天笠木唯吹編2
第11話:母を待つ女の子
あれから二週間ほど経過し、その間は大きな事件が発生せず平穏な日常を送っていた。唯吹に至っては毎日朝から夕方まで神明神社の雑用や稽古に明け暮れ、時折イルハや九龍城に居る華琳と手合わせをしてもらいながら何事もなく過ごしている。
近頃気になる点があり、神社の仕事が無い日や昼休みになると「ちょっと用事がある」という理由で神社から出る日が多くなっていた。万神殿へ行った形跡は無いが、門限など時間通りに戻ってくるためそこまで心配するほどでもなかった。
「ということですが。神主様、弥音様、いかが致しましょう?」
「オレは諸事情と聞いており、予定通りの時間に戻っているから別に良いと思ったのだがな」
「私は流石に気がかりです。神群聖地巡りで少し友好関係が出来たとはいえ、万神殿を通さないのは……何かあるかもしれません」
境内の端にある社務所内受付横の談話スペースで仕事の合間に抜け出した総司と、早めに中学の授業が終わり帰宅したばかりの弥音に、唯吹のことで心配話を持ちかけるフォンヒルドの姿があった。総司に関しては腕を組んでため息を吐く程度だが、弥音は心配して考え事をする素振りを見せる。
学生カバンからスマートフォンを取り出し、連絡先の一つとして入っている唯吹が所持していると思われる携帯電話の番号を開く。だが、電話をかける前に踏みとどまった。
「聞き出そうと連絡するのは軽率過ぎますね。……ならば」
スマートフォンを一旦仕舞い込み、同じカバンから赤い革製の御札ケースを取り出してその中から一枚のお札を引き出してテーブルに向けて投げた。そこから出てきたのは一匹のお馴染みのカラス。
「よしきたー! ってお? 珍しい場所に来ちまったな」
「八咫烏。急で申し訳ないのですが、今から唯吹の捜索、およびその状況をこちらに報告をお願いしたいのです」
「りょーかい。個別の霊力探査は任せろ!」
あっさりと主からの頼みを引き受けて早速扉を通り抜けて飛び立とうとしたのだが、突然締め出した自動ドアにぶつかった後にやっと開かれて飛んでいく姿に少し痛々しく思いながらも見送った。その間、御札ケースからもう一枚引き抜き、その御札をテーブルに置き、そこから光を駆使して飛行中の八咫烏視点の映像が映し出される。
「後は唯吹を見つけて、その様子を見るだけです」
「全く……好きにしてくれ」
「と言いつつも、神主様も離れないのですね」
「…………気になっただけだ」
そこまで心配そうな素振りを見せなかった総司がここから立ち引くこともなく、映像映るお札から目を離さない姿を見て、こちらも微笑みを見せながら八咫烏の報告が来るのを待つ。
「それにしても……唯吹のヤツはどこに」
町の上空。霊力探知を行いながら辺りを見回す。昼から夕方へと変わる時間帯。住宅に人の気配が少なく、道路にも人の通りが少ないため観測には苦労しない。
「お、この感じ……見つけた!」
目視がなくとも霊力ですぐに感知し、その気配の方向へ素早く飛んで行く。
たどり着いた先には他の住宅よりも一回り大きい建物。複数人の子供の声が聞こえ、唯吹の悲鳴らしき声も聞こえる。
「あそこは鳩間孤児院じゃないか。あそこで何やっているのだろう」
カラスとしての違和感のある行動をしないよう近づき、窓から中の様子を見る。八咫烏が目にしたのは、複数人の子供を相手にしている唯吹の様子。頭には色鉛筆で塗った鬼のようなお面を被っており、子どもたちは炒り豆を持って投げつけようとしていた。
「鬼はーそとー!!」
「わぁー!!」
炒り豆を投げて鬼を退治しようとしているこの光景に八咫烏の空いた口が塞がらず、どう報告すればいいのかわからなくなってしまった。
場所は戻り、映像を見ていた三人も想像よりも斜め上の結果に出る言葉が思い浮かばない。その中で先に口を開いたのは総司だ。
「鳩間孤児院……かぁ。たまにその子達が神社に参拝してくるのを思い出すな」
「変な所に行ったかと思ったらそうでもなかったのですね。良かった……」
「唯吹が孤児院の子達と親しくなるのは珍しくはありませんが、早くもここまで親睦を深めるとは思いもしませんでした」
「神子であれ、一般人とこうして混じえ合うのもこの世界に居るための重大な要素だ。不安要素は拭えたし、オレは仕事に戻る」
淡々と立ち上がる一瞬、一切動かない口元が少し動いたようにも……弥音は見えた。呼び止めることもなく総司はこの談話スペースを後にして仕事場へと戻っていった。少し静まったエントランスでフォンヒルドは一つ気になったことを口にする。
「でもどうするのですか? 唯吹さんはまだわたくしたちにはこの事を知らないと思いますが……」
「唯吹のことです。いつかはバレるものと思ってもおかしくはありません。現に、バレた所で私達からは何も介入出来ないと思いますからね。ただ見守るだけでいいのです。余程運命のめぐり合わせが来ない限りは。帰ってくるまで待つことにしましょう」
場所は戻り鳩間孤児院。昼間で上がりきっていた太陽が沈みかける時間帯になり、唯吹が玄関から出てこようとしている頃。院長から頭を下げながら感謝の言葉を述べられては、唯吹は人として頼ってくれるだけでも、と笑顔で返す。そんな彼女の前に黒髪で二本結びのストレートおさげをした一人の女の子が出てきた。
「唯吹姉ちゃん! 今日もありがとう」
「どういたしまして。
「うん! とても楽しかったよ」
「それは良かった。それじゃまた明日。昼間に来ますね」
心晴と呼ばれる女の子と満面の笑みを交わした後、唯吹はこのまま孤児院を後にする。その帰り道の最中、奇妙な気配を感じ取ったと思いきや、目の前にじっと見つめるカラス姿の八咫烏の存在に気づく。
「うわっ、八咫烏!? と、ということはこの事を弥音さんにバレた?」
「モロバレだよ」
「うわぁぁ……。隠してごめんなさい。いつかは話そうって思ったのに……」
「主はそこまで怒ることはないってさ。ここまで親しくなった経緯さえ教えてくれれば大目に見てやる」
「う、うん……。実はね……」
ここまでの経緯を、神社に帰り着くまでの間に打ち明けた。これは一週間以上も前の出来事……。
* * *
神社の仕事と稽古に明け暮れ、たまには休むことも大切だろうと休みを貰ったものの、何をすればいいのか分からず昼間に総司に外出の申し出だけして散歩をしていた。一人で町を歩くのは事実上初めてで、道に迷えば携帯で連絡すればよい。何か面白いことがあるといいな。と軽い気分で町並みを見渡す。
町の構造を理解し、公園を見てから帰ろうとこの町一番広い公園に立ち寄る。そこに目にするのは十と少しの人数のいる未就学児童たちが元気に遊んでいる様子が見受けられ、この子達を見て思わず微笑んでしまうぐらいだ。
「あなたは確かあの神社の新人の巫女さん?」
横から話しかけられ、視点をその声の方向に向けるとメガネを掛けた茶色ストレート長髪の女性。この子どもたちと名札のつけた女性を見て時折神明神社に来てくれる鳩間孤児院の方達であることを思い出す。
「こんにちは、院長。でも今日は巫女さんではなくて、単なる散歩人。神社に来てくれた時もそうだけど、相変わらず元気そうでよかった」
「こうやって色々あっても、のびのびと元気で居てくれるだけで私は嬉しくてね。……でも、一つ悩みがあって」
「悩み?」
院長が人差し指で指した先にはブランコがあり、その一つの台に座る黒髪で二本結びのストレートおさげをした一人の女の子の姿が。顔はうつむいており、他の子供達と混じりに行く様子も見受けられない。
「この子、数日前からあんな感じでね。私が話しかけても嫌がるのよ……」
「なるほど。ここはボクに任せてください。話すことが出来なくても、寄り添えるぐらいはできるはず」
「あなたがそう言うなら、任せます。ところで名前は?」
「天笠木 唯吹。以後お見知りおきを」
自分の名前を告げた後、ゆっくりとブランコの方へ歩み寄る。女の子が気づかない間にとなりのブランコの台に座り、様子を見ていくうちに女の子も気づいたようだ。咄嗟に驚きこちらに見つめられる。
「こんにちは」
「わぁ! こ、こんにちは……。神社にいた巫女さん?」
「今は散歩人だよ。唯吹って呼んでね。君の名前は?」
「こはる。
「そんなことはないと思う。心晴、ボクでよければ話聞くよ? 一人でぽつんと座っているのも寂しいし」
「……実はお母さんを待っているの」
「……え?」
悩みと思いきや、口を開くと想定していない言葉が出てきた。
「時々、夢で出てくるの。この公園で待つとお母さんが来るって。でもこはるはずっと鳩間にいるし、先生からも『あなたのお母さんやお父さんは居ないよ』と言って信じてくれないし……。でもここで待つと迎えに来てくれると思って……」
理由を明かす心晴の手には無意識に鎖を強く握っているようにも見える。たとえそれが幻だとしても、まだ成長途上である幼い子にとっては信じて疑わないものだろう。ここで拒否するのも彼女の心に傷を受けるだけ。もしも何かがあればこちらに責任をとる覚悟で返答する。
「ボクも心晴のお母さんが迎えに来るのを待つよ」
「……信じてくれるの?」
「心晴のお母さんはどこかに居ると思ってね。単なる直感であって……」
「でも信じてくれるだけでも嬉しい……。ねぇ、唯吹姉ちゃんって呼んでいい?」
「え、う、うん。いいよ!」
今まで周りが自分よりも年上の立場にいる人が多いために、幼児からの初めて聞く言葉に一瞬心臓が飛び出そうになったが耐えながら笑顔で頷く。いつの間にか打ち解けたらしく、他愛のない話でいつのまにか時間が過ぎていき、その日以来外出の日は公園で冒険の話を語り、ある事情で外に出られない日は自分から率先して遊びに参加して子供達と心晴の距離を縮めていくことにしたのだ。
* * *
「あぁ~。だから今日は節分に混じえて遊んでいたわけだ」
「これも孤児院の子たちは勿論、心晴のためだもの」
「その姿勢、いいぜ! 私達は何もしないから、唯吹がやりたいようにやればいいさ」
「八咫烏が……弥音さんもそう言ってくれるなら。うん、人のために頑張るよ」
唯吹にとって、人と関わり合う上で大きな経験を噛み締めながら、帰路を歩き続けた。
しかし、その裏で、彼女たちが気づかないその影で、この平穏な日常を脅かそうとする存在を……知らずに。
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