第24話:創造の剣士


「……今何時?」


 現在時刻を確認するために頭を上げて壁に貼り付けている時計を確認する。短い針が4を指して、長い針が12を通り越して、尚且つ窓越しの空も夕焼け色。午後四時あたりだろう。今まで何をやっていたのだろうと思い返してみる。

 アヴァロンでの任務を終えた後、華琳は過度の疲れが祟ったのか半日以上も万神殿の医務室で寝込んでいた。動けるようになったものの隣のベッドで意識の戻らない影の双子のことを気にするあまり横で見て丸一日見ていた。時折眠気で仮眠に近い状態になりながらも。

 万神殿に属するアスクレピオスの話によると、命に別状は無いが身体の損傷も大きく絶望の闇の侵食も深刻。傷の治療や浄化は行ったものの、意識が戻るには時間かかると聞いている。いつかは目が覚めるのであればと待っていたものの、さすがに無意識に眠気で落ちてしまうぐらいにまだ疲れが残っていたようだ。


「じっくり話す、かぁ。どう話そう」


 寝込んだときに深い睡眠に入っても影の双子の夢を見ることもなく、今彼女の横に居ても声が聞こえることもない。意識が戻るかどうか時間が立つに連れて不安が膨れ上がるばかりである。ため息を漏らしながら考えていると、ガサッと布がこすれるような音が耳に届いて顔を上げた。


「…………んぅ……」

「あ、気がついた?」


 立ち上がり、やっと暗闇のトンネルからくぐり抜けたような笑顔で目覚めた影の双子を出迎える。しかし、その華琳の笑顔を見て動けない左肩をかばいながら目をそらした。


「どうした? 急に私を反らして」

「こないで!」

「えっ……」


 彼女から張り上げながら強い口調で普段聞かないであろう言葉を聞き、思わず手が止まる。よく見ると、縮こまりながら壁に向かって身体を向ける影の双子の身体はとても震えていた。この様子を見て華琳は察してしまう。


「もしかして、すべて夢を通じて見ていた……?」

「いいえ、途中から。人間ではないのは前から分かっていた。でも生まれが人ですらない。しかも貴方を消して世界を奪い取るために怪物によって作られたなんて、私自体が忌むべき存在じゃないか!!」


 薄々と分かっていた。予感していた。影の双子があの黒い鎧を脱ぎ去り、共有状態にできるようになってから全ての真実を知ったときの影の双子の気持ちを。己に対する強い嫌悪感を抱くかもしれないと思っていたが、ここまではち切れんばかりの強い感情を露わになるのは想定外。彼女を慰めようと考えていた華琳でさえ、その激昂と一言で頭が真っ白になってしまった。


「存在しない方がよかった。私の存在が貴方の自由が閉ざされ、最悪周囲にも被害を受けてしまう。なら神の力が使える今、ここで!」


 右手上げて『謳う魔剣オルナ』を引き出し、刃を自分に向けて突き刺そうとした。


「やめて、影の双子!」


 力づく突き刺そうとする右手を華琳が両手で鷲掴みしながら強く握るようにして制止させる。


「嫌っ!」

「もうこれ以上神の力を使わないで。使えば使うほど君の寿命が縮む。早死にしたいのか」

「いいじゃないか。私は元が人ですらない。命捨てたって」

「それが困るんだ!」

「弥音さんや友人、両親のことを気遣ってのこと?」

「いや、私が!!!」

「……貴方が?」


 腹の底から発する言葉により突き刺そうとする右手の力が弱まる。その右手に一滴ずつ温もりのある液体が落ちていることに気づてゆっくりと目線を上げてみると、両手で握る華琳の目から大粒の涙が溢れていた。


「自分勝手でエゴでもいい。私は心通じ合った『もう一人の自分』である君を失いたくない」

「たとえ自分の自由を失ったとしても?」

「別に構わない。むしろ君が居ないと……誰が私を止めるんだ」


 嗚咽混じりになりながら話す華琳の言葉を聞き、右手に持つ謳う魔剣を手放すように解除。上げていた右手も下ろして再び華琳との目線を反らして呟く。


「だって……ほっとけないよ。貴方が無茶しているのを見ると、何を言わずにはいられないというか、私に強制力があれば無理にでも止めたいぐらい。……実は私と戦っていたときもとても怖かった」

「心配……してくれたんだね」

「……言ってて思ったけど、やっぱり貴方のこと……姉さんのことを考えるとやっぱり死ねない。自分のことばかり考えて、ごめんなさい」

「…………うぐぅ……あぁぁ……」


 起き上がってから身体を華琳の方へ向けて頭を下げるのだが一向に泣き止む様子を見せない。それぐらい彼女の心を傷つけてしまったのかと気が動転して宥めようとする。


「え、ほ、本当にごめんなさい。私が悪かったから、もう泣かないで……」

「違うよ……とっても嬉しい。踏みとどまってくれただけでも大きいというのに、私のことを姉と呼んでくれて……つい……」


 ずっと泣いているのもみっともないと思ったのだろう。袖で涙を拭って顔を上げる。


「束縛から解除された今、近いうちにこちらから君の元へ歩み寄るよ。もう少し待っててくれないかな?」

「そう言ってくれるならいつでも待つし、私ももう神の力は使わないよ。一日でも長く友人や家族、姉さんと一緒に居たいからね」


 やっと影の双子の表情にも微笑みを見せるようになり、笑顔で返す華琳ではあるが安心して気を抜いてしまったのか頭がベッドに沈みそうになっていた。両手で支えることで事なきを得るが長くは持たないようだ。


「だ、大丈夫!? よく見たら目のクマがひどくなっているじゃない」

「そろそろ限界が来たようだ……」

「自分のベッドで寝なよ……」


 でも華琳は無言で頭を横に振る。


「どうして」

「影の双子の安全が確認するまで……離れたくない」


 困った姉を持ってしまった気分だ……。大きくため息を吐き、左肩を気にしながら自分の位置をずらしてスペースを作って、自分も仰向けに寝転んでそのスペースを手招きしてあげる。


「私は左肩のこともあるから横向きにできないのは許してね」

「分かっている。これぐらいあれば……十分」


 一瞬驚くような表情を見せたもののすんなり受け入れ、流れるままに布団の中へと入って横向きにして寝転ぶ。同じ布団に入っているせいか急激な眠気によってうとうととしてこちらを見つめつつ


「ごめんね。それじゃ、おやすみ……」


 と目を閉じてすぐに寝息を立て始めた。相当眠気と戦っていたと思われるし、安心しきったような幼さの残る寝顔を見て思わず微笑んでしまう。


「おやすみなさい、姉さん」


 右手で彼女の頭を撫でてあげようと思っていたが妙な感触。引き抜こうにも引き抜けず、尚且つ人の体温とおなじぐらいの温もりが感じる。まさかと思い布団の中を見ると、すでに華琳の左手が自分の右手と指を絡めて握られていたことに気づく。そこまで離れる気は無いのかと先程までと一転した様子にどうすることもできないと諦めてしまう。


「まぁ、さっきまで精神的に参っていたのだからな。限られた時間の中ではあるがその心を癒やしてあげてくれ」

「オグマ様……。いつからここに?」

「今ここに入ってきたばかりだ」


 男性の声が聞こえ、ドアの方向に目を向けると武装解除しているオグマが腕を組んでこちらを見ていた。影の双子の反応を見てベッドへ歩み寄り、不慣れな手つきで華琳の頭をなでてから髪の毛をかき分けて真上からの寝顔を覗かせている。


「性別が違うとはいえ、この顔を見るとかつてのアイツのことを思い出すな」

「あの、オグマ様。聖剣エクスカリバーの前の適合者について聞きたかったのですが、一体どんな人だったのですか?」

「ん?」

「あぁ、言えないのであれば……いいですけども……」

「……話さないよりかはいいか。覚えている限り話そう」


 一瞬こちらに目線向けられたときは聞いてはいけない質問だったと思ってしまうぐらい威圧を感じていたが、しばらくしてそんなことは無かったぐらいにさっぱりとしていた。そしてオグマは一回深呼吸をした後、語り始める。


「あれは数百年前の出来事だったか俺の加護の元で力を得た神子がいて、彼は潜在的な力故か戦闘に対する才能も高く、聖剣エクスカリバーの適合者というのもあって将来訪れるであろう大いなる脅威を前にそのエクスカリバーを持って打ち倒すことができる予言を手にしていた。しかし当時のケルト神群は存在自体が最悪な状況に見舞われてしまっていて、一歩でも間違えば消失する状態まで追い込まれていた。その中、彼は俺にケルト神群の危機を変えるために執行人になりたいと頼み込んできたが、断った」

「その理由は……神の力でしょうか?」

「あぁ。この時にはもう、我々は隠れて存在を消さないといけないぐらいに力は残っていなかった。執行人、特に『神宿』の加護を持つ者は親神との運命を共にしやすく、この場合成立してしまえば近いうちに彼の存在が消えかねなかったのだ。結局時間の経過とともにケルト神群は一時存在が消え、彼も気がつけば一般人に戻っていた」

「あの人も、心の奥底では心残り……ですよね……」

「記憶や物語が失ったとはいえ、心に残っていたのであればそうであろう。その因果の縁なのか、こうしてまた子孫が俺の子として力になってくれているのは本当に嬉しく思う。あの世にいる彼が見たらどう思うか」


 前の適合者について語るオグマからはとても柔らかくて微笑み混じりの表情をしており、時折指で華琳の頬を突っついていた。かなり厳格そうに見えても、本心が華琳本人が見ていない場では見せていたかもしれない。


「さて、この話はここまで。今回の任務によって執行人を断る理由も無くなったことだし、これから面白いことになりそうだ」

「華琳さんからの方も断っていたのですか!?」

「あぁ。戦う目的が影の双子を生み出した元凶を倒すことだけに考えていたものでな。だがその途中で華琳が影の双子を刺し殺そうともしなったところを見て、戦う目的は大切な人を守るためにあるものだと読んだ。後は本人の意気込み次第ってことになるだろう」


 華琳の頬を突っつくのをやめ、再び扉の方へ歩いて行く。ドアを開く前、オグマの目線は影の双子に向けられる。


「華琳と同じ魂を持った影の双子よ。『神宿』の加護を持つことは神々の精神を強く干渉するに等しい。そしてこれからの戦いにおいてさらなる苦難が待ち構えているだろう。どんな状況でも折れないよう、彼女の心の支えとなってくれ」

「……勿論そのつもりです。私にしかできないことなのだから」

「そうとも。それじゃ、俺はアーセルトレイの塚で儀式の準備をしてくるか。また、夢の中やどこかの場で会おう」


 この言葉を言い残し、病室のドアを開けてこの場から歩き去っていった。静まり返った病室の中、肩の力を抜いて天井を見上げながら深呼吸。右手に動作の感触がして咄嗟に華琳の表情を見るも変化無し。心臓に悪いったらありゃしない……。だがこうして、夢の中ではなく現世に近い環境の中で肌身触れ合うのははじめて。右手からは手の感触とぬくもりだけでなく、指を絡めているおかげか心臓の鼓動と同じペースの脈動がこちらに伝わってくる。意識が戻ったばかりなのに再び眠気が襲いかかり、静かに目を閉じた。


 暗い意識の中、華琳のことについて物語を辿りながら振り返ってみる。本来現世の人間であることを知り、影の双子の存在と物語を見るようになってから今までの数年間。彼女は血の滲むような努力で特訓を励んで加護の元で神の血を受け、九龍城をはじめとする様々な任務で怪物と戦い、力をつけていた。表向きではさらなる力を手にするのであるが、その裏では自分の持つ予言と影の双子との未来に対し強い恐怖心と戦っていた。いつ恐怖に押しつぶされて壊れてしまうのだろうか、と影の双子の夢を見ては何度も思ってしまうぐらい。無茶な行動をするのもそれが原因とも思われる。事実、華琳の状態や自分の出自の絶望のあまり剣の刃で己を突き刺そうとして止めた時の大粒の涙を流す表情を見て明らかに崩壊する直前の状態だった。

 このことを気づかず、心配ばかりしていた影の双子は愚かなことをしてしまった。怪我で回復するまで動けない左腕を動かすことができたら今頃優しく抱きしめ、甘やかすことが出来たかもしれないのに。いや、これからそうしてあげよう。彼女が言う『もう一人の自分』として。そう心の中で強く決心してくのであった。



                  ●



 あれから一週間が経過し、万神殿内にある執行人協議会ではアヴァロンで引き起こした神話災害の一件を全て片付き終えていた。全て目を通した議長の剛志は机に資料を置き、ため息を吐きながら椅子を回転させる。


「あ~、今回の一件。現在調査中の『神子行方不明事件』と無関係だったかぁ~」

「まぁ、ケルト神群の聖地を守ることが出来ましたし、こうしてわたくしも無事だったので結果オーライだと思います。はい、お茶をどうぞ」

「ありがとう、フォンヒルド。でも行方不明者の共通点は粗方見つかってきたのだろう? 弥音よ」

「はい。大体の人がどれも同じ場所や方向へ向かうのと、メンタル面の共通点までは」

「場所が一番の問題だなぁ……」


 調査開始よりも大分情報を絞り出してはきたものの、確信となる情報がまだ得られていない。湯呑みに入っているお茶を飲みながら行方不明事件の資料を見る。そんな空気を変えるよう勧める言葉を先に発したのは、アソートレイだ。


「議長。調査に熱心なのはありがたいことだが、折角の新人が初参加の日だ。そろそろ切り替えたほうがいいのでは?」

「お、そうだった。やっと執行人協議会に一人メンバーが加わるのだからな」


 全ての資料を片付け、新人の入室を待つ。登場を楽しみに待つ弥音とフォンヒルドとランシェンとは別に賀区が何か気になったらしく、剛志に質問を投げかける。


「議長! その新人の神群とどういうやつか教えてくれないか?」

「神群はケルト。特徴はそうだなぁ~……堅苦しいことで有名な協議会に新たな要素が加われそうな性格をしているな。名前は……」


 扉が開かれて姿を現したのは、白いラインのある黒いジャケットを中心とした服装を身にまとい、薄茶色の長髪ポニーテールをした紫色の目を持つ少女。


「ケルト神群オグマの子、『創造の剣士クリエイトフェンサー』樫森華琳。この度、執行人協議会の一員として配属されました。どうぞ、よろしくお願いします!」

「ほう。確かに新たな要素かもしれないな。よろしくな! 樫森」

「よろしくお願いするよ。華琳殿」

「よろしくお願いいたします、華琳さん」

「よろしくお願いします、華琳。一緒に頑張りましょう」


 協議会一室の面々と笑顔で目を合わせ、ランシェンとのお辞儀の後に自分の席に座る。


「あぁ、よろしく頼むぞ。さて、今日の会議の本題へと参ろうか!」


 様々な話で入り乱れる会議が今日も開幕を告げられ、万神殿に関連する話や神々の話までより一層入り乱れることになるであろう。

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