第18話:受け継いだ想い
「あっはっはっは! やっぱりそうなるだろうな! 生まれながらにして呪われた予言を抱え、己の意志関係なく世界に災いをもたらすのだからな。現にご覧の有様さ」
「イルハ、それは違う! これは僕の問題だ」
「力の無き者は黙っていようか」
イルハに正気を取り戻させようと声をかける克朗だったが、十字架に予め仕組まれていた電撃が彼の全身に与える。神子ぐらいの身体能力を持つ者であればこの電撃を受けても平然としていられるが、彼は元軍人であれ一般人。
「ぐああああああああ!」
「パパ!」
高電力の電撃一撃で意識を保つのもやっとで、薄らいでいく意識の中で「イル……ハ……」と娘の名前を口にし、そして気を失った。
「所詮は普通の人間と言ったところか。カツローに関しては後で痛めつけることにして……先に貴様らだ!」
大きな翼を広げ、急激に伸びていく尻尾を唯吹に向かって振り下ろす。突然の攻撃行為に唯吹も回避するにも間に合わず、二龍剣を出して防御を試みようとも範囲と力により押し切られてしまう。無防備に受け止めるしかないと目を閉じる唯吹を、イルハが割に入って彼女を突き飛ばす。
「唯吹、危ない!」
「ちょ、イルハ!」
唯吹との入れ替わりの形でイルハがファヴニールの尻尾をもろにイルハが受け、並べられた椅子と一緒に吹き飛んで壁に激突した。
「イルハさん!」
「この滅びの瘴気の中で他の人が攻撃を受けると、さぞ致命的な一撃を受けていたのだろうな。いっそこのまま、椅子もろとも燃え尽くすがいい!」
追い打ちをかけるようにファヴニールの口から黒と青が混じった炎をイルハに向けて吐き出した。これをモロに受けてしまえば、やけどだけでは済まない。強烈な攻撃ですぐに動けないイルハの前に八咫烏が割り込んできた。
「八咫烏!」
「そうはさせないぜ! 八咫鏡よ、その炎を跳ね返せ!」
滞空するために羽を広げ、自分の目の前に大きな鏡、八咫鏡を展開させて炎を受け止める。あまりにも強烈で、通常の炎よりも温度が遥かに高く、少しでも辛抱強く無ければ焼き鳥にされていたのだろう。
「よーっし、焼かれるのはお前のほうだー!!」
すべての炎を受け止め、反射と言う形で黒い炎をファヴニールに返した。だが、その炎に対して翼ですべて消してしまった。
「見る限り、随分立派な翼のお持ちだ。他のファヴニールに比べたら厄介者と見る」
「これでもお金、力の欲しさに得たものだからな。ん~、それにしても、そうまでして災厄の予言を持つ者を守るというのか? 世界を滅ぼしかねんぞ?」
いつの間にかイルハの前には八咫烏だけでなく、唯吹も恐怖と戦いながら二龍剣持って構えていた。やっと動けるようになったイルハは守ろうとする唯吹と八咫烏の姿勢を見守る……しかない。
「友達……だから。出会ったときから常に明るくて優しく、戦闘に不慣れだったボクを献身的に剣術を教えてくれた。そんな人が災厄の予言を持っているわけ無いじゃないか! 持っていたとしても、それらを覆すって信じているから!」
「いいねぇ~。イルハは主にとっても、私にとっても友人だ。勿論、イルハもそのオヤジさんも救い出すさ!」
「唯吹……八咫烏……」
彼女たちのファヴニールに対する答えを聞き、イルハは心のなかで光が灯り、本来やるべきこととやりたいことを思い出した。そうだ、今更になって何を考えているのだ。……と。一度大きく深呼吸し、壊れた椅子振り払いながら立ち上がり、コートについているホコリを払う。
「ありがとう、あんたたちのお陰でやっと思い出したよ。あたしが災厄の予言を持ち、災厄の力を持っているからってなんだって話。それを承知の上でスクルド様は神子の覚醒を容認し、力を与えてくれた。あたしは未来を変えるために臨んだ!」
「……それが例え、身近な人が死んだ原因が貴様の持つ予言が原因だとしてもか?」
「現実になってしまった未来はどうしようもない。でも、これから訪れるであろう災厄の未来はあたしや神子たちの力で変える!」
明るさのあり、威勢のある発言に唯吹と八咫烏もやっと顔に笑顔を浮かべた。一方、ファヴニールの顔に陰りが見え始めている。イルハも戦闘態勢に入るため、直剣変化のためのナイフを引き抜き、親指を刃に触れてわざと傷つけて血を床にしたり落ちる。
「さぁ、スクルド様に遣える
ファヴニールの周辺の床からオーディンの館で出会った複数人のエインヘリヤルが出現し、行動を制限させるようにして包囲させる。イルハもナイフから直剣に変わり、剣術の構えを見せる。
「こんなことで勝てると思うなよ!」
「この隙はでかいぜ!」
場を固めるエインヘリヤルを払いのけるために翼を広げて吹き飛んでいく。その隙に八咫烏が一枚の御札を出して槍に変化し、翼に向けて投げ飛ばした。一度広げてしまった翼はすぐに戻せず、その槍はそのまま突き刺さってしまう。
「ぐぬっ。おのれ!」
傷をつけてもなお翼で八咫烏を吹き飛ばす。
「ぎゃあああああ!」
「八咫烏! こ、今度はボクが! 行って、二龍剣!」
両手に持つ二龍剣をファヴニールに向けて投げ込み、水の龍となって一頭が槍で穴を開けた部分をえぐり、もう一頭は長い体躯を活かして身体を縛り上げていく。
「き、傷がぁ……。でもこんな程度で! ……ふんっ!」
ただし元が水のため束縛力が弱く、力尽くで崩れ去るぐらいでえぐってきたもう一頭も片手で捻り潰してしまう程。すべてが水しぶきになって、二龍剣に意識を向けていたファヴニールの周辺がエインヘリヤルによって固定されてしまった。
「くそぉ、また出てきやがったか」
「ファヴニールゥ!!!」
水しぶきの中から直剣を振り下ろそうとするイルハが現れ、対抗するように両手の鉤爪を引き出してぶつかりながら火花が散る。力押しで倒そうとするイルハに対し、ファヴニールは余裕の表情を見せている。
「ファヴニール。あんたを倒し、アルフレッドさんを解放させる!」
「ほう? 俺とアルフレッドとの繋がりは思った以上に根深いぞ? 幼い頃に親を失い、唯一の妹であるメリアンの心身が不自由になり、迷走した気持ちのままで神子の宿命を負った彼の気持ちを知るわけがない」
「知らないよ。でもそんなアルフレッドさんの心を開いたのはパパだよ!」
「心を通じたからこそメリアンを任せた。だがそれは間違いだった。貴様という存在が居なければあの若さで死ぬことは無かったのだ」
「だからこそ、あたしはメリアンさんの分も生きている! 受け継ぐことを決めたからこそ!」
幾度の激突の後、一度距離を作って直剣を構え直す。
「北欧神群の未来の女神、スクルド。絶望の運命を全て壊し、栄えある未来を繋げよ!」
刃から光が灯し、再び駆け出すようにして立ち向かう。一度目は鉤爪で止められたがそれも跳ね返し、今度こそ斬りかかろうとしたときに
「この程度で、舐めるな
ファヴニールの口から黒と青の炎を溜め込み、全力でイルハに向けて吐き出される。全面受ければ塵と化してしまうだろう隙を見抜き、刃の一閃で炎を真っ二つにし、その勢いで力強い一振りによってファヴニールを切り裂いた。
「ま、またしても、黄金が失うのかああああ!!」
大きな断末魔とともに仰向けに倒れたファヴニールから絶望の闇が溶け出し、中にいたアルフレッドが出てきた。これ以上の攻撃行動は無いと読み、直剣で十字架に縛り付けられている克朗を解放して抱きかかえ、唯吹と八咫烏もアルフレッドの元へ歩み寄る。
「……イルハ」
「パパ! よ、よかったぁ……」
意識が戻る克朗なのだが、電撃のダメージが残っているせいかまだおぼつかない様子。気を失っているズタボロ状態のアルフレッドの意識が戻り、周辺を見渡してからイルハに目線向けてため息をつく。
「そうか、負けてしまったのか。ここまでボロボロにやられては、どうしようもねぇ。カツローとイルハちゃんに恨みあるのは確かだ」
「あたしが持つ予言が原因だというの?」
「俺側では原因が分からないのだ。一体どうして……こんなことに」
『その原因、あたしが教えよう』
「スクルド様!?」
アルフレッドの上空からスクルドが飛来して地上に降り立つ。
『アルフレッド、神の力に目覚めたばかりの頃を覚えている?』
「忘れるわけがないだろう。怪物に囚われたメリアンを死に物狂いで助けたさ。消えてしまう命の灯火を必死に嘆願して命を救うことができた。怪物憑依が原因で不自由な身体にしてしまったが……」
『嘆願による蘇生ができても、寿命が人並みにあるかと言えばまだ別問題だったのよ』
「な、なんだと……!」
スクルドから告げられる事実に周辺も声を上げてしまうぐらい驚きに満ちてしまう。
『あの時憑依を受けたメリアンの状態は非常に悪く、絶望の闇をモロに受けたせいで心身共に消耗しきっていた。蘇生で延命しても、せいぜい20年が限界といったところね』
「そんなことを知ってて……告げなかったのかよ」
『精神的に追い込まれた状態で告げるわけないじゃない。それに20年というのはあたしの推定で、結果的に25年前後まで生きていけただけでも驚いてよ』
「25年……?」
『最初廃人に近かったメリアンを献身的な介護で徐々に人間としての理性を取り戻し、寿命が伸びるきっかけを作ったのは克朗とイルハが居たからだと思う』
「カツローとイルハちゃんが……」
克朗とイルハに目線を向けるアルフレッドの表情には未だに信じがたいと思わせるような顔を見せている。彼の疑問を答えるべく、肩組みをしてもらっている克朗がイルハから離れ、自力で近づく。
「パパ、無理しないで」
「僕はこれでも元軍人だ。こんな状態のまま娘に頼るわけにはいかない。……アルフレッド」
「カツロー。逆に愚かだった俺に対して何か言いたいことあるか?」
「あるさ、沢山な。戦争の後、任務から解かれた僕はすぐにメリアンに会って報告した。その時の彼女の顔は……とても悲しそうにしていたよ」
「そりゃ、そうなのだろうな」
「あれから付き合いはじめて、紆余曲折ありつつも結婚し、メリアンには子どもを作る能力を失っている事実を知ってなおスクルド様との加護でイルハが生まれた。赤子のイルハを抱いた時、涙を流していた」
「涙……?」
アルフレッドからしたら意外な反応のようにも思えたのだろう。戦前廃人直前になっていたメリアンの心を取り戻すことだけを考えていたため、結局彼女の涙や笑顔を見ることはなかった。克朗から語るメリアンの姿は少しずつではあるが表情が豊かになり、昔の彼女に取り戻しつつあったそうだ。
「僕以上にメリアンがイルハを大切にし、愛情を注いできた。最期、今までの無い笑顔をしていたな……。己の結末を受け入れて覚悟し、すべて出しきった悔いのない顔だったよ」
これが彼女のすべてだ。話を聞いたアルフレッドの目から涙が流れ、目をそらす。
「そうか……。悔いは無かった……か……」
「だからこそママが生きたかった分も生きようって決意し、しばらくして使えるようになった未来視で見た災厄の未来を見てから覆すために戦おうって決めて今に至るの。イルハ・エステル・瑠璃山としてね」
「エステル……俺の名字じゃないか」
『メリアンの持つ運命と未来は変えることの出来ない結末だったの。でも訪れる運命を遅らせる事自体が奇跡であり、イルハの潜在的な才能と見て覚醒を容認させたわ』
「災厄の予言ばかり気を取られていたが、そうでも……ないのだな。安心した」
安堵の表情を浮かべるアルフレッドの身体から塵のような粉が舞い上がる。時間が経つにつれ肉体もろとも消えていく。
「アルフレッドさん!」
「たくっ、目の前がぼやけているせいでメリアンに見えちまう……。イルハちゃん、その信念を大切に持っておけよ。これで救える命が沢山あるからな」
この言葉を最期にすべてが塵となり、ここでアルフレッドの存在が消滅してしまった。
「アルフレッド・エステルの消滅確認したぜ。そして絶界もじきに崩れるだろう」
「ありがとう、唯吹、八咫烏。あんたたちが居なければファヴニールを倒すことができなかったし、パパを助けることもできなかったよ」
「ボクは別に大したことはしていないよ」
「そうだぜ~。イルハの心意気があってこそだからな!」
「イルハ、すまないな。僕の身内関連で巻き込んでしまって」
「無事であれば、あたしはそれでいいの。あ、八咫烏。弥音の状況って確認できる?」
「それについてだが、今頃待ちくたびれているぜ」
「あー……」
一時間から二時間待たせていたら、そりゃ相当退屈しているのだろうとすぐに察してしまった。
●
一方その頃。弥音はイルハの自宅前の玄関柱で持たれながらスマートフォンをいじっていたところを八咫烏の気配を感じて顔を上げる。
「……どうやら、終わったみたいですね。何か用意しましょうかね」
スマホをポケットの中に仕舞い、立ち上がって砂ホコリを払っていたところを通知音が鳴り響いて再びスマホを取り出して確認する。
「またアマテラス様が救援要請出してる。もう何回目なのやら……」
と小さく呟いてため息吐きながら家の中へ入った。
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