瑠璃山イルハ編
第16話:とある盟友の約束
夢を見る。それはいつの時代か分からないが周辺が銃声と砲撃音と爆音が響き渡る、まさに逃げ場のない戦場そのもの。隣国の軍隊とある事情で交戦中というのが一般的な流れになっていたが、その裏ではこの戦争を暗躍している西洋龍の姿をした怪物が戦火を上げながら猛威を奮っていた。ライフル銃を抱える一人の男性がその姿を見て混乱してしまう。
「何なんだよあのドラゴン……。見たことないぞ!」
青さからまだ抜けきっておらず、銃を打つかナイフで突き刺すしかできない茶色い短髪の日本人に近い男はこの龍に関して誰に話せば……と左右見渡す。しかしながら誰もが戦闘に目がくらんでいて見向きもしない。そんなときに横から彼が知る人物の声が聞こえる。
「もしかして、ドラゴンの姿を見えるのか? カツロー」
「アルフレッド!? 見えるって、他の人にも見えているんじゃないのか?」
「残念ながら見えていないのさ。俺とお前以外の奴らは敵軍と戦っている光景でしかな」
クリーム色の短髪で北欧人の同年代、アルフレッドの語る内容に理解できないようで理解できてしまう。確かに自軍が見ている先は敵軍の軍人だけ。
「でも良かった。カツローはこの世界の摂理に囚われなくて」
「どういうことだよアルフレッド。ここで何が起きているというのだ」
「この口ぶりから何も知らないようだな。確かに俺達は敵軍と争っている。でもその裏では目の前に居るドラゴンがこの世界をいじっているわけだ。このままでは我が軍は壊滅。この国は消滅するだろう」
「そんな……。どうすりゃいいんだよ」
「どうするって、勿論このドラゴンに対抗できるのは
「アマデウス……?」
どうも先程から聞きなれない言葉が乱立する。アルフレッドに関しては彼が高校生の頃北欧の国に訪れて最初に出会った友人であり、軍隊に入った後でも時折他愛のない話で花を咲かせていたが、彼にはいくつかの謎に思っていたところがあった。こういう時に明かされるとはこの時まで知ることもなく。
「神によって生まれた者と覚えてくれてもよい。にしても運命は残酷だ……。もし、俺がここでくたばったら、妹のメリアンのことをよろしく頼む。色々と不自由がある上に、天涯孤独の身にはさせたくないからな」
「死ぬ前提で立ち向かうのかよ!」
「これしか策が無いからこう言っている! 今まで楽しかったぜ、カツロー」
「アルフレッド!」
最後の言葉を言い残して右手から直剣を出して真正面から立ち向かい、激しい戦火に飛び込んでいった。必死な想いで呼び止めようとするもその時に姿がなく、こちらも横から現れた敵軍の軍人に目をつけられる。
「居たぞ! 逃がすな!」
「くそっ。くそおおおおおお!!」
仲間の行く末を見届ける暇もなく、ただ軍人としてライフル銃のトリガーを引くことしかできなかった。
我に返った先に見えたのは燃え果てて廃墟になりかけた街。地面に散らばっているのは大体が軍人の亡骸。戦火の中に居たはずの龍の怪物やアルフレッドの姿も無い。怪物の一件は後腐れなく消え、残っているのは戦場の根深い傷跡だけ。当の彼も、瓦礫にもたれかけて傷だらけの身体を抱える。
「家族の都合で北欧の地に住むことになったものの……こういうことになるなんてな……。すまない、アルフレッド。メリアンの元には行けそうにないや……」
内蔵と筋肉と骨の損傷具合や出血量から呼吸がやっとでそう長くは生きられないだろう。全く、現実は非情だ。そう呟いて目を閉じようとした。その最中、一人の少女のような声が彼の耳に通ってくる。
『ねえねえ。キミが
力を振り絞り、目を開けた先に見えたのは……大きな剣と盾を持つ女神の姿であった。どうして自分の前に、と声を出そうにも発する体力すら無い。
『死に物狂いの戦場を生き残るなんてすごいね! どう? あたしの元へ……あれ? 克朗? ねぇ、克朗ってば!』
ごめん、その誘いは乗れそうにない。彼はそのまま目を閉じて意識の底へと落としていった。
●
「ふわぁ……。あれ、これは夢?」
いつもの時間帯に目を開け、身体を起き上がる唯吹であったが、昨晩見た夢に何故か疑問を浮かんでしまった。とても奇妙な夢と不思議に思いながら頭をかしげるところを朝支度としてブレザー制服を着る弥音が気づいたようだ。
「おはようございます、唯吹。どうしたのですか?」
「おはよう。いやぁ……昨晩ちょっと不思議な夢見ちゃってね」
「夢、ですか。予言の可能性もあるので、良ければ聞きますよ?」
「あ、いいの? それがね……」
と先程まで見ていた夢の内容を、覚えている範囲で弥音に伝えてみる。話しきったところで少し考えた末、「少し心当たりあります。その人に話してみますね」と同時に頼み事も引き受けてくれたようだ。朝食の準備をするために弥音が部屋を後にした後、その心当たりを唯吹も探る。
「大きな剣と盾を持った女神……瑠璃山……あれ?」
女神特徴と聞いたことある名字にやっと気づき始めようとしていた。
●
数日後の休日。唯吹が思い立ったと思われる人物、瑠璃山イルハのご厚意で家を招いてくれたようだ。弥音の自宅とは異なり、外面から内面まで洋風に彩っており、家具もすべて日本製ではないようだ。服装に関しても、お互いいつもの普段着で居るようだ(唯吹に関しては紫ジャケットのブレザー服は変わりないが)
「わぁ、綺麗。日本じゃない所に来ているみたい」
「まぁね。あたしのパパは海外家具のバイヤーをやっていてね、目利きがいいというのもあるけど、何よりも元々北欧の地に居たからこっちに合わせたいというのもあったのよ」
「ここまで広々としていると勉強やら色々と捗れそうですよね。愛里と華琳も呼んでここで勉強会すればよかったのに」
「本当ならそうしたいけど、ほら、今回は一大事だからよ」
「それはごもっともです」
少し残念そうにする弥音をよそに、唯吹はあちらこちらと部屋の中を見渡す。イルハも引き出しの中から数枚の写真を取り出して居間のソファへと歩み寄る。玄関から気になっていたが、部屋をあちこち見ていて唯吹は何か気になったようだ。
「あれ? そういえばイルハさんの父親さんの姿が無いみたいだけど?」
「あぁ、パパは教会に行ったよ。今日は大切な人の命日ということでね」
「イルハさんも行かなくて大丈夫だったの!?」
「行くつもりだったのだけど……どうしても自分だけで行きたいと言って断られちゃって……。たまに一人にしたい時って、誰でもあるからね」
「そう……なんだ」
「さて、あたしが飲み物を持ってくるからソファに座って待っていて。唯吹がオレンジジュースで……弥音は紅茶でも飲める?」
「一応飲めますが、どうしてそこまで警戒するのです?」
「ここには緑茶の持ち合わせてないからさ、紅茶は口に合うのかなって不安なだけ」
「そうでしたか。そこまで気にしなくて大丈夫ですよ」
紅茶も飲めるんだ……。と唯吹が意外そうに思いながらもオレンジジュースと紅茶、自分の分のリンゴジュースをテーブルの上に置いてイルハもソファの上に座る。空気も少し緊張が張り詰めながら、招いた理由も合わせて口を開く。
「それじゃ、本題に入ろう。まずは唯吹が見たあの夢に関する話をするね」
と引き出しから取り出してポケットに隠し持っていた写真三枚テーブルに広げる。ある一枚は日本人と北欧人の男性二人が並んでおり、もう一枚はさらに茶色の長髪で北欧人らしき車椅子に乗った女性が入った写真。そしてもう一枚が先程の写真にある男性一人がイルハに変わっていて今よりも一回り小さい姿で映っている。
「一先ず広げてみたけど、何か思い当たるところある?」
「えーっと……。あ、この男性二人は見たことある!」
「この写真ね。あたしのパパの瑠璃山克朗とその友人のアルフレッドさん。パパからしか話聞いていないけれど、親の仕事の都合で北欧に移り住んだ時からの友人でね。でも25年前の戦争で戦死したって……」
「なるほど、そうでしたか」
「あれ、弥音さんも初耳だったの!?」
「地元に関する世間話があっても家族のことをあまり話しませんからね。軍服からして、克朗さんも軍人でしたよね」
「そうなのよ。あの戦争でパパはボロボロにやられていたところを、スクルド様に助けられて今に至る。その間も色々とあったけど……」
ここまで語るイルハの表情には全然嫌そう雰囲気は無い。続いて唯吹が気になってもう一枚の写真に目を向ける。
「それじゃー……克朗さんの横に映っている女性、もしかして」
「アルフレッドさんの妹、メリアンさん。あたしのママなの」
「え、ママ!? た、確かイルハさんの親神ってスクルド様だよね?」
「スクルド様もあたしのママだよ?」
「家庭事情にもよりますが、生まれ親である神様と育て親の義理が存在することがあるのです」
「へ、へぇ~……」
正統な家系として代々神の子の者が居れば、神の好意により加護の元で神の子になる者が居るなど様々。今回の場合、神スクルドと人間克朗の間に愛し合って生まれた神子であり、メリアンという女性はイルハの義理の母にあたるのだろう。
「まぁでも、このことを知ったのは……メリアンさんが死んだ後だったのだけどね。しかも今日が命日だということも……」
この事を話すイルハの表情には陰りが見える。心なしか、まとめている両手の力が強く握っているようにも。
「あっ……。だ、大丈夫、だよ? 義理のママの分も生きていこうって心に決めていたから、安心して。一番不安なのは……パパの方だよ」
「それは、どういうことですか?」
「今朝未来を見たの。パパが……怪物に殺される光景を」
信じがたい言葉を聞き、口をしたイルハの現在の心境を聞いた側にもヒシヒシと感じてしまうぐらいに強い緊張感に包まれていた。
「それ一大事じゃないですか。どうして克朗さんを止めなかったのですか」
「あたしだって止めたかったし、パパはあたしの能力を知っている。けど、不確定すぎるものに怯えてたまるかって、そのまま出て行っちゃったもの」
「不確定な怪物……ボクでもそう言われても信じられないと思う」
「だよねぇー……。怪物がパパ一人を狙う理由がよく分からない……」
こればかりは誰も心当たりになるものが見当たらない。背にもたれかけて様々な可能性と思考を巡っている時である。突如インターフォンからなる音が家中に響き渡る。
「おや。こんな時間に誰だろう。はーい! いまいきまーす!」
インターフォンに気づいたイルハは立ち上がり、玄関へと掛けていく。ここは余計な詮索などせず静かに待っていると、玄関から驚きのような叫び声が聞こえてきた。
「え、えええええええええ!?」
「な、何があったの!?」
「……少し近づいて聞いてみましょう」
一旦ソファから離れ、誰も見つからないドアの前まで歩み寄って僅かな声の集音を試みてみる。イメージでは、イルハの前にいるのは……男性みたいだ。
「こんにちは。ここが瑠璃山さんの家で間違いないかな?」
「間違いないけども……もしかしてアルフレッドさん?」
「そうだとも。カツローから話が通っていてよかった」
「確か25年前の戦争で死んだと聞いたのだけど……?」
「あぁ、そのことに関してだが間一髪生き延びることができてさ。あの時は本当、死んだかと思ったぐらいだよ。確かキミがカツローの娘であるイルハちゃんだね」
「はい。はじめまして、アルフレッドさん」
死んだと思われていた人物が生きていた事実にイルハが戸惑う様子を声でも鮮明に分かってしまう。アルフレッドと名乗る男性に対してもっと探ることができないのか。考えついた弥音はズボンのポケットから御札一枚を取り出し、床に貼り付ける。
「弥音さん、何しているの?」
「霊脈観測です。霊力を駆使して現在この場に居る人物の能力を特定するのです。玄氏さんほどの精度は持っていませんが、大体の特定だけならできます」
「すごーい。いい結果出るといいね」
肉眼では見ることができない霊脈を手繰り寄せ、目を閉じて意識を集中させる。
場所は切り替わり、玄関前でイルハが動揺隠しきれないまま会話していたのは、クリーム色の短髪をした北欧人で、写真で見たときよりも幾つかシワができているが克朗の友人であるアルフレッドで間違いないようだ。笑顔を浮かべながら話す彼の様子を見て警戒心を解かずに聞きながら会話を続ける。
「そうだ! メリアンは元気にしているかい? 話によれば、カツローと結婚したと聞くぞ?」
「あ、ママは……。3年前に病気で亡くなって……」
「……そうか…………」
とても悲しそうな表情をするアルフレッドとうつむくイルハであったが、イルハはある機会を探っていた。というのも彼がこの家の存在を知っていたことも、瑠璃山家の家族関係を知っていたことに大きな矛盾を生じているからである。北欧の地から日本に地に移り住んだのは一年前の話で、その時にはメリアンはこの世には居ないのだ。そもそも死んだと思われていた人物が今になって平然と現れること事態が不自然なのだ。一瞬の隙でもいい、未来視の能力を使えるチャンスを。
「ところで、カツローは今どこにいるんだい? 気配無さそうだけど」
「パパは今お出かけ中で居ないの」
「そうかぁ、残念だ。カツローに会いたくて遠くから遥々と来たのだけどなー……」
「ごめんね。時間を改めてからまた来てね」
「おう、そうしよう。日本に滞在している間に会えるといいのだがな」
すぐに諦めがついて玄関の外へ目線を向ける瞬間、イルハはこの一瞬を逃さないと未来視……スクルドの未来の権能を使ってアルフレッドの未来を読み取る。同じタイミングで弥音も霊脈観測を終え、目を開けて顔を上げる。
「終わったの?」
「はい、特定終了しました。アルフレッドさんは神子です。でも、その本質は……」
薄々と分かっているようで、表情から真剣そのもののようだ。イルハも未来に関するものを読み取ることができたようで……
「ねぇ、アルフレッドさん。最後に一つ聞きたいことあるのだけどいい?」
玄関のドアノブに手を掛ける直前イルハの声で呼び止められ、目線を彼女に向き直す。
「ん? 何かな?」
この素振りからして余裕が見える。この均衡を崩す一手となる質問を彼に投げる。
「パパと会って、何かしたいの?」
「何って、最近の近況を話して思い出を語り合いたいに決まっているじゃないか。カツローとは昔からの親友だぞ?」
「そう。……なら此処を出ていくわけにはいかない」
明るさのある声から低めの声に代わり、帽子掛けにぶら下がっているベルトからナイフを引き出してそこから直剣へ変化。刃をアルフレッドに向く。
「もう一度言うよ、アルフレッドさん。『本当は』パパと会って何がしたいの?」
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