第26話:つかの間の日々


 はじめての出会いから一年が経過し、平穏な日常だけが続いていく。たまたま暇な時間が出来てしまった総司は近所のカカオでコーヒーを飲もうと入店。昼間の時間帯で一般人が沢山賑わう中、彼は見覚えのある和服を身に纏った少女の姿を見つける。


「おや、あそこに居るのは……」


 その少女をゆっくりと近寄り、そして近づいたところで話しかけた。


「こ、こんにちは恵さん」

「あ、こ、こんにちは。総司さん」

「隣いいかな? どこに行っても満席が多くてな」

「はい、いいですよ。どうぞ」

「ありがとう」


 軽く頭を下げてから恵の向かいの席に座り、通りかかった店員にコーヒーを頼んで待つ。いざ座ったのはいいが異性の前にいるせいかとても気まずい。恵に至っては頼んだものを待つだけでテーブルを見ているのみ。さぁ、どこから話そうか……。と考えながら話しかけてみる。


「そういや、何日ぶりだっけ? つい最近会ったばかりだと思うけど」

「三日ぶりだと思います。あの時は北欧神群の神々がギャラルホルンを探すように言われてみんなで探しましたね」

「そうだったな。ジークフリートがギャラルホルンを落としてしまったと聞いた時は一斉に驚いちまったな。必死こいて探して丸一日かかって見つけたら巨人に持ち去りかけていたったな」

「それをすぐに感知した章人さんと玄氏さんはとてもお手柄だと思います。私でもこれぐらいの力があればいいのですが……」

「恵さんも巨人撃退に貢献したじゃないか。あの八咫烏の攻撃。見ていて爽快だ」

「私は攻撃の目的だけに八咫烏を連れてきたわけじゃありません! 総司さんだって襲い掛かってくる巨人を剣で大量に切ったじゃないですか」


 と思った以上に話が盛り上がってしまった。総司にとってはいい手応えのようにも感じる。ただ話の流れ上意識していなかったがさり気なく彼にたいする褒め言葉が妙に心臓に悪かった。会話の流れの中ではなかったら動揺していただろう。

 あれから恵とは勿論のこと、玄氏や章人も同じ運命共同体として任務に向かうことが多くなっていた。スサノオからの話だと、一度でも運命共同体となった神子たちとは今後も関連する予言くだされることも多いそうで。とはいえくだされる予言が関連しているかどうか怪しいところではあるのだが……。

 会話の区切りがついたところで、店員が戻ってきたようだ。恵には玉露が入った湯呑みに、総司にはコーヒーが入ったコーヒーカップが置かれた。ごゆっくりどうぞ。と言った後に行ってしまった。総司はいつもの手癖で砂糖とミルクを入れてコーヒースプーンで混ぜて飲み、恵はそのまま玉露を飲むのだが直後に手が止まった。


「ん? どうした」

「し、しまった……。いつも行くカカオとは違うことを忘れていました」


 と舌を少し出しながら湯呑みをテーブルに置いた。これはもしかして


「……猫舌か?」

「ば、バレちゃいました!?」

「見れば分かる。無理して飲まなくてもいいぞ」

「は、はい……」


 と湯呑みを回したり吹いたりして温度を下げなからちびちび飲む恵の姿を見て微笑みながらコーヒーを飲む。あれ、『いつも行くカカオとは違う?』。彼女は元々住んでいる町は玄氏と同じ三重県に住んでいる。何故彼女は京都のこのカカオに来たのだろうか。


「そういや、恵さんがここに来るとは珍しいな。どういう理由でここに?」

「京都のあるカカオしか売っていない緑茶があると聞いて、万神殿に通じて来ました。後もう一つ、ある人に伝えたいことがあったのですが本人が居るので……」


 伝えようとする恵であったが何か迷っているのだろうか。湯呑みを持ってずっと見つめるだけで話そうとはしない。よく見てみると恥ずかしそうに頬が赤く染まっていることを知って総司も思わず顔を赤くしてしまう。これって、もしかして……。


「総司さん。落ち着いて聞いてください。実は……」


 口に溜まっていたつばを飲み込み、恵から伝えられる言葉を聞き逃さず聞いた。その時の心情から、彼の心のなかで揺れ動く事態となっていく。


 その夜。自宅近くの道場で総司は道着を着て親神を待つようにして正座で座っていた。


『お、どうした総司。俺を呼んで』

「親父、いえスサノオ様。貴方が知る限りでいいのですが、オレはあのまま祇園家に居たらどうなるのですか?」


 家系の事情に関して総司にも感じ取っていたのだろう。確かに言われると答えるしかないと、待つ時間もなくすぐに返してくれた。


『そりゃ……一生一族の落ちぶれとして言われるな』

「そうか……。アマテラス様の子の恵さんから、『数多くの任務の末、河辺恵は祇園総司と結ばれ、彼を河辺家に迎え入れるだろう』という予言を貰っているようです」

『おぉ、いいじゃないか! 俺大歓迎だぜ! 当主もその趣旨を話せば分かってくれる』

「え、えぇ!?」


 あっさりと受け入れてくれた。「そんな予言があの姉ちゃんの子に。なるほど。手順の一つ二つは必要だな」など様子見してくると思っているだけに想定外であった。


『俺にとっては祇園家の一族みんな無駄にはしたくないからな。他の一族に貢献するだけでも大きい。ただ、一つ忠告しておこう』


 やっぱり何か裏があった。河辺家は神代から代々伝わるアマテラスが祀る神明神社の神職を生業とする一族であることや、現代当主やその跡取り孫娘である恵が今でもアマテラスの血脈が強いことまでは知っているが、詳しいことはよく分かっていない。


『神々の噂話ではあるが、河辺 元吉が現代当主になってから災難が起こっているらしくてな。彼の息子と皇族の末裔の彼女と結ばれて第一子の長男が生まれたが名付ける前に亡くなり、第二子の恵を産んだものの母が産後すぐに亡くし、息子である父も数年後に病で他界している。結局次代の継承が出来ずに元吉が50年以上も続くことになった。その他沢山の災厄を見舞われたこともあり、この一族は末代の呪いを受けている話もある。もし、彼女の元へ行くのであれば、それ相応の覚悟は持て』


 この事実を明かしても良かったのだろうか。スサノオの目からは自分の子を試すような熱が込められており、強いプレッシャーとして降りかかる。彼女と出会ってからまだ三ヶ月。当時の総司が決断するには早すぎた。


「……しばしお時間をください」

『おう。まだ余裕はある。ゆっくり考えてこい』


 逃げるつもりはない。だがこの道を選ぶ、選んであげることができるのはその予言を持つ恵なのだから。彼女の本心が明かされるまで決めることができない。そんな気持ちを持って頭を下げた。



                  ●



 一週間後の朝、再び予言が下されて万神殿に訪れた総司の前に依頼人を待つ恵の姿が。彼女も彼の気配を感じてこちらに目線を向けるが、目を合わせた瞬間すぐに反らした。それは総司も同じで無意識に顔を赤くしてしまうぐらい。


「どうした、総司」

「な、なんでもないよ!」


 後ろから声をかけられた玄氏に反応するも取り乱した状態が回復できず。この様子をともに見ていたと思われる章人はニヤケ顔を浮かべる。


「なるほど。総司君は恵さんに対して熱があると」

「いや、そんなことは、無い! さぁ、そろそろ依頼人が来るし、意識を切り替えよう!」


 両手で頬を叩き、もうすぐ現れる依頼人からの任務に備える。一方でちらっと総司を見つめる恵ではあるが、恥ずかしさと同時にどこか思い詰めていた。

 今回の任務はヤマト神群のウケモチからの依頼で、脱走した三狐神の捕獲と元凶の撃退によるもの。一部の山中での捜索が思った以上に時間かかり、全て見つけたのは夜が更け始めた頃。そして手遅れになるまえに元凶を見つけて撃退することができ、無事に連れて帰ることが出来た。

 解決し、万神殿に居るウケモチに報告し終えて先に玄氏と章人が立ち去った後恵も帰ろうとしていた。この状況を作ったのは意図的なのだろうかと思いつつ、意を決して呼び止める。


「恵さん!」

「総司さん、なんですか?」


 総司の声を聞いて振り返る恵の表情にはとても複雑に見える。嬉しいよりも、どう話せばいいのか分からないのが強いのだろう。こちらもニコニコとして話せる様子でもなさそうだ。


「恵さん。親神から言い渡された予言について、どう思う?」

「どうって、言われましても。それがアマテラス様や、総司さんが良いのであれば受け入れますが」

「オレの気持ちよりも、自分の気持ちが大事だ。ちょっと言い換えよう。訪れるであろう未来はそれでいいのか?」

「私は……」


 次の言葉を思い浮かべずに閉じてうつむく。そりゃそうだ、と総司は気づいていた。まだ出会って一年ちょいの相手が近い将来結ばれる未来を告げられたのだから。もしも本当に嫌悪心を持っているのであれば直ぐ様拒否をしたいところだろう。彼女の返事次第では諦める覚悟は出来ている。じっと待っているうちにやっと彼女の口が開いた。


「私は、実は総司さんとはじめて出会ってから少し気になっていたのです。最初は出会ったところでまた会うことは無いと思っていました。でも数多くの任務でご一緒になり、さらには予言も貰って…………」


 ここから先言うこと無く再び閉じたかと思いきや、総司から顔を反らして後ろを向いた。


「ど、どうしたんだ恵さん」


 完全に顔を見せてくれない。一体何が置きたのかきになった総司は恵に駆け寄り、横から顔を見ようとするのだが


「みーなーいーでーくーだーさーい!!」


 と両手バタバタを鳥のように仰いで距離を作ろうとする。恵の顔には真っ赤に染まっているのがよく分かる。一瞬の意外な反応に唖然としながらも彼女から目を離さない。


「あっ、えっとー……。正直な気持ちで言いますと、とても嬉しく思います。今まで人との関わりが一族以外薄かったので。予言に関しても、これは運命として受け入れています。ただ大きな予言で戸惑っていただけです……」


 自分の気持ちを語る恵の様子を見るだけの総司はただ口を閉じてみるしか無く、逆に怪しまれてしまう。


「聞いているのですか?」

「き、聞いているさ。あの、恵さんってさ、思っていた以上にかわいいな」

「もー! 総司さん!」


 あぁ、頬を膨らませて抗議しようとする恵の顔も可愛らしい。


「さて、私からの気持ちはこれで全てです。総司さんからお聞きしたいのですが、貴方は私の予言を聞いてどう思い、私とともに歩みたいと思いますか?」


 彼女の仕草に夢中で本題を忘れていた。まだ頬が赤く、完全に落ち着いていないとはいえ真剣な表情と目がこちらに向いている。ならば自分も答えないとな。そう思っているのか分からないが緊張が思うほどしていなかった。


「お前の言葉を聞いて安心したよ」

「それはそういうことですか?」

「恵さん、オレはお前のことが好きだ。神々から渡された予言を受け入れたい」


 微笑みを浮かべながらそう答える総司であったが全て聞いていた恵にとってはあまりにも心臓に悪い話で、オーバーヒートしそうなぐらいに気が動転していた。


「あ、あの、総司さん。それ、愛の告白」

「あ、そうだった! でもオレの気持ちは全てが正直さ」

「うぅ……。でも、ありがとう。私も、貴方のことがもっと好きになれそうです」

「そ、それは嬉しいな」

「総司さん。これから私のことを『さん』づけせずに、恵と呼んでください。そのほうが、私にとっては心地よいので。あ、私は『総司さん』から変えるつもりありませんよ?」


 なんと強情な。だが薄々と『恵さん』という呼び方に違和感を持ち始めていたために丁度よかった。今は神子同士の業務儀礼ではなく、現世の人間として振る舞おう。と先に総司から右手を差し出した。


「分かった。恵、これから神子としての使命を果たしつつ、願っていた未来を叶えていこう!」

「はい! 総司さん!」


 そして二人は強く握手を交わし、お互いの絆を固めたのであった。

 あれから家業をこなし、学生である彼らは学業も影響なく行い、そして神子の任務があれば向かい、その合間に文通を交わすなど充実した日々を過ごしている。空いた日には総司から出向いて直接神明神社に訪れて、神主であり現代当主の河辺元吉に会って予言について伝えたのだが……


「予言では貴様が河辺家に迎え入れられるだと? それだけの理由では認めぬ」


 やっぱり言うと思っていた。河辺家は代々伝わる由緒正しき一族であるがその伝統もあまりにも厳しく、基本的に結ばれるのは皇族関係が多く、関係から外れてもヤマト神群しか受け付けない上にこの一族にもたらす存在であることを現代当主が認めないといけない。最初よりも力はついたとはいえ、まだ祇園家の中では落ちこぼれ。恵からは「お祖父様はいつもこんな感じですので……。何年か鍛錬を積めば認めてくれると思います」と励ましてくれるが先行き不安しかない。

 そんなこんなで忙しくも楽しい日々を送っており、総司にとっても、恵にとっても有意義に感じていた。この日々の終焉が存在することを、当時の総司が感じることは無かったのが幸いともいう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る