第21話:失われた光の聖剣1


 生息生き物もほとんどが寝静まる夜が更けた森の中。全面草木によって茂った空間の一人の影が見える。その人物はゆっくりと湖の中に入り、深く沈められた『ある剣』を引き抜いた。その剣の刃を天へ向けると、周辺から黒い瘴気らしきものが立ち込めていき、全面が真っ黒に染まった。



                  ●



 すべてが咲き乱れる花によって彩られた光景。目と鼻の先には自分とよく似た顔立ちをした長い茶髪の少女。右手には剣を持っているが、刃から大量の血液が滴り落ちる。今すぐ剣を抜きたい。だが、心の奥底では様々な感情に支配されているせいか引き抜けない。過呼吸になりそうな中、自分の頬に向かい側からの人の手が添えられる。その手にはまだ温もりは残っているが、消えるのも時間の問題であった。


「大丈夫だよ。もう終わったんだ」


 か細く、さらには優しい言葉がさらなる追い打ちとなって心の傷をえぐっていく。戦いたくなかったのに……。心の叫びも口にだすことはできず、ただ相手の命の炎が消えるのを待って……



『華琳。朝だ、起きろ!』


 状況と全く合わないオグマの掛け声が耳に響き渡る。そしてこれが夢だと気づき、ぱっと目を開けると真剣な表情で見つめるオグマの姿があった。状況を整理してみると、嫌な予感を頭痛で感じ取って以来影の双子を探し続けたが見つからず。夢を見ようとしても全くと言っていいほど見ることができず、今頃どうしているのだろうかと不安で眠れずに居たら気がつけば寝ていたことが多く発生していた。先程見た光景も、夢であることで未来が見えたかと思えたが不安が拭いきれない。


「オグマ、おはよう……」

「華琳、任務だ。ケルト神群聖地の一つが絶界に飲まれた」

「なんだって!?」


 信じがたい状況を聞いた華琳は飛び起きてしまう。


「まだ確定とは言い難いが、もしかすると影の双子もあそこに居るかもしれない。……行ってくれるな?」

「……分かった。でも一つ頼みたいことがある」

「何だ?」

「私、執行人になりたい。さらなる道を切り開くために」


 これは前から考えていたことである。オグマのように正義の味方になろうと目指し、ある日執行人の一人である弥音の親神憑依を見て憧れていたのだ。様々な任務の末、力がついた今なら行けるはずと思ったのだろう。華琳の頼みを聞くオグマであったが、表情を人使えず、彼女から目線を逸した。


「駄目だ。今のお前ではさらなる力を貸せない」

「どうして!」

「己の真実を見抜き、本当に成すべきことを改めて見出せ」

「本当に成すべきことって……。私は」


 私は影の双子を原因を突き止めて元凶を切り倒したいだけだ! そう言いたい華琳ではあったが、後ろに覗くオグマの目からはあまりにも冷たく、ここで関係が少しでも違っていたら斬り殺されていたのだろう。私の成すべきことは間違っているのだろうか……。そう思うぐらいの恐怖を感じて後ろに引く。


「……なんでもない」

「そうか。俺は先に万神殿で神子の呼び出しを行ってくる。後からエントランスに来るんだぞ」


 とオグマは先に華琳の部屋を後にしていった。静まり返る部屋の中、静かにベッドから降りて壁に向けて力強く右拳で殴りつける。建物の集合体であり、部分によっては朽ち果ててもおかしくないが壁はコンクリートによってできているためか突き破ることはない。


「わけがわからないよ……。私は、私はどうしたらいいんだ……」


 先程まで見ていた夢のことで気が気でないのに、オグマからの追い打ちを掛けるような発言により思考が混乱状態に陥っていた。左拳で殴りつけても壊れることなく、目線を床に向けて現れそうになる涙を堪え続ける。


「予言から……運命から逃れられないというのに……」


 ぼそりと呟いた言葉に返事する者は存在せず、ただ虚しく部屋の中で響き渡るだけ。暫くしてから気持ちを落ち着かせ、とにかくやるしかない使命を胸に朝支度を行い、朝食を終えて万神殿に向かうときには二時間が経過していた。



                  ●



 その頃、万神殿のエントランスでは少女一人、唯吹が約束通りの時間に訪れるものの誰もいない状況を見て戸惑いを隠しきれないでいた。他に来るのだろうかと不安に思うあまり、落ち着かずに左右を見回す。そんな唯吹の背後から一人の人物が現れ、片手で肩叩く。


「ひゃあ!」


 唐突な肩叩きに思わず肩を飛び出すように震わせて後ろに振り向く。そこには白色のまとめ髪をした見知る女性の姿があった。


「唯吹さん、ごきげんよう」

「ふぉ、フォンさん!? 貴方ももしかして呼ばれてここに?」

「はい。そのための服装も着てきました」


 普段の紅白の巫女装束とは異なり、大きなマントに中も動きやすい服装で整った北欧の巫女と女戦士を合わさった服装を身に纏うフォンヒルドが居た。同じ神群の子であるイルハとはまた違った雰囲気が出ている。その中で一つ目立つ柄と鞘が見える。


「あれ、フォンさんが持っているのって、日本刀?」

「単なる日用品としての刀なのでさほど力はありませんよ。あくまで、『フレイの魔剣』用です」

「へぇ~。でもかっこいい!」


 洋風の姿ながら日本刀という斬新な姿に魅力を感じて目を輝かせている唯吹を見て戸惑いつつも照れ隠しをするフォンヒルドをよそに、同じく日本刀を持つ男性がエントランスに足を踏み入れた。


「あ、シュウさん!」

「ふむ。唯吹も来ていたのか。……ん?」


 シュウが唯吹に目線を向けたかと思いきや、次にフォンヒルドに向けた瞬間普通見えない稲妻が走っているように見えた。キャラが被っている対抗心なのだろうか? 今でも刀を抜いて斬りにいきそうな雰囲気に左右見て冷や汗をかく唯吹であったが、いざ近づくと先に行動が出たのはお互いの右手だった。


「貴方が九龍城自警団の団長で草薙剣の使い手、如月朱鳥さんですね。はじめまして」

「こちらこそはじめまして。北欧神群フレイの子にして執行人である松橋フォンヒルドの名前はこちらにも届いております」

「フォンさんでも大丈夫ですし、いつもの口調で話してくれれば」

「了解した。これからそうする」


 緊張感漂う状況から一変し、握手を交わす穏やかな雰囲気に思わず呆然としてしまう。


「あのー……お互いのこと、知っていたの?」

「あくまで九龍城の情報だし、執行人協議会の役員であるなら知られて当然だ」

「わたくしは九龍城の規律を守る集団と団長の存在を知っていましたので」


 有名人だから、割と納得いく理由にただ頷くことしかできなかった。そして遅れたタイミングでもう一人、黒い空手着を身に纏った少年、天流がエントランスに訪れた。


「おーい! お前らだけで団結固まるんじゃね! オレも今回運命共同体たからさ~!」


 天流の登場に場が沈黙。小一時間後シュウが口を開いてフォンヒルドに質問を投げかける。


「なぁ、フォンよ。彼のことを知っているか?」

「いいえ。わたくしは存じませんが、唯吹さんは知ってますか?」

「え、ええぇ? えーっと……ボクも知りませ……」

「唯吹はこの空気乗らなくてもいいぞ!」

「ご、ごめんなさい!」


 意図がバレてしまったようだ。唯吹以外自分のことを知らないと分かり、開き直ったのか胸をはりはじめた。


「ならば仕方ないな! オレの名前は豊方天流。ホルスの子だぜ!」


 決まった! と言わんばかりの決めポーズを見せる天流であったが名乗り上げた後の静寂な空気が思わず「あれぇ……」と呟いてしまうぐらいに返って羞恥心を産んでしまう。


「……とっても熱いな。俺にもあのような熱さがあればなぁ。俺はスサノオの子の如月朱鳥。よろしくな」

「流石は太陽神の子ですね。わたくしはフレイ様の子、松橋フォンヒルドです。よろしくお願いします」

「お、おうよろしくな! 唯吹も、今回一緒に頑張ろうぜ!」

「う、うん!」


 微妙な空気になりつつも、どうにか明るさを取り戻したところで神のみが開けられる大きな門から両腕に大きな装甲を身に纏う一柱、ケルト神群の戦神オグマが現れた。今回の依頼人であるのが分かるように顔色からしても必死さが見える。


「ぼぼ予兆無しの呼び出しで申し訳なかった。よくぞ来てくれた」

「オグマ様でしたか。何やら緊急任務でも」

「察しのいい所は経験故かな、シュウ。ケルト神群聖地の一つ、アヴァロンとその周辺グラストンベリーが絶界と化してしまった」


 このオグマの一言によって場に緊張が走る。周辺のコメントが困る中、唯吹は恐る恐る質問を投げかける。


「ど、どうして聖地が絶界に?」

「詳しいことは分からない。だが、聖地を支える柱となるものを何者かに盗まれたと思われる。ただでさえケルト神群自体の力が弱まっている状態で魔界化されたら重大なダメージを受けてしまう。直ちに解決へ向かってくれないか?」


 現地の状況と放置した場合の状況を語るオグマの表情には必死さと焦りが見えている。アヴァロンの名を聞き、考え込んでいたフォンヒルドがやっと顔を上げた。


「アヴァロン。アーサー王伝説の終盤に出てくる、円卓の騎士が眠る地。話によればその地で神話災害が起きたら彼らが解決に向かうと聞きます。でもその英雄たちも出てこないということは……一大事ですね。勿論、引き受けましょう」

「アーサー王が出てこないのには理由かー……。俺も乗った!」

「神々の世界で危機が訪れているなら住民共々助けなきゃな!」

「ぼ、ボクも引き受ける!」


「その意気込みを聞いて安心したよ。今回、絶界に突入するにあたって俺の子一人同行することになった」

「オグマ様の子? ……まさか」


 唯吹が呟いている通り、廊下からドアを開いて入ってきたのは薄茶色のロングポニーテールの少女。


「あ、華琳さん! しかも九龍城の時とは違う服装!」


 普段の中華風の服装ではなく、黒と白をメインに整ったカジュアルな戦士服に身を包み、腰に剣を備えるなど様になっている。


「樫森華琳です。よろしくお願いします」

「華琳の情報によれば、彼女の影の双子が数日前から行方不明になったらしい。そして、夢を通じてその子がアヴァロンに居ることを突き止めた。彼女を特定できるのは彼女しかいない。そのことをよろしく頼む」

「あ、影の双子の居場所わかったんだね。よかったぁ」

「でも油断は禁物だ。私が見た夢だと、もしかしたら最悪な事態になるかもしれない。多大な迷惑をかけてしまうが、どうか聖地アヴァロンを救い、影の双子を…………」


 安堵を浮かべる唯吹ではあるが、華琳の表情は険しいままで運命共同体の神子たちに向けて頭を下げる。しかしながら影の双子からの言葉はあまりにも小さく、最後まで聞き取ることができなかった。一体どういうことなのかと聞こうとしたところで天流たちによって遮断された。


「勿論、引き受けるぜ! 影の双子と言えど、大切な人であるなら尚更!」

「九龍城自警団団員の頼み事だ」

「唯吹さんの友人の頼みです。絶対救い出しましょう」


 聞き出すのは絶界に突入した後でも遅くは無い……か。とここは頭の片隅に置いておくことにした。


「華琳さん。ボクもみんなの足を引っ張らないように頑張るよ!」

「……ありがとう、みんな」


「以上だ。他の質問が無ければ冒険の準備に入る前に……」

「九龍城自警団の団長から、冒険の役に立ってほしいと支援金を貰っています。上手くご活用を。みんなの配分を終えてから準備をしよう」


 オグマが言う所にタイミングを合わせるように華琳があるモノが入った箱を取り出した。


「今回は一大事と聞いたものでな。後悔しないぐらいに奮発したよ」

「おぉ、流石は団長だな! 気が利くぜ!」

「ありがとうございます! シュウさん!」

「ありがたく使わせていただきますね」

「おう。その代わり、全員で生きて帰ろうな」


 神貨の入った箱をみんなでつかみ取りをし、手に入れた神貨と倹約判定の神貨の入手。清水を飲んだことによる活力決定を済ませたところで、天流はあることに気がつく。


「あれ、オグマ様。商人はどうした?」

「今回は異例の緊急事態で商人は手配出来ていない。現地で調達してくれ。多分まだ機能している」

「なるほど! ありがとうな、オグマ様!」


 すべての状況を納得し、天流は離れていく。その入れ替わりでオグマは唯吹を呼び寄せる。突然の呼び出しに何故呼ばれたのか分かっていない様子だが。


「唯吹、お前に渡したいものがある」

「えっと、何でしょう?」


 オグマの手から出てきたのは一見普通に紙の上に文字を書くためにある『茶色の万年筆』。


「この万年筆は見た目では大した力は持たないだろう。運命が満ちた時、その力は発揮するだろう。その時まで大事に持っておいてくれないか?」


 頼み事の言葉の中では万年筆の役割はよくわからなかったが、手渡された時に聞くオグマの声でやっと役割を知る。重大な使命を抱えてしまったものだと思い、真剣な表情になって頷いた。


「分かりました。この万年筆、上手く使いこなす」

「ありがとう。さて、みんなの準備は出来たな。健闘を祈るぞ!」


 エントランスの中央に配置されている噴水が変形され、地下から大きな扉が現れた。その扉の先は真っ暗だが、オグマ曰くこの扉を通り抜ければグラストンベリーへ行けると言われるが、本当なのだろうか……と唯吹が思わずぼやいてしまう。


「よーっし! オレ一番!」

「ちょ! 全く……。相変わらず熱いヤツは」


 真っ先に駆け出したのは天流で、彼を追いかけるようにシュウも扉をくぐり抜けた。不安を拭いきれない唯吹を背中を押してくれたのはフォンヒルドと華琳だ。


「頑張ると自分から言ったんだ。一人で見知らぬ地へ飛び込むのが怖いなら一緒に飛び込むまで」

「そうですよ。さぁ、行きましょう」

「うん!」


 彼らに遅れを取られないように三人で一気に扉をくぐり抜け、暗い世界の中へと入り込んだ。






 しばらく真っ暗な空間を歩き、光の先に見えたのは……


「……町?」


 左右見渡せば人々が住まう建物と取引を行っている店の数々。彼らが過ごしていた町の変わらない日常風景そのもの。緊急事態だとオグマから伝えられたことで大荒れと思っていただけに唯吹が思わず呟くぐらい拍子抜けしていた。


「平穏じゃないかぁ……。驚かせやがって」

「でもここは絶界の中だ。彼らは既に物語の中に組み込まれている可能性がある」


 変わらず平和なことに不安を覚えつつ周辺を見回して状況を確認する。現在地はグラストンベリーの中で交流の場となっているハイストリート。ここから北へ向かえば高台のある近郊の丘グラストンベリー・トー。南へ行けば広大な牧場地帯があると、地図とハイストリートの人々に教えてくれた。しかしながら、西側に関しては誰も教えてくれなかった。教えてくれても「あそこは危険な場所じゃ。軽い気持ちで行くんでない」と老人から警告されてしまう。先行きが不安な中、町の外から鉄がぶつかり合う物音が響き渡る。

 その音は時間が経つにつれて大きくなり、大群の影がこの町へ押し寄せてきた。姿から全身ほぼ裸でありながら刺繍を入れており、顔には特定不可能のお面を被って斧や棍棒などの鈍器を構えている。周辺の人々は謎の軍団の登場により一瞬にして日常を崩壊するように悲鳴とともに避難していく。


「き、きやがったぁ!!」

「ピクト人だ! 器物だけは守れ!」

「ほら、早く家に入って!」


 唐突すぎる変化に戸惑いつつ、唯吹の周りにいる運命共同体は即座に刀や空手の構えを見せていた。


「華琳さん! これはどういうことなの!?」

「謎多き異民族『ピクト人』の襲来だ。町の破壊活動をしていたピクト人がこちらに来る。唯吹さんも武器を出して!」

「うん! え、えーと……あれ、二龍剣が出ない」


 本来なら赤い勾玉の力によって二龍剣を取り出すことができるだろう。しかし、まだ力が満ち溢れていない状態で出すことはできず、取り乱してしまう。


「神聖武器!」

「神聖武器!? あ、曲刀があった!」


 何を出せばいいのか分からない唯吹は華琳のフォローにより、やっと曲刀を取り出して構えた。二刀流の時よりも違和感はあるが振るう上では申し分ない。町の人々以外の人の姿を見たピクト人の大群は一斉に唯吹達に押し寄せてくる。

 天流は両手から炎を纏って相手を殴りつけ、残りは剣や刀で切りつけて払い除けていく。大量に攻め込んでは跳ね返される光景を見たピクト人は町の人々と違う素質に気づき、恐怖を感じて距離を作った後に逃げ出していった。


「ピクト人、どこかへ行きましたね」

「ボクたちが追い返したのはいいけど、このまま放置していたら……」

「町の機能は停止していたのだろうね」


 静まり返った町に建物に隠れていた町の人々が続々と顔を出してきた。最初こそざわつかせる様子を見せるが、一人の老人が前に出て唯吹達に頭を下げた。その老人は、西は危険な場所だと伝えた人である。


「旅人よ。この町を守ってくれて……感謝するぞ。ありがとう」


 この一言によって町の人々は盛り上がり、拍手喝采一色に。明るくなったムードの中で天流も思わず両手を上げて上機嫌に「いえいえ~!」と振る舞う。


「町からのささやかなお礼じゃ。この町にあるものを好きに買い物をしてもよい。頼まれたものをできる範囲用意しよう」

「お! ありがたい! オレ達はちょうど物資に悩んでいたからさぁ~」

「それなら尚更じゃな。被害後だから、足りない部分があれば堪忍な」


 外に出てきた町の人々は広場などの清掃を行いながら、商人たちは営業再開の準備を行っている。いつもの日常風景に戻りつつあるとわかった唯吹に安堵の表情を浮かべる。


「よ、よかったぁ。町の元気が取り戻しつつあって」

「一時はどうなるかと思ったよ。さーって、物資調達してくるぜ。30分後広場に集合な」

「賛成した。さて、この聖地ではどんなものが取り揃えているのだろうか……」


 物資入手手段を見つけ、アイテムを買いに行こうと先に天流とシュウがこの場から離れる。


「わたくしも物資確保してきますね。唯吹さんも忘れないで下さいね」

「はーい! さて、ボクも……」


 フォンヒルドも離れ、唯吹も一人の商人へ歩み寄ろうとしていたがふと頭の片隅にあることを掘り起して思い出す。真剣に話し合うのはここであり、今しかない。自分も情報収集を兼ねて離れようとする華琳を呼び止める。


「華琳さん!」


 張り合いのある呼びかけにより華琳の足が止まって唯吹の方に目を向ける。


「どうしたの?」

「さっきから華琳さんに聞きたかったいことがあるの」

「聞きたかったこと?」


 この絶界に突入する前の万神殿で言っていた華琳の頼み事。特に影の双子からの言葉。唯吹にとってはどうしても気になっていたのだ。本当に言ってもいいのかと考えた末、意を決して口を開く。


「万神殿でボク達に頼んだ時の言葉。もう一回言ってください」

「多大な迷惑はかけるけど、どうかアヴァロンを救ってほしい。と」

「そ、その後も!」

「……唯吹さん。何を考えているんだい?」


 核心に迫ろうとしていることを感づいたのか、華琳の表情が一気に険しくなっていく。味方の関係とはいえ、誤解を与えてしまえばお互いの関係に亀裂が出来てしまうだろう。それでも勇気を振り絞って続く。


「特訓でもうまくいかないし、まだ頼りないかもしれない。でも、共に任務を遂行する運命共同体の一人としてボクはあなたを信じる。だからその後の言いたいこと、教えてください」

「本当に、知りたいんだね?」


 唯吹は頷いた。彼女の赤紫の瞳からは決して曲げることも失うこともない光を宿している。この決意の目に対して眩しく感じ、避けたくなる気持ちの裏にはついこの間まであった精神的余裕が失いつつあるかもしれない。今は先輩の神子を頑張って追いかける彼女が羨ましい。そう思いながら言いたいことをすべて唯吹に伝えることに。

 周りに聞こえない範囲に伝え終え、すべて聞いた唯吹の表情には驚きに満ちていた。


「そ、そんな……」

「そういうことだ。でもああでもしないと未来がないと言われたらね……」

「……させない」

「えっ?」

「運命を回避する方法はきっとどこかにあると思う。ボクやみんなが見つけるまで、待ってくれる?」

「あるというのであれば信じよう。期待はずれの結果なら承知しないよ」

「ありがとう! 華琳さん」


 唯吹の発言には深い事情があると見えたのだろう。自分では何も出来ない華琳はただ、彼女を信じることしかなかった。


「さて、みんなが戻ってくるまでボクは広場のベンチで待っておくよ」

「物資買いに行かなくても大丈夫なの?」

「大丈夫。前の任務の報酬で霊薬と食料は持っている。それにちょっと節約しなきゃいけなくて……」

「あぁ、なるほど。仕方ない、私も待とう。仲間を支援できるぐらいのアイテムは既に揃えてる」

「ごめんね、ボクの暇つぶしに付き合ってしまって」

「別に大した事ない。私のことを気遣ってくれたんだ。これぐらいの恩返しはしないと」


 物資調達途中の他の神子が戻ってくるまで、二人はベンチに座って周りの風景を見回し、時折他愛のない世間話をするなどであっという間に過ぎていく。そんな中、華琳はふとあることを思い出す。


「そういえば、弥音さん達は今頃どうしている? まだ昇級試験中?」

「試験中だね。しかも三日目の。今は試験に集中しているけど、影の双子が行方不明になったと聞いてからかなり心配していたよ?」

「やっぱりかぁ。大事な時期に行方不明になったの相当つらい。影の双子もそう思いたいね……。本当、今頃どうしているのだろう」


 と俯きながら語る。心配しているのは影の双子を知る友人や唯吹だけではなく、本物の華琳もそうである。なんとしても助け出さないと。唯吹はそう思っていると、丁度いいタイミングで天流、シュウ、フォンヒルドが戻ってきたようだ。


「戻ってきたぜ! これで本気を出してもジリ貧せずに済む!」

「天流さん! シュウさん! フォンさん! おかえりなさい!」

「さて、そろそろ先へ進むとしようか。華琳もそれでいいだろう」

「うん。私もそのつもりでいるよ」


「お、さっきの旅人よ。そろそろ行くのかの?」

「先程の町長。はい。わたくし達はそろそろこの町を出ようかと思っているところです」


 出発の士気をあげるところで、情報やお礼をくれた老人の町長が歩み寄ってきてくれた。笑顔を浮かべると同時に、少し真剣な眼差しでフォンヒルドとみんなに見つめる。


「そうかそうか。そなた達ならあの中央道の先へ行けるかもしれない。だが、くれぐれも気をつけるのじゃぞ?」

「分かりました。町の方達も、ピクト人には気をつけてください」

「勿論じゃとも。それじゃの」


 町長と何人かの商人と住民に見送られながらもハイストリートを後にし、さらなる情報収集のために現在判明されている土地から足を運んでいく。


 最初に訪れたのは牧場ではあるが、牛を叩き倒しているピクト人を見つけて捕獲。情報を聞いた所によると、中央道とその付近に剣を持った黒い物体によって住処追い出されたらしい。たまたまフォンヒルドがある程度の知識があったため翻訳は可能ではあったが自分たちの言語が誰にも通じない環境下ではあったため、ハイストリートや牧場にいる人から忌み嫌われてしまったらしい。捕獲と退治により、管理人からのお礼として牛乳などを振る舞ってくれた。


 次に訪れたのは高台のある丘グラストンベリー・トー。そこには旧聖教会跡地があり、絶界に囚われていなければ立派な観光地として賑わっていたのだろう。高台に着いたところで全体を見ても、ハイストリート、牧場、そして中央道があるが、その中央道の先は黒い物体に覆われていて特定できない。唯吹がその物体を調べてみたところ、魔界一歩手前の高濃度の『絶望の闇』であることが判明。とにかくあそこに行くしか無いと決める。


 そして丘から降りて改めて中央道。あと数百メートルの先には絶望の闇が広がっている。


「ここで様子見しても仕方ない。そろそろ行こうぜ!」

「多分あの向こうには……影の双子が」

「華琳さん……。行こう!」


 期待と不安を抱えつつも前へ踏み出そうとした時、周りに黒い瘴気が唯吹たちを取り囲む。その瘴気からは剣を持った影の騎士が現れた。


「もしかして、あのピクト人が言っていた剣を持った物体とはこれのことでしょうか」

「ふむ。ということは!」


 高濃度の絶望の闇から大きな鉄と足音が聞こえ、取り囲む影の騎士よりも一回り大きく、右手には真っ黒に染まった大きな剣を持った黒い鎧を身に纏った騎士が姿を現す。その時、華琳の身に異変が起こったのか右膝が地につく。


「うぐっ……」

「華琳さん!? だ、大丈夫!?」

「きゅ、急に身体が熱く……こんな時に」


 華琳もはじめ、唯吹たちにも気づいていない。絶望の闇に包まれた黒き鎧の騎士の兜の中が果てしなく、そして心の叫びによって赤い光が灯っていることを。

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