第10話:親神探しの行方


 あれから数日、聖地に入れなかった神群に親神調査の依頼をしたが、結局のところ該当なしの返事。すべての宛を失った唯吹に対する言葉も見つからず、次のことを見つけるまで待機することに至った。


 その翌日。参拝客が少なくなってきた昼間の時間帯。紅白巫女装束を身に纏っている唯吹は箒で境内を掃除していた。だが、いつもの明るさのある気分ではなく、時折ため息が漏れ出す。


「大きな障害の先に己の真実……」


 この言葉だけが引っかかってばかりで捗ろうにも捗れず……。





 一方その頃。万神殿内のとある大会議室で会議が行われようとしていた。映し出されたモニターには『執行人協議会 定例会議』と大々的にかかれており、誕生日席に座る協議会の議長、剛志が席から立ち上がって開始を告げる。


「執行人協議会定例会議を始めていきたいと思うのだが……毎度思うが、俺も含めて6人ってひどくないか!」


 両手で強くテーブルを叩いて訴えた。

 本来、『執行人協議会』は各神群、さらには執行人の中で代表となる神子が集まり、神子視点から万神殿で行う会議をこちらでも行おうと結集した集団である。万神殿の会議内容だけでなく、近頃の神に対する悩みなどを打ち明ける場でもあるので実質フリーダム。話によれば、協議会最盛期では各神群の執行人が集まっていたこともあり13人揃っていたとも言われているが、現在は剛志が言った通り半分近くまで減少していた。大抵の場合次の代表者が決まらなくて空席状態なのだろう。


「と、言いましても。わたくしは次の北欧神群代表者が決まるまでのその場しのぎですし……」

「俺に至っては、クトゥルフ様の分け御霊だぞ?」

「フォンヒルドは文句言う所無しの協議会の一員だし、賀区だって元の魂は分け御霊でも心は人間に近いだろ! ランシェンも何か言いなよ」


 剛志より左側の端の中華神群の席に座る全身マントで覆い、留め具のバッチに中華龍の紋章が刻まれた人物リー・ランシェンに話を振られるが言葉を発することなく、ただ頭を横に振るだけ。この様子に剛志は大きなため息を吐き、再び深くもたれるように椅子に座った。


「全く……たまに喋ればいいのに。本題に入ろう。近頃頻繁に続出している神子行方不明現象からだ。情報や注意喚起に関しては全員に行き渡っているはずだが、それ以来の報告はあるか?」


 本題に切り替わり、緊張高まるような空気に包まれるが誰も挙手する様子もない。神子側の情報は無いか……そりゃ俺も無いが。という感じですぐに区切ろうとしていたところをエジプト神群の席にいるアソートレイが手を上げた。


「なにもないと思ったが……。『大河の破壊者』アソートレイ。お前からの報告を聞こう」

「実は我がエジプト神群の聖地に属する神子がまた一人消えてしまったのだ。ケプリ様の獣の子で、聖地に居ても落ち着かない様子でいたから我がカウンセリングを試みてみた。だが我の力不足だった。姿を消したのはその一週間後だ……」

「なるほど。その子と会話してみて、推測できることはあったか?」

「あぁ。我の推測だが、自分に居場所が無いと思いこんでいるようだ。後は生き方に行き詰まっているようにも思えたな」

「確定とは言い難いが、忘却の子や神の力に目覚めたばかりの神子に気を遣う必要がありそうだ。お前たちも引き続き観察を頼むぞ」


 一斉に返事をし、頷いた。自分も頷く剛志だが、ここまでの話で何か思い出したのか右側のすぐ近くにいるヤマト神群の席に座る弥音に目を向けた。


「忘却の子で思い出した。ところで弥音よ。同行していたあの子は結局親神を見つけたか」

「……いいえ。結局見つかりませんでした。でも手がかりらしきものは、いくつか掴むことはできました」

「ほぉ~。どういう手がかりだ」

「オーディン様が持つミーミルの首が使えた上で見た水面の世界。唯吹宛らしきポストカードには二頭の龍の影絵と『数多く幻視した光景の中で真実を見極めよ。大きな障害の先に己の真実有り』と中国語で書かれていました」

「情報としては十分な手がかりを持っておるな……」

「あ、俺もよろしいか?」


 この話題を乗るようにして賀区が手を上げた。


「『邪神の代理人』賀区か。あの子に関して何か情報あるか?」

「本人の前ではないから言うが、クトゥルフ様が唯吹の夢へ潜り込もうと試みたことがあったのだ。でも彼女の前に何者かが妨害されて出来ずじまいになってしまった。クトゥルフ様が推測するに、既に彼女には神の加護が付いていると思われる」

「ほほー? なかなかおもしろい情報じゃないか。このまま彼女を見守ろうじゃないか。それでいいな? 『紺色の巫女』弥音」

「はい……。急に協議モードになるのも気が狂いますが、『紺色の巫女』はかつて私を付け狙ってきた怪物たちからつけられた二つ名です。神子の間で使うのはどうかと思います」

「だって他の思いつかない上に分かりやすいもん」


 ぐさっと頭に何かが突き刺さる。確かに他に付けるあてもなければ、個人を探す際にも分かりやすい名前として呼ばれる以上、致し方ないと思うべきか。ただ、剛志の二つ名である『銀色の獅子シルバーヘラクレス』も呼ぶには複雑な気持ちになってしまう。


「まぁ、そこまで気にするな。お前の武勲次第でどうにかなるものさ」

「そ、そうですか……」

「さーって。万神殿の情報はここまでだ。ここから俺たちの会議といこうじゃないか!」


 緊張感漂う空気も一気に切り替わり、半ば談笑ムードになっている中。フォンヒルドが珍しく周りを見回すなど落ち着かない様子でいることに弥音は気づく。


「どうしたのですか? フォンヒルド」

「唯吹さんも忘却の子なので……一人で大丈夫かなと思いまして」

「大丈夫ですよ。従業員も居ますし、何よりも今日はあの人が来るので……彼女にとってはいい起爆剤にはなると思います」


 不安で頭一杯になりそうなフォンヒルドに対し、何一つもなく余裕な微笑みを見せる弥音を見て大丈夫そうと確信して会議へ意識を戻した。









 少しうたた寝していたことに気づいて、唯吹は顔を上げた。外気の寒さも相まって考え事をし続けて目の前がぼやけてしまっていたようだ。再び掃き掃除をするのだがなかなか捗らない。

 今まで聖地を渡り歩いたがどの聖地も壮大だが懐かしく感じず、今まで出会ってきた神様……アマテラス、ゼウス、アヌビス、オーディン、スクルド、西王母、九天玄女、オグマ……どれもいい神様であったが心に来るものは何もなかった。


「はぁ……」


 何も確信が掴めない中で果たして見つかるのだろうか。そう思っていた時。急に強い酒臭い匂いが鼻に通り、咄嗟に顔を上げると桜色の和装服と黒色のロングスカートを身に纏った黒色ストレート長髪の女性が酒瓶片手に唯吹を見ていた。


「やぁ、ごきげんよう。唯吹ちゃん」

「わわっ!」


 突然の酒臭さと見知らぬ女性の姿に驚きつつ距離を置いた。その女性はこれ以上近づく事なく、一升瓶を持って軽く笑うだけで敵対意識は無いと分かり警戒を解く。


「えっと……どなた様でしょうか? どうしてボクの名前を?」

「おぬしのことは弥音から話は聞いておるぞ。さぁ、聞いて驚け」


 口の中に溜まっているつばを飲み込み、これから聞くであろう言葉を乗り逃さないように意識を集中させる。女性は一升瓶を地面に置き、胸に右手を置いて高らかに上げる。


「私が神代から続く伝統のある河辺家の初代当主、コノハナサクヤの子河辺かわべ 穂照ほてりぞ!」

「え、えぇ!? し、神代からって……。ゆ、幽霊じゃないよね」

「おうよ。数々の冒険の果てに予言を達成し、行ける物語として不老を得た存在。それが伝説の子じゃ。こうやって現世に降りて、神子達にアドバイスを与えるのも使命の一つってわけでね」

「すっごーい! 伝説の子……かぁ」

「なーはっはっはっは!」


 目を輝かせる唯吹の光景を見て明るさを取り戻したと思い、再び一升瓶を持って酒を飲みながら高笑いをする。人の流れが落ち着いた時間帯か人の通りの少ない場所だったのがせめての救い。


「さぁて。やっと出会えたのじゃ。私でよければ何でも聞くぞ。どんな悩みも言ってごらん。見る限り何かありそうじゃし」


 軽く見抜かれていたようだ。この悩みは弥音ですら話しづらく、人生の大先輩である彼女になら分かってもらえるかも分からない。だが、話さないよりかはマシだろうと悩みを打ち明けてみる。


「それじゃ……。ボクの親神は本当に居るのだろうか。……と思って。様々な聖地回ったものの、確定できるような手がかりが見つからないの……」

「なるほろー……。でも弥音からの話を聞く限り、大きな手がかりは手にしていると思ったのじゃが」

「え……?」


 全く思いもしない返事に目を見開いてしまう。


「私から言えることは、他の人の手助けでも見つからなかったら後は自分の力で探すのみ。もしかしたら、どこかの神様がおぬしを試しているかもしれん」

「試している……?」

「そうじゃ。神群聖地やそこで起きた出来事が全てじゃない。世界はとっても広いぞ? とんでもない掘り出し物もあるかもしれないからの!」


 唯吹はあのポストカードに書かれていた文章を思い出す。『数多く幻視した光景の中で真実を見極めよ。大きな障害の先に己の真実有り』の前文。今まで事あるごとに見てきた光景に従い、ただ突き進んでいた。道理で何も大きなものを掴めなかったわけだ。


「……ありがとうございます、穂照さん。ボク、今まで弥音さんや他の人たちに頼られてばかりで、実際自分からもっと探ろうとしなかった」

「うんうん」

「だから、これから自分から探すよ。大きな物を掴めるその時まで」

「おう! 若者はもっと探るのじゃ! 私ぐらいの年になっちまうと、探求する要素がほとんど失ってしまうからのぉ~」


 空気も明るさを取り戻し、穂照も満面の笑みを浮かべながら彼女の肩を叩いた。そうしているうちに空が夕日になっていることに気づき、万神殿に出かけていた弥音が帰ってきた。


「ただいま戻りました。唯吹、初代様」

「おかえり、弥音さん。会議お疲れ様です」

「おぉ~。弥音おかえり~」


 声からも暗さが全く無く、微笑み混じりの挨拶を交わす唯吹の姿を見た弥音は思わず口角を上げるなど安心しきっているような素振りを見せて、思わず唯吹は首を傾げる。


「どうしたの?」

「やっと次が見えたような顔をしていましたので、思わず」

「う、うん。ボク、今度は自分で親神を探すよ。流石に聖地巡礼という手段は使えないけど、時折見える夢の光景などで探ることができるから」

「……そういうことでしたか。長い道のりになりますが、見つかることをお祈り致します」

「頑張る!」


「さぁて、夕食は私がもてなすぞ~! 選りすぐりの魚介類を用意したからのぉ」

「ありがとうございます! 穂照さんの料理……気になる」

「初代様が作る料理は魚介を使った和食メインで、健康よくておいしいですよ」

「へぇ~。楽しみ!」


 日常そのものの風景の中で何事も起きることもなく、今度は考え事で行き詰まることもなく、翌日の心配することもなく安心した一晩を過ごすことができた。







 薄暗い夢の中。ある光景を目にする。水の音と足音が聞こえる空間に一人の人物が歩いている。どこに向かうか分からず、ただただ歩く。暫くして、その人物の足が止まり、小さく呟く。


「わたしでも怪物に追い込まれることもあるのですね……。いいでしょう。相当恨みはあるみたいだし、かかってきなさい」


 後ろに現れる大きな影。むき出しに見える複数の牙と爪が人物に向けられた。



「……はっ! あ、あぁ……夢……」


 咄嗟に目を開けると、弥音の自室で眠っていたことを再確認する。窓越しの空や月明かに照らされている時計を見ても夜が更けた中途半端な時間。ベッドの上で眠る弥音を起こさないようゆっくりと起き上がり、荒々しくなっている呼吸を整え、先程まで見た夢を思い返す。今まで見てきた夢とは異なり、無意識に両手を自分の胸に縮み上がる。


「何なの……あの光景は……」


 今までにない、自分でも何故現れたのか分からない強い感情に困惑するしかない。だが、この夢の内容はこの時以来、見ることはなかった。


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