路へ入り、先についたのはフラワーショップ。小ぶりの花を購入している様子を見て目的が絞り込んでいく。少なくとも、行楽などではないとだけは。
しばらくの運転の後、次に車から降りた時に見えたのは……それは数多くの墓石が並べられた霊場の風景であった。霊場自体は神社近くにもあるが、ここまで独立した広大な土地に圧倒されて足が動かない。
「そういや、弥音がここに来るのはじめてだったな」
「父上。これはどういうことか、説明してください」
「説明するさ。とりあえずこれを持ってついてこい」
霊場ということは、今日は誰かが卒去した日なのだろうか。と思いながら総司から渡された柄杓が入ったバケツと清掃道具を持ってついていく。歩いて十分ぐらいで着いた場所は他の墓石よりも一回り大きく外柵によって囲まれ、その中心の墓石には『河辺家之墓』と書かれていた。この墓の名に驚く前に確認する。
「河辺家って……、私たち側の家系のですか?」
「あぁ、そうだ」
「でもどうしてここに墓石があるのですか? 確か、神社近くの霊場にも河辺家の墓石があると思いますが」
神社付近の霊場には象徴といってもいいレベルの広域の外柵によって囲まれた豪華な墓石が立てられている。これとは別なのは何か理由があったのだろう。
「あの大きな墓石に入ることができるのは代々の神明神社の当主とその母のみ。それ以外ここで眠っている。続き聞きたければバケツに水を汲んできてくれ」
「えー……」
「……すまないな」
反論したいが出来ない理由を知っているためそれをせず、先に水を汲むためにこの場から離れる。本来なら総司が水を汲みに行く方が負担は軽いが彼の身には不自由さがあり、満杯の水を運べるほどの力は無い(車も彼用に調整しているもの)。仕方なく水を汲み、元の墓石へ戻るのであった。
「父上、水を汲んできました」
「ありがとう。先に花や線香を済ませよう。ここの清掃もな」
「話すのはその後、なのですね」
「そのほうがゆっくり話せる」
はいはい。と二つ返事で花の茎のサイズを調整して花立に置き、周りに落ちている落ち葉を取り払うように清掃を行う。そして最後に柄杓で水をすくい上げて墓石に水をかけて二礼二拍手一礼で礼拝をした後に、総司は再び口を開く。
「……実はな、この墓石にはオレがお参りしたい人の遺骨は入っていない」
「え、はい!?」
「本題に入る前に見せておきたいものがある」
そう言って総司から手渡されるのは、居間でいつも飾っている一枚の写真。若かりし頃の総司と玄氏ともう一人の少年、そして一人の少女の姿が写っている。
「今日はその写真にある彼女の命日なんだ」
「若い頃の父上の隣にいる、あの人ですか?」
「あぁ。さて、全てを話そう。オレが現河辺家当主になる前の、初恋にして悲劇の物語を……」
*
今から約23年以上前に遡る。当時の彼は『祇園総司』として、京都を拠点にしたスサノオが祀る神社の子孫として神の力に目覚めてから様々な任務、戦場を駆け抜けてきた。しかし、末っ子である総司は兄たちに比べて力も劣っているにもかかわらず、数多くの任務を言い渡されただけに周りから恨めしく見られる日々。
「また総司が神々から任務言い渡されたのか?」
「大して力になっていないくせに」
「我々が出れば、あんな神話災害すぐに終わらせるのに」
ごもっともだ。どうしてオレばかり。親父であるスサノオには申し訳ないが、あの祇園家から出て自由になりたい。15歳の頃の総司はその気持ちでしかなかったのだ。
そんな春が色濃くなった頃。再びスサノオに呼ばれて万神殿に訪れた時のこと。会議室に入った総司が目にしたのは椅子に座って待つ一人の和装服を装った少女の姿があった。その少女は大和撫子にふさわしいぐらいの顔つき。そして思わず見惚れてしまうぐらいの茶色のロングストレート。これを見て太陽神アマテラスが少女の姿で現れたのかと、そう思ってしまうぐらいであった。一目で見てしまった彼の心の底から熱い何かを感じ取る。所謂一目惚れだ。
「あ、はじめまして」
「はじめ……まして……」
声も年相応。尚更心が熱くなってしまう。
「どうしました? 顔が赤いですよ?」
言われて気づき、思わず後ろに振り向いて顔を確認。やはり熱かった。早く平常心に戻そうと深呼吸をする総司の前にハリセンが彼の頭に叩かれる。
「いたっ。……玄氏か」
「やぁ、総司。今回の運命共同体とは奇遇だな」
後から玄氏ともう一人の少年が扉から顔を出す。その少年はメガネをかけており、いかにもおとなしそうな面持ちをしている。青年に近いといってもいい。
「はじめまして。キミが祇園家の総司君かな?」
「どうしてオレの名前を知っている?」
「すまん。我が教えた」
「玄氏……。単なる祇園家の端くれだ」
「そうか。立場なんて関係ないさ。僕の名前は
「よろしくな。あ、聞き忘れてた」
一方的な行動だけで彼女からの名前も聞き忘れて向き直す。少女は微笑みながらこっちを見つめているがとても申し訳なく思ってしまった。
「もう少し、あなたたちの話をしても良かったのに」
「申し訳ない。お前の名前も聞こうか?」
「私……ですか? 私の名前は
自己紹介をしながら笑顔を見せる彼女はまさに太陽そのもので、たった短時間の顔合わせで総司は無意識に彼女に完全に惹かれてしまったのだ。今回の任務は難無く達成することができたが、今後も同じうようなメンバーで任務に向かうとはその時の総司は思いもしなかったのであった。
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