第20話:忍び寄る影


「初耳だよ。華琳さんの影の双子と弥音さんが幼馴染って」

「私も知ったのは影の双子の夢を通じて物語を視るようになってからだ。

 幼稚園の頃に出会ってからとても仲がよくてね。影の双子にとっては遊び相手が居ない中でのはじめての友達だったわけだから、小学校に上がってから弥音さんの周りに他の友達が出来たとしてもずっと大事にしていたのさ」

「へぇ~。弥音さんは人気者なんだね」

「当時、周りからは子ども相応にとても明るくて、周りの人にも優しかったみたいだからね。家や神社に居るときよりも、外で遊ぶことが多いぐらいに」


 そのことを聞いて、幼さをすべて捨てて大人びた今の弥音とは全く別のイメージになっていたことに意外に感じてしまった。でも小学生の頃ならありえなくは無いだろうと口を出さずに頷いて聞き続ける。


「このまま楽しい時間を過ごせたらいいと影の双子は思っていた。でも、ある日起きた一つの出来事ですべてが狂ってしまった」

「その……出来事というのは?」

「6年前の小学生グループを目標にした怪物襲撃事件。万神殿ではそう呼ばれている」

「怪物襲撃って……絶界に巻き込まれたってことじゃないか!」

「うん。その時は放課後の帰り道でね、教室で少し駄弁っていたから帰りも遅くなるだろうと思ってしまうほどの夕方の出来事だ。突然絶界が展開され、目の前には獣のような怪物が現れてこちらを睨みつけてきて、その時恐怖に支配されて動けなかった」


 これは影の双子だけではない、一緒に帰ろうとしていた友達全員が怯えるあまり足をすくんでしまったらしい。ただ、一人を除いては……


「でも一人だけ、弥音さんだけは友達の前に立ち、無防備でありながらも守ろうとしていた。道端に落ちていた木を使って追い払おうとしたけど敵わず、挙げ句の果てには重傷を受ける姿を見てしまった」


 語る言葉からも想像できてしまう光景に思わず目を見開いてしまう。


「この様子を見て逃げる力を失い、もうだめのかと……思っていた時。弥音さんが再び起き上がって……精神的に刺激が強かったのか詳しいことは視ることができなかったけど、結果的に友達誰一人も傷受けることなく、彼女は守ることができた」

「よかった……あれ、その後は?」

「その後も何も、終わった後に感じた影の双子からは弥音さんに対する恐怖。絶界が解除されて束縛が解除した途端に走り去ってしまったわけだから、弥音さんに関しては詳しいことは聞かされていない。

 怖く感じたものの逃げ出してしまったことに罪悪感抱き、次の登校日に謝罪と感謝を告げようかと思っていたのだけど……翌週は地獄だった。教室はおろか、学校で誰一人弥音さんに近づけないどころか、周りから悪い噂が蔓延していた」

「うそ……。弥音さん、友達を守ったんだよね。それだけなのに!」

「人間とは思えない力と恐怖を与えてしまった。そりゃ一般人からは『忌み子』と言われてもおかしくないぐらいに」


 これもまた今の状態では考えられない光景を聞き、心なしか握り合っている両手に力が入ってしまう。


「謝ろうと思っていた影の双子も空気に飲まれて何も出来ず、結局弥音さんが転校したと聞いた日の夜に謝りながら泣きじゃくっていたな」

「そんな経緯があったんだね……。ここからどうやって仲直りを?」

「再会は偶然だよ。そのまま進学する中学ではなく中高一貫校に試験で合格して入学した日のホームルームで同じクラスに弥音さんが居ると知ったものの、彼女からは自分に気づかずに話しかける機会もなく中3まで引きずってしまったわけさ」

「あれ、弥音さんは影の双子のことを……忘れていた?」

「忘れられていたみたいだよ。精神的ショックで過去を全部流したのだろうからね。そして秋頃に起きた角龍による電波塔占領がきっかけでその後、弥音さんと影の双子と真正面で話す機会があってね。抱えてきた自分の想いをぶつけたわけだ」


 弥音からは影の双子を助けるよう神子たちに依頼した理由は、クラスメイトでもあるし意を決して神社に訪れた彼女の親からの頼みであり、『幼馴染だから』という理由ではなかった。それを聞いた影の双子は昔遊んでいた幼馴染であることをすべて吐いた。たとえお互いつらいものであったとしても。


「荒療治ではあったものの、弥音さんもやっと少し思い出して仲直りを果たした。勿論、今までのことを謝り、当時のことを感謝しながらね」

「お互い納得いく結果になってよかった。よくよく考えると、ここまで覚えている華琳さんも少し不思議のようにも思える」

「そりゃ、影の双子にとっては大きな物語みたいなものだからね。それに、話していて平気なわけではない」


 語っている間は変化が無かったので気にしていなかったが、語り終えた後に右手で頭を抱えて疲労の色を見せる華琳の様子を見て慌ててしまう。


「あ、ご、ごめん。無理に話してしまって」

「いや、いいよ。私自身、色々な任務で経験した影響か、時折影の双子と夢やおろか物語と感情も共有しているようでね。下手でもしたら自分を見失ってしまうのではと、思ってしまう」

「そこまでして、どうして……」

「勿論出自不明の影の双子の正体を知り、元凶を切り倒して予言の真実を覆す。そのためにオグマから戦うための力をくれた」


 抱えられていた頭を上げ、力強く拳を握る。華琳の姿を見てこの間見た夢のことを思い出す。華琳が影の双子を絶界に連れ出したくない理由は彼女の持つ予言にあり、さらには影の双子の生まれに関してオグマさえも知らない点も上げられる。それらを解決するまで、彼女は現世から離れて戦い続けていくのだろう。本人と意志とはいえ、少し悲しくかんじてしまい、こちらは思わずうつむいてしまった。


「唯吹さんも暗くなる必要無いのに」

「何だか悲しくなっちゃってね。ボクも華琳さんに協力するよ!」

「おぉ~。心の底からありがたいけど、まずは剣術をマスターしないとね」

「あ、そうだった……」


 華琳の力になるためにはそれに近いぐらいの実力を持たないと足手まといになってしまうと思ってしまいしょんぼりとしてしまう。


「さて、休憩はここまで。私のことも大事だが、唯吹さんのことも考えなきゃいけないからね。そのために龍吉公主様から頼まれているわけだし」

「引き続きお願いします!」

「よし、団長から教えてもらった逆手持ちを早いうちに使いこなさないとね」


 再び立ち上がり、改めて竹刀を手にして組み手を再開させた。



                  ●



 18時になれば真っ暗になってしまうぐらいの夕方頃に近づき、影の双子の華琳がそろそろ弥音の自宅から去ろうとしていた。


「ごめんね、この時間までゆっくりと話してしまって」

「今日は……というよりも今月が暇だったので大丈夫です。また明日、学校で」

「はい! 今日はありがとうございました!」


 遅すぎて親に怒られないよう駆け足気味で華琳は走り、その姿が無くなる時まで弥音に見送られた。


 その帰り道の路上。空の手提げバックを持って自宅へ向かう途中思い返す。そのまま進学する中学校ではなく中高一貫校を入試受けてまで選んだ理由。小学校に引き止める人が誰一人も居なかったのが大きい。

 弥音が転校した後、周りにいた友人も空中分解するように一緒に話す機会が無く、華琳もまた一人で動くことが多くなっていた。下手なことをしていじめに発展するよりかはとてもマシな判断である。別の中学に行くのも、過去の因果が別の形で現れるのを避けるためでもあった。

 自分が影の双子であることを知り、弥音に気持ちを打ち明けてからは彼女と関わることが多くなり、中等部で出来た新しい友人とも自分の立場を受け入れてくれた上で仲良くしてもらっている。前と比べれば、今の方がとても楽しいのかもしれない。

 このまま、この日常を過ごせることができたらいいのに……と思いながら走っていくうちにある違和感を持ち始める。


「……あれ?」


 立ち止まってあたりを見回す。先程まで家路へ歩く人々や照明で光る店の様子などで賑わっていた商店街が無くなり、全面が薄暗く見える。そして彼女の目の前には黒い物体が浮き上がって姿を現す。


「運命のときが……来た」

「え、だ、誰……?」


 今すぐ逃げたい、助けを求めたい。しかし、6年前の獣の怪物と角龍とは異なった大きな影の姿の前に足をすくみ、声も出しづらい。近づいてくる物体に為す術もなく心の奥底から、助けて弥音さん、みんな、本物の私……。と心の中で叫び、闇の中に飲まれた。



                  ●



 一方その頃、九龍城で特訓していた唯吹がカカオを通じて疲れ果てながら自宅へ戻ってきたようだ。引き戸を開けて「弥音さん! ただいまー!」と声を上げて締めるが、そこに弥音の声が聞こえない。


「おや、留守なのかな?」


 かなりお腹空いているからはやく晩御飯食べたいなー……。と思いつつ靴を脱いで上がり、居間の方へ行こうとしたところで弥音が誰かと電話している声が聞こえる。


「はい……はい。分かりました。こちらも探しますので、そちらはできる範囲の行動をお願いします」


 家に配置された電話の受話器を下ろしたところで唯吹は居間に入ってきた。


「ただいま、弥音さん! 電話中声を出してごめんね」

「おかえりなさい、唯吹。声を出すのは問題ないのですが……帰り道に影の双子の方の華琳とすれ違いませんでした?」

「え、すれ違わなかったけど、どうしたの?」


 唯吹に目線を向けた時の弥音の目には陰りが見え、見つめられるだけで緊張感が漂う。


「影の双子の華琳が……行方不明になったそうです」

「えっ……えええええ!?」



                  ●



 九龍城にいる華琳も先程から現れた激しい頭痛によって今まで以上の不穏な感覚を持ち始めていた。思考が閉ざされそうになる中、通り過ぎる時にシュウから告げられたあの言葉を思い出す。


『決して気を抜くなよ』


 もしこの異変の予兆だとするなら……早急に影の双子を会いに行かなければいけない。

 しかし、現世で探そうにも見つからず、夢の中でも現れる気配も無く。結局のところ二日間無駄な時間を費やすことになってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る