第17話:生きているはずのない人物
「もう一度言うよ、アルフレッドさん。『本当は』パパと会って何がしたいの?」
先程まで微笑みを見せながらフレンドリーに話していたイルハの表情と目はこれから戦場へ行く戦士そのものであり、声からも明るさのかけらもない。それに対し、向けられた直剣の前にアルフレッドの口からため息が漏れ、体ごとイルハに向き直す。
「思い出話に花を咲かせたい以外に何があるのさ。カツローも俺も軍人引退している身だし、身体だって若い頃よりも劣化している。そんな状態何をすると思われているのやら」
「では、その右手に隠し持っているやつは何?」
右手で懐から何か引き出そうとしているところに気づき、咄嗟の行動でアルフレッドは引き出して直剣に変形し、イルハに振り下ろそうとしていた。その細かいタイミングで向かいから槍が飛んできては彼の右手に当たって直剣の刃は玄関の床に突き刺さる。目の前に居るイルハのよりも先に見えるのは槍を投げたと思われる弥音の姿が。
「ちっ、既にご来客は居たか。正体がバレるのは時間の問題かと思っていたが、このタイミングで明かすことになるとは……」
「やっと化けの皮を剥がしたね。パパに恨みがあるの?」
「大アリだ。イルハちゃん、お前もな」
「あたしも……? とりあえずパパを会わせない!」
追い込んだ状況なら叩くことができると前に出るイルハ。アルフレッドも隙を逃さず床に突き刺さっている直剣を取り上げて刃同士がぶつかる。神子までは分かっていたイルハも、このぶつかり合いで自分と同じ物を感じ取ったようだ。
「この感じ……あんたもあたしと同じ」
「そうとも! お前と同じスクルドの子。若者には負けられないな!」
アルフレッドの力押しで今度はイルハが突き飛ばされ、右手に握っていた直剣を突き放してしまい、尻もち着いてしまう。そんなイルハを弥音と唯吹が駆け寄る。
「イルハ!」
「イルハさん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。とても強い……」
「見る限り未熟者のようだな。……ん?」
何か物音に気づいたようだ。遠くから車が車庫に入る音だ。
「やっと帰ってきたか」
「絶対に行かせない!」
咄嗟に飛び出して足止めをしようとするイルハだったが玄関のドアが開かれて避けられ、うつ伏せに倒れる。その姿を見て笑いを上げながら彼女の背中を右足で踏みつけて外へ出ていく。弥音は思わずもう一枚槍を出すのだが、イルハの声により止められてしまう。
「やめて! ここはあたしの問題よ」
「でもこのままでは、イルハさんは」
「あーもー! 待ちなさいアルフレッドさん!」
すぐに立ち上がって追うイルハだが、既にアルフレッドの目の前には克朗の姿が。
「お前、まさかアルフレッド!」
「久しいな、カツロー。だが、こうして話す暇は無い!」
アルフレッドの手から縄が出現して克朗を縛り上げる。激しく身体を動かして解こうと試みるも固結びの影響で解けない。
「パパを縛り上げて何をするつもり?」
「そりゃ、あの世界に引きずり込むのさ。その世界で死に、存在そのものを消す。そうすりゃ……どうなるのだろうな」
「っ……!?」
「スレイプニル!」
異空間のワープホールから八本脚の馬スレイプニルが出現し、その身の上をアルフレッドと克朗を乗り上げ、別のワープホールを開いて入ろうとする。イルハも魔法の縄グレイプニルでかろうじてスレイプニルの胴体を縛り付けて引っ張られる。弥音もイルハを追いかけようと立ち上がった時には……唯吹の姿が無い。
「あれ、唯吹?」
「ま、待ってくださあああああい!」
「唯吹! 君いつの間にそこにいたのですか!」
既に唯吹はイルハを追いかけて彼女をしがみついていた。この距離とスレイプニルの速度では到底間に合わない。せめてこれだけでも、とポケットから槍召喚の御札とは別の御札を引き抜いて通り過ぎた後の消えていくワープホールの隙間をすり抜ける。瞬きも許せない状況の中を終え、静寂さを取り戻そうとしている。弥音の口からため息が漏れ、瑠璃山家の柱にもたれて呟く。
「こういう時に取り残されるとは……。後は頼みました」
●
「……ここはどこ?」
気がつけば日本の地とは思えない異空間……《絶界》に飛ばされたことに気づくのはそう遅くは無かった。唯吹は立ち上がり、周りの状況を確認。
「無事に絶界に着いたのはいいもの……あれ、唯吹の頭に乗っているのは?」
「え?」
「よっー! 八咫烏の登場だぜ!」
言われるまで気づかなかった。頭上に乗っていた三本足のカラスである八咫烏が地上に降り立ち、翼を仰いで羽に付着している汚れを払いのける。
「これって弥音さんの八咫烏だよね。いつの間に?」
「いつの間にって失敬な。ワープホールが消える直前、主が私の入ったお札を投げ入れたのだ~。まぁ、ちょいとヒヤッとしたさ」
「とりあえず、今ここに居るのはあたしと唯吹と八咫烏。そして今ここに居るのは北欧の国……あたしの故郷じゃないの」
「え、えっー!?」
左右見ればコンクリート造りの建物、道路の広さや標識も日本表記ではないと改めて認識。懐かしそうにあたりを見回すイルハだったがすぐに正気を取り戻して両手で頬を叩く。町並みなど生まれ故郷で相違は無いが、ここは怪物が物語として作り出した《絶界》であることを。
「パパを助け出さなきゃ……」
「問題はどこに居るか、な気がする」
「そうなのよねぇ~。思い出すんだイルハ。あの時、アルフレッドさんの未来を見た時の光景……手がかりを……」
両腕を組み、頭を左右振り回しながら唯吹の周辺を歩き回る。イルハが見た光景は確かに怪物によって克朗を殺す模様が描かれていた。今必要なのは場所、殺そうとしている場所。風景は全面薄暗いが僅かな光が見える。この光は白……ではなく青色や赤色が見えていたような……。
「あっ……。あそこか!」
そして最後に見えたのは大きなオルガン。これで其々のピースが揃った気がした。
「幼い頃よく行っていた教会にアイツがいるかもしれない。はやく行こう!」
「手がかり見つけのね! ……でもいいの? この姿で」
「あっ。しまった……。丸腰の状態で行くところだった。でもどうすれば」
霊力で対処できて武器も常に首に掛けた勾玉に格納している唯吹に対し、私服姿な上に戦闘として使用できるのはグレイプニルだけ。これでは太刀打ちできないかもしれない。思い悩むイルハの背後に大きな落下音が響き渡る。その音の主の方へ目を向けると、銀色のアタッシュケースが置かれていた。
「こ、このアタッシュケース……」
「やっほー。スクルド宅急便だよ~」
「す、スクルド様!?」
「どうしてスクルド様がここにいるの?」
上空から北欧神群の女神、スクルドが降りてきた。落としたアタッシュケースを持ってきた張本人なのだろう。見るからしてかなり上機嫌に見える。
「突如ものすご~くデスい予言が降り掛かってきてね。何かと思ったらイルハと克朗がこの絶界に囚われていたもの。しかも丸腰だろうから一式持ってきたよ!」
「あ、ありがとう。予言が見えたならこの絶界のこと、アルフレッドさんのことを教えてよ!」
「う~ん……。あたしも教えたい気山々なのだけど、残念ながら教えることができないの」
一瞬考え込むような素振りを見せたようにも見えたが、そこはスクルドの性格ゆえなのだろうかと唯吹は見ていて思った。スクルドに聞けばすべてが分かると思っていたイルハもこればかりは少し不機嫌そうだ。
「えっー! そんなぁ……」
「あ、でもヒントは出せるよ。キーになるのはイルハと克朗ね」
「あたしと……パパ?」
このヒントはどんな意味をもたらすのだろう、と頭をかしげるイルハをよそにスクルドの目線は唯吹と八咫烏に向ける。
「唯吹ちゃんにカラスちゃーん」
「誰がカラスちゃんだ!」
「イルハはいつも明るさがモットーなのだけど、壁にぶつかって失われそうになる時があるの。そんな時は、ガツーンといってあげて」
また意味深なフォローを貰ってしまう。思わず考え込んでしまいそうだが、胸の奥から嫌な予感に近い瘴気が流れ込んでいるような気がしたのであった。八咫烏に関しては無視されて不貞腐れているが。頭を揺らしながら考えていたイルハも姿勢を正しくし直し、地面に置きっぱなしのアタッシュケースを右手で持ち上げる。
「今考えても答えが出なければ進むまで。ありがとう、スクルド様」
「あたしは別に大したことないよ。ほーら、早く着替えて、戦闘準備!」
「はいはい。……女の子同時とはいえ、じろじろ見られると恥ずかしい。少しの間だけ逸してくれると嬉しいかも」
変な目線向きすぎて別の意味で騒動を起こす前に唯吹は視線を逸らすように空を見る。絶界の影響なのか真夜中に近い空模様。周辺の音も何も聞こえず、ただ吹き抜ける風のみ。まさに……『ある特定の使命を実行するためだけに作られた絶界』といったところだ。
「準備完了! 唯吹、八咫烏、こっちに向けていいよ」
後に聞こえてきた指示により目線を向き直すと、そこに見えたのは最初に出会った時と同じ赤と黒のロングコートに黒のタートルネックとズボンを身に着けたイルハの姿があった。ちゃんと攻撃用の武器としてナイフもズボンのベルトにつけられている。
「わぁ~。やっぱりかっこいい!」
「でしょ? これでも絶界で事件を解決するためだもの」
「うんうん! それじゃあたしはここまでだから、後は頑張ってね~」
大きく手を振るスクルドに見送られ、手がかりと思われる教会へ走りながら向かう。この間様々な住宅街や風景を見ても、人の姿が何一つもなかった。
しばらくし、辿り着いたのは一際大きな十字架が立てられた教会にたどり着く。人の気配は無いが最初のときよりも絶望の闇が強まっている。
「たしかここ! どれも最後に見た時と変わらない……」
「その中に克朗さんとアルフレッドさんがいるわけだね」
「ちゃちゃっと終わらせて帰ろうぜ~。主が待ちくたびれてしまう」
「そのつもりよ!!」
突撃を行う勢いと心意気でイルハが先行して右足で重い扉を蹴り開けた。屋外よりもさらに薄暗い空間の中に一人の影と十字架に食い込むぐらいにきつく縛られている克朗の姿を目撃する。
「早かったな」
「パパ! アルフレッドさん、パパを捕まえて何するつもりよ」
「何をするつもりって、そりゃ恨みを晴らすために決まっているじゃないか。俺の考えは甘かった。カツローをメリアンの元へ行かせなければ良かった、てな」
「克朗さんをメリアンさんの元へ行かせたのはアルフレッドさんじゃないか!」
「い、唯吹!?」
「あ、ごめん。つい夢で見たものを……。でもアルフレッドさんの様子がおかしいのは……確かだから」
「あぁ、分かるぜ~。いや、主が霊脈観測の時点で特定していたのだ。あの中年おじさんの『中身』というのがな」
事実だけでなく、自身の正体さえも見破られたアルフレッドの口角があがり、腹の底から教会の建物全体に聞こえるぐらいに声を上げて笑いだした。あまりにも不気味すぎる笑い方に目線が集中してしまうぐらいに。
「もうだめだ。そこまでして痛い目に遭いたいのか。愚かな、実に愚かだな
高笑いとともにアルフレッドの周辺から現れた絶望の闇が包み込み、姿を変えたのは大きな黒い西洋龍。その姿から放つ威圧感が彼女たちに襲いかかり、十字架に縛られた克朗の目が見開いて言葉を失う。
「あ……あのドラゴンは……」
「ファヴニール!? アルフレッドさんを化けていたなんて」
「フン。戦争で巻き上げたお金欲しさで起こした絶界を単独で突撃する愚か者が悪いのさ。それに、あの発言は俺の発言でもあるし、アイツの本音でもあるのだ」
「本音、だって?」
「25年前の戦いの後、深手を負った俺は同じくして生死をさまよう対立したアルフレッドを憑依して体力回復のために裏の世界で潜伏した。そしてつい最近になって化けた姿で活動することができたと思ったら、ある情報を飛び込んだわけだ……。メリアンが既に死亡したと聞いた時、俺の中にあるアルフレッドの感情が怒りで滾らせたのだ」
「怒りが……?」
ファヴニールの話を一言逃さず聞こうとするイルハの姿勢を見た八咫烏と唯吹と克朗は察したのだろう。今、この場面はファヴニールによって支配されてることを。正気に戻すために必死に声をかけた。
「これはちょっと嫌な予感するぜ!」
「イルハ! ドラゴンの言葉を聞くな!」
「イルハさん!」
「その死亡原因は……瑠璃山イルハ。貴様が災厄の予言を持っているからだ!」
「あ、あたしの……予言で……?」
信じがたい真実を聞き、身体の動きが突如止まるイルハのコート下から黒い瘴気が漏れはじめていた。
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