第9話:中華・ケルト神群



 クトゥルフ神群聖地の出来事から数日経過し、唯吹は弥音とともにやっと許可された神群で最後の聖地、中華神群の聖地崑崙こんろんに大きな門を経由して訪れた。通常なら弱水という激しく流れる川と登山不可能な険しい山々があり徒歩でたどり着くことが困難と言われている。今回中華神群の主神西王母からの支援により苦労することは無く、すぐに崑崙頂上にある宮殿にまで移動してくれたようだ。昼間の時間帯もあり、行き交う神子の姿も見える。

 唯吹が目を輝かせながら装飾などの豪華な風景を見ながら廊下を歩いていき、大きな扉を抜けた先には大きな玉座に、周辺には虎と龍の姿があった上で背にもたれて待ち構える女神の姿があった。


「よくぞ来てくれましたわね。要件は分かっていますわよ」

「はい。唯吹の親神の調査をお願いしたく来ました」

「勿論引き受けます。それでその間どうすのですの?」

「これから絶界九龍城くーろんじょうを経由してケルト神群の聖地アーセルトレイの塚へ行こうと思っているところです」


 美しさと桃を司る主神西王母との調査の依頼と会話も思った以上に早く終わり、調査資料と写真を渡すまでスムーズに進んだところで、西王母の目線が唯吹に向けられる。その目と表情から興味津々のよう。


「ねえねえ、唯吹」

「はい、何でしょう、西王母様」

「もしも親神の行方が分からなかったらわたくしの子になってみない? この蟠桃を食べれば一発ですわよ?」

「え、本当なのですか!」

「本当よ。でもこれは最終手段。結果が分かったらわたくしの使いがあなたたちのところへ向かわせますわ」

「はい、お願いします。では、今から九龍城へ行くので失礼しますね」


 何も滞りも無く、これ以上話すことも無く、弥音と唯吹は西王母にお辞儀をしてこの場を立ち去ろうとしたところを呼び止められた。


「ちょっと待ちなさい。面倒な手段で行くのも時間かかりますわよ」

「でもそれ以外の方法が無いのですが……」

「特別に送ってあげますわ。ここで立ち止まりなさい」

「何が起きるというの?」

「こう、いう、こと」


 唯吹達に向けて上げた手を下げると同時に足元には先の見えない輪が出現し、吸い込まれるようにして叫び声とともに落ちていった。


「ま、またああああああああ!!」


 姿と声が消え、静まり返った奥部屋で西王母は呟く。


「御免なさいね。変に迷い込んでここをかき回されると困りますの。特に、様々な問題がある現在は……ね」


 柱の物陰から灰色のマントで全身を覆う人物が姿を現す。留め具になっている左肩のバッチには中華龍の紋章が刻まれている。素顔の見えないその人物は口を開くこともなくただ西王母を見つめる。


「ねぇねぇ。彼女達を詫も含めて今度の蟠桃会に招待してあげたいけど、どうかしら。え?  紺色の巫女ならいいけど、お供は様子見? やはりあなたも言うのですね」


 人物はただ頷くだけに済み、中央に置かれた大きな水晶玉を通じて映し出される光景を静観するのであった。




「いたったった……。ここはどこ?」


 ワープホールから無理やり出された先は先程の神聖な宮殿とは真逆の、今でも崩れそうな建物の数々。空の明るさはあるが植物を育つには不十分な光量。そして少し遠くてもはっきりと分かる大きな城のような建造物。地面に直撃した尻を軽くさすりながら立ち上がり、周りを見渡すと、弥音も無事に着地していたようだ。


「大丈夫ですか? 唯吹」

「うん。どこなの? ここ」

「どうやら絶界九龍城のようです。私も中から探索することが多いので、外からは初めてですが……ここまで大きくそびえ立っているとは思いもしませんでした」

「絶界九龍城……一体どういうところ?」

「そうですねー……。万神殿にある情報で良ければ、ですが」


 と解説をしようとする弥音を横槍するように、別の方向から少し低めの少女の声が聞こえてくる。


「『絶界九龍城』。かつては香港のある『九龍城砦』という巨大なスラム街があった。人口増加に伴いビルを建ては他の建造物と繋いで出来て、いつしか『東洋の魔窟』と呼ばれるようになり、約23年前の取り壊しと同時に絶界化して今の絶界九龍城に至る。ここは何が起きるか分からない土地でありながら『居場所のなくなった者』のための避難領域アジールでもある」


 その声の主の方へ目線を映るとそこに見えたのは弥音よりも大分背が高めで、右肩には鞘を収めた直剣を紐で掛けている薄茶色の長髪を纏めた少女が唯吹たちの前に立っていた。青色の中華戦闘服を着ている様子からして、この土地の住民なのだろうかと凝視する唯吹をよそに弥音が彼女を歩み寄る。


「あ、華琳じゃないですか」

「こんにちは、弥音さん。遠くからワープホールが見えて、何かなと思って来てみたら……ここに来るのは流石に私でも想定外だよ」


 どこかで見たことあるような顔持ちとどこかで聞いたことある名前……でも顔以外の外見や雰囲気もこの前出会った人とは全く違うようにも見受けられる。意を決して話そうか目を見開いて思考を巡らす唯吹の姿を見た華琳という少女は頭をかしげて近づいてくる。


「君が唯吹さんだね。どうした? 今生きている世界が違うような顔をして」

「え、えーと……。華琳さん、だよね?」

「うん。そうだよ?」

「……とても様変わりしたなって、思いまして。絶界に入ると変わる人っているのだね」


 暫く突然の沈黙が周辺に満たしていく。自分の発言、何かまずかったのかな……。と冷や汗が漏れ出していくぐらいに焦りが膨れ上がっていく。そんな沈黙の末、華琳が吹き出し、大きく口を開いて笑いだした。


「あっはっはっはっはっは! いいリアクションをありがとう!」

「え、えぇ?」

「そりゃそうだよね。私の影の双子と会っているなら、そりゃ無理ないよ」

「……影の双子?」


 あまりにも聞き慣れない言葉に頭をかしげる。もしや……と小さく呟き、目線を弥音に移す。


「弥音さん。現世に居る私は影の双子であることを伝えてないな?」

「あの時は語るにはまだ早すぎたと思ったので伝えなかったまでです」

「そう、なんだ。もしかして背景も?」

「はい。すべて教えると混乱してしまうと思いまして、追々話そうと決めていました」

「なるほどねぇ。神子には様々な予言からなる背景を持っている。その一つを私から教えるから、よーく聞くんだよ!」

「……うんうん」


 興味津々はとてもいいこと! と華琳も上機嫌になり、背景について語り始める。


「言葉で説明するのはちょっと難しいが……さっくり言うなら、幼少期に神や妖精に誘拐されて半ば神話生物になった者。それが『取り替え子』。現世から連れ去られる原因は様々で、素質のある優秀な人間が欲しいため、危険な運命から護るためが代表例。理由まではわからないけど、私も妖精に連れ去られたところを親神のオグマに助けてもらったけどね」

「へぇ~。華琳さんはオグマの子かぁ」

「うん。ケルト神群、戦いと言語と霊感の神オグマが私の親神だね。この九龍城を含めた絶界の中で生き残るために戦いの知識と神の血を授けてくれたのさ。話題は戻って……その取り替えで連れ去られた人間は現世での運命は解き放たれ、同時に現世に〈影の双子〉という存在が現世の運命を引き継ぐことになる。実際……それが原因で避けることの出来ない運命を全うすることになるが……」

「それが……取り替え子の使命になっていくのね」

「それでも私は影の双子とはもっと近くに居たいと思っている。たとえ絶望的な予言だとしてもね。さて、私からは以上。他の背景に関しては他の人に聞いて。第一、その本人が予言含めた背景言ってくれるかは別として」


 ちらっと華琳は弥音の方に視線を向けるが、彼女は不機嫌のようにも思えた。唯吹も弥音の持つ背景について聞かされていないことに気づいたが、見つめられて向ける表情からして問いただす必要もなく、ただ視線を配るだけですぐに逸らす。


「ところで、一応確認も含めて、君たちは何しに九龍城へ?」

「はい。九龍城経由してケルト神群聖地アーセルトレイの塚へ行くところです。華琳も同行できれば迷うことなく行けると思います」

「丁度私もオグマから『そろそろあの子ら来るだろうから出迎えて案内してこい』と言われてね。目的は唯吹さんの親神探しでよろしいかな?」

「うん。見つかるかどうか……分からないけど……」

「見つかるか、見つからないかはやってみないと分からないよ。それに、ケルト神群の子や聖地を知る九龍城の住民が居ればたどり着くのも容易い。私に任せて」

「お願いします! 華琳さん!」

「よしっ! あ、弥音さんも一緒に行くからね」

「え、私もですか?」


 華琳の力強い自信に唯吹も安心している様子から、安心して見送ることができるとおもっていただけに思わず声を上げてしまった。


「そりゃ、二人で行くよりも三人で行くほうが安全でしょ。さぁさぁ、はやく中に入ろう。長居するだけでも面倒事になるからさ」


 この場での用件を済ませ、九龍城内にあるとされるアーセルトレイの塚へ行くために建物の中に入っていくのであった。



 華琳曰く、アーセルトレイの塚に入れる扉は地上5階にあるらしく(地下階層は基本立入禁止だそうで)、寄り道することなくただまっすぐ階段へ目指し、1階ずつ歩きながら進んでいく。まっすぐ向かえば1時間も満たずに5階に到着し、その一つの扉にたどり着く。


「着いた。オグマ、入るよー」


 三回ノック音を鳴らした後、ゆっくりと扉を開く。……華琳にとって、普通なら緑豊かな土地が広がっている……とそう思っていたが、彼女が目にしたのは廊下の先にある大きな扉。この風景を見てすぐに察したのかすぐに閉めた。


「ど、どうしたの? 華琳さん」

「あれ、おかしいな。この部屋で合っていると思ったのに……」


 冷や汗をかく中しっかり閉じたはずの扉が突然開き、吸い込まれるように三人まるごと部屋の中へ引きずられてしまった。大きな扉まで引きずり出された後に閉ざされ、真っ暗になった部屋の中華琳は呆れ顔をしてほか二人はあたりを見回す。


「来ちまった……」

「華琳、どうしたのですか? とても不味そうな声をして」

「ここはどこだろう」


 華琳が手に持っていた懐中電灯で全体を灯した後、キョロキョロと左右見渡す唯吹の鼻と鼻が触れそうな距離に長身の女性がいることに気づく。暗闇の中では気づかなかっただけに咄嗟に驚いて後ろを引く。


「うわっ! だ、誰ですか!?」

「ようやく気づいたの? 神子たちよ、よく来たわね」


 笑い声とともに廊下の壁に取り付けていた灯りが灯される。姿からして女神そのものであり、露出も多く大きな胸が強調された姿は華琳にとっては忘れるはずもない神様だ。


「九天玄女様……」

「九天玄女様って確か……中華神群に所属している戦略を司る神様であり、西王母様の右腕の存在でもあります。そんな貴女がどうして九龍城に?」

「そりゃ勿論、英雄たちを育てるために構えているのよ? あと男女の戦略も」

「この部屋に九天洞が問題だけど、確かアーセルトレイの塚に入れる部屋だったはず。一体どうなっている!」


 右肩にかかえている直剣を引き抜く構えを見せる。半分戦闘態勢に入っている華琳の姿を見て流石に戸惑ってしまったようだ。


「ちょっと落ち着きなさい。そこまで情報が欲しいのならば四つの試練を突破できたら教えてあげるわ。悪くない取引だと思わない?」

「やっぱりそう来るか……」

「四つの試練?」

「わたしが用意した四つの試練。それは『武の試練』『戦術の試練』『兵法の試練』『房中の試練』よ」

「その房中の試練は余計のようにも思えるが……」

「男女の戦術も相手と戦う上で必要不可欠。どうする?」


 変な面倒事は避けたいと思うと同時に、この九龍城で何が起きているのか知りたいという釣り天秤状態に頭抱える華琳に一人の少女の決断が全てを決定づける。


「ボク、やるよ! この試練で何か見えるかもしれないし」


 尻もちついた状態から立ち上がり、勇気を持って前に出る唯吹だったが足を見ると震えているようにも見えるが。硬い決意の元で立ち上がった唯吹の姿に弥音も前に出る。


「唯吹がそこまで言うのです。私も、ここで引くわけにはいきませんからね。何よりも、英雄としての力試しにも丁度良いので」

「弥音さんに唯吹さん……。仕方ない。この試練を突破して聞き出してやる!」

「威勢はあるのはいいことよ。さぁ、あなたたちの力を見せてちょうだい」


 大きな扉は開かれ、どこに飛ばされるか分からない暗闇の先を三人は括り抜けた。




 一時間後。大きな扉に戻ってきた頃には三人とも疲れ果てた姿に。落ち着くのにも時間がかかる彼女たちの前に上機嫌な九天玄女が降りてきた。


「お疲れ様。そして全試練突破おめでとう。特にオグマの子のあの戦略はとても痺れたわ」

「……っ! い、言うな!」

「……華琳。君はあの部屋で何をしたのですか?」

「聞くなぁ!」


 やっと覚めてきた頭の熱も九天玄女の一言により急激に熱が上がり、冷静な判断ができずただ口止めするだけでも必死になってしまった。それもすぐに冷め上がり、やっと本題の方へと入る。


「ところで九天玄女様。今九龍城で何が起きているか説明してくれる? 改めて言うけど、本来ならこの部屋の扉を開けばアーセルトレイの塚へ入れるはず」

「その『本来起こることが異なる状況』になっている時点であなたたちは怪物の術中にはまっているのよ。この九龍城は怪物の影響で部屋の配置が変わるのはよくある話」

「なるほど……。それで、私達に罠をはめようとしている怪物はどういうヤツなのかって現時点で分かるところだけでも」

「そうねぇ。今回の面々が結果的にそうなったとしか言えないわ」


 今回の面々……少女三人に何か手がかりはあるのだろうかと、華琳と弥音は考えるが今のところ確証はつかみにくい。


「何よりも、今回の収穫はあの忘却の子ね。この試練で何か見えたかしら?」

「え? ……ごめんなさい。何も見えなかった」

「そう。それは残念ね。これからも大変になるだろうけど、めげずに頑張りなさい」

「うん。ありがとうございました」


 華琳と弥音も別れの挨拶を告げた後部屋を後にし、大暴れしている怪物とその居場所を探るためも兼ねてアーセルトレイの塚への部屋を探るために一つひとつの部屋を入っては聞き取り調査を行った。部屋によっては悲惨な目に遭いつつも、元凶を特定し、潜んでいると言われる部屋へと入る。ちなみに結局アーセルトレイの塚に通ずる部屋は見つからなかった。



 扉が開かれた先に見えたのは全面霧に包まれていながらも、辛うじて洋風の町並みが見える。ここはヨーロッパから移り住んだ神話生物たち中心に作られた絶界の『倫敦租界ろんどんそかい』。その広域の一つであるホワイトチャペル地区の路上に足を踏み入れた彼女はこれ以上の被害が出ないように元凶を探し回る。一方霧の探索に慣れない唯吹は恐る恐る弥音の右袖を握りながらついていく。


「やっぱりここにたどり着くわけか……。出てこい! お前がここにいるのは分かっている」


 大きな声で呼びかける華琳だが、他に人の声が聞こえてこない。少しばかり苦い顔をしながらも路上を歩き続ける。暫くし、弥音は何か気配を感じ取ったのか立ち止まる。


「どうしたの? 弥音さん」

「気配感知しました」

「お、来たか!」


 現れた気配を逃さまいと早急に弥音の左手から御札を出し、気配の方向へ投げつける。配置された御札から結界が展開され、その周辺の霧が晴れる。そこに見えたのは黒のオーラによって姿かたち分からないナイフを持った人物。物欲しそうに彼女たちを見つめ、高笑いをする光景に唯吹は恐怖を覚える。


「ひっひゃっひゃっひゃ!」

「こ、この人こわい……」

「ついに姿を現しましたね。ジャック・ザ・リッパー」

「少女三人を標的とは、盛大にやれたものだ」


 戦闘態勢に入るため、華琳は直剣を取り出し、弥音も御札から槍を出し、唯吹も少し離れて赤い勾玉の光とともに短剣を取り出して構える。霧は周辺だけ晴れているものの、ジャックの奇妙な殺気により寒気が取り除くことができない。


「女性……解体……ヒャッハー!」


 両手にナイフを持ち、人間と思えない速さで三人に襲い掛かってきた。彼を近づけさせないと華琳が先に飛び出し、右手に持つ直剣から姿を変えた魔剣でナイフを受け止める。だが、押し返すはずが押し切られてスキができてしまった。


「しまった!」

「八咫烏!」

「よしきたー!」


 切り裂こうとするジャックだったが突然現れた八咫烏によって目隠し妨害されてしまい、華琳は事なきを得る。このまま攻撃に仕掛けようとする八咫烏だがすぐに引き剥がされてしまう。


「八咫烏! 華琳さん! そこから離れて!」

「唯吹、一体何をするのですか?」

「こういうことだよ! おりゃ!」


 両手を上げてためてきた赤い霊力の塊をジャックに向けて手を降ろし、投げつけた。そのまま直撃し、ジャックの周りに炎が舞い上がる。


「や、やった……?」


 炎と同時に舞い上がった煙で視界が遮られ、一体どうなっているか確認することができない。あたりを見回そうとしたとき、目の前にジャックが現れてナイフを突きつけようとしてきたところを上空から降ってきた複数の岩によって守られて傷ひとつつかずに済んだ。


「この岩は?」


 少し時間が経って岩が消え、煙が晴れた先には複数切り傷のある弥音と華琳の姿があった。想定していなかった姿を見た唯吹は思わず足をすくんでしまう。


「弥音さん……華琳さん……その傷は……?」

「気を取られてはいけません。次の攻撃来ます」


 立ち止まる暇もなく、側面から鎌を持った人形が複数現れる。これ以上ダメージを受けるわけにはいかないと華琳は魔剣を持ち上げて複数の人形に立ち向かう。


「我が剣よ! 目の前を切り開け!」


 両手で持ち上げ、振り下ろすことによって魔剣の刃で人形を真っ二つに切り裂いていく。


「唯吹さん! こんなところで突っ立ってないで気を張れ! いつ襲いかかって来ても知らないよ!」


 力のある攻撃と威勢のある声で余計な考えをすっ飛ばし、唯吹も態勢立て直してあたりを見回す。再び霧によって姿を消していたと思われていたジャックの姿を特定出来た。


「み、見つけました!」

「よし! ジャック・ザ・リッパー。君の性質は今書換えた。今度は逃さない」


 しかしながら、人形の破壊により足元の黒い瘴気が一層濃くなったようにも見える。


「まずいな……。絶望の闇がどんどん強まっている。……強まって? まさか!」


 華琳は予感し、唯吹が掛けている勾玉に赤い光が強く灯され、同時に今までにない強い霊力を感じ取った。その霊力の方向に目を向けると黒い瘴気が集まり、周辺に稲妻が走る弥音の姿が。そっと右手で左袖から一枚のお札を出してかざす。お札には『解符』と書かれており、歯を食いしばりながら唱える。


「解符、発動!」


 詠唱とともに弥音の周辺は黒い霊気に覆われ、一瞬にして姿を変える。アマテラスと憑依した時とは異なり、ほとんどの布地が黒そのものの和装着で、しかも額には黒い第三の目が開かれた。


「霊脈観測。急所特定。一発で決めてしまえ!」

「ありがとう、八咫烏。さぁ、見敵必殺!」


 さらに取り出したお札から槍を取り出し、観測した方向へ投げ飛ばし、そのまま突き刺さって断末魔と光とともに消え去った。ここまでの流れを見て唯吹は強い恐怖を感じていた。一瞬怪物のようなものを。確かに目の前にいたのは自分にとって親しい人がそう見えてしまったのだ。

 槍を投げ終えた後、弥音は崩れるように膝に地につけ、解符の変身が解ける。


「……やっぱり最近この力の調子が悪い……。ん?」


 顔を上げて辺りを見ると、うつむいて立っている唯吹の様子を見つける。見せてはいけないものを見せてしまったと気づき、思わず華琳を見るも、彼女はただ顔を横に振るだけ。小さくため息を吐いてから立ち上がり、ゆっくりと唯吹に歩み寄る。


「唯吹……」


 この呼びかけに唯吹は思わず顔を上げる。弥音の見せる穏やかな微笑みに唯吹の抱えている感情が更に膨らみ、思わず顔を下げて涙ぐみながら口を開いた。


「ご、ごめんなさい。ボクのせいで、ボクが余計なことをしなければ……弥音さんや……華琳さんが傷つくこともなかったのに……。本当にごめんなさい……」


 嗚咽混じりになり、これ以上何を言えばいいのか分からない唯吹の頭に手が置かれ、やさしく撫でられる。いつの間にか抱き寄せられたみたいで、距離がかなり近い。


「私なら大丈夫です。唯吹が無事であれば、それで良いのです」


 優しさのある声についには涙が止まらないぐらいに溢れてしまった。この光景を見た華琳はジャックに襲われたことを振り返る。


「あの時は必死だったな……。霊薬とか護符とか供物を駆使してどうにか逃れたというのに。一番危なかったのは弥音さんだと言うこともね。ここを出るのは唯吹さんが落ち着いてからでいいか」


 と呟きながらひっそりとジャックの居た位置にいる宿主らしき男性を抱え上げた。





 暫く時間が経ち、唯吹の気持ちが落ち着いたところで倫敦租界の部屋から出て、先程までは九天洞だった部屋の扉を開ける。そこに広がったのは緑豊かな土地が広がり、そこには両腕が機械的で黄色の髪色をした男神オグマが待っていた。


「お、遅かったじゃないか。……それにボロボロだが大丈夫か?」

「ごめん、オグマ。怪物退治に手間掛けちゃってね。後この人を保護してきた」

「……彼の対処は後で考えよう。まずはお前たちだ。傷の治療が最優先だろ」

「良いのですか? 自宅に帰れるぐらいの体力は残っていますが」

「それだけじゃないか。ここは敵の脅威は来ない。少しの時間でもゆっくりしたらどうだ」

「……分かりました。お言葉に甘えてそうします」


 オグマからの誘いに受け入れる弥音の様子を見て唯吹と華琳もほっこりとした笑みを浮かべたところを、上空から小さな青い鳥が大きな手紙を持って唯吹の右肩に降りてきた。


「これってもしかして西王母様?」

「そうみたいですね。結果が出たようです」


 と、弥音は青鳥が咥えている手紙を手にし、封を開けて本文が書かれている紙を広げ、読み上げる。


「『調査の結果。唯吹の親神に該当する中華神群の神は存在しない。あと、ケルト神群の方でも該当はないと思いますわ。第一、このケルト神群聖地に訪れて何もピンと来ないはずだから』ですって」

「あー……。ごめんね、オグマ様。ここでは何も感じないみたい」

「まぁ、予感はしていたけどな」

「ん? 弥音さん。この封筒の中にもう一枚入っているよ」


 華琳が何か気づいたみたいで、封筒の中にあるもう一枚の紙を引き抜いてみる。紙の質からしてポストカードらしく、イラスト面には二頭の龍が描かれた青色の影絵。裏には文字が書かれているが、見た目から誰からの文章なのか分からない。というよりも、弥音にとっては、全く分からない文字だからだ。


「えっと、華琳? これ読んでみて」

「えっ……。あー……これは中国語だ」

「華琳さんは中国語読めるの?」

「九龍城に住んでいるから、そりゃ読める程度には学んでいるさ。どれどれ……」


 ポストカードを華琳に手渡し、漢字しかない文章の内容を解読して読み上げる。


「『数多く幻視した光景の中で真実を見極めよ。大きな障害の先に己の真実有り』」

「己の……真実……」


 この言葉はどういう意味を込められているのか、小さく突き刺さり、思わず口にしてしまう唯吹であった。



 一方その頃。崑崙の宮殿、西王母の部屋ではこの光景を水晶で通じて鑑賞していた。先程まで楽しく見ていたがこれも見納め。そんな時。マントを身に纏った人とは別に、もう一つの気配がこの部屋を後にしようとするのを感じた。


「あら、良いんですの? 折角会えるチャンスだと思ったのに」

「わたしはこれで十分です。後は、あの子次第ですから」

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