第6話:エジプト神群


 ギリシア神群の出来事からさらに一日が経過した昼間。続いて訪れたのがエジプト神群に通じる大きな扉。砂漠と三角ピラミッドと大きな隼が描かれているようだ。淡々と扉の前に立つ弥音と唯吹だったが、ちょっとした心配事が存在していた。


「本当に大丈夫ですか? 昨日ギフトを使用して動けなくなったと聞きましたが」

「だ、大丈夫。ギフト使用に慣れなきゃ……後々きついし」

「そうですね。ギフトによっては己の体力を代価にするものもありますし、慣れて損はないと思います。でも無茶は禁物です。無理だと察し、感じたらすぐに私や周辺の神子に伝えてください」

「はーい……」


 顔色から見ても具合悪そうにも見えない。単なる杞憂だと思いつつ、大きな扉を開けた。吹き抜けていく風から、今の季節とは思えない程の熱風が二人に襲いかかる。


「あ、あつっ! こ、これどういうことなの」

「もしかして、ここは……」


 扉を括り抜けたその先は、上空から焼けそうな日差しが照りつけ、気候もかなり乾燥している。まさに砂漠地帯だ。現在、土と石でできた建築物の物陰に居る。


「エジプト神群聖地なのは間違いないのですが、どうやってドゥアトまで行けば……」


 予め耐熱は持っているものの、安易に日向に出るのも危険だ。地下道へと通ずる道路が無いのか周辺を眺めていると、唯吹に何度も軽く叩く感触が足元から感じてきた。


「ん? 誰……猫?」


 足元を見てみると、一匹の三毛猫が右前足で猫パンチしていた。見た目からすごく楽しそうだ。もう少しじゃれつこうと腰を下ろし、猫の前足をいじっているところを弥音も気づく。


「唯吹は何を……この地帯に猫が居るということは……」


 弥音の直感も正しく、建物の影から一人の小さな人物の影が現れる。恐る恐るその人物が彼女たちを見た瞬間、急に晴れやかな顔をして飛び出してきた。見た目から弥音から少し背が低めで緑混じりの茶色の短髪に、ラフな格好をした少女だ。


「みいいいおちゃああああん!!」

「愛里!?」

「弥音ちゃんがここに来るなんて珍しいね! 今日はどうしたの?」

「あぁ、それについて、ですが……」


 とエジプト神群聖地に訪れた理由を愛里という少女に説明。すべて話し終えた後に笑顔で頷いてくれた。


「なるほど! あ、自己紹介しないといけないね。わたしの名前は月宮つきみや 愛里あいり。バスにゃんこと、バステト様の子なの! あ、あの三毛猫はバスにゃんの神殿に居る猫だよ」

「へぇ~、そうなんだね。愛里さんよろしく。ボクの名前は天笠木 唯吹」

「あなたが唯吹ちゃんね。弥音ちゃんから話は聞いているよ!」

「いつからその話を?」

「学校の休憩時間に弥音ちゃんが雑談で話していてね。どんな子かなと思ったけど可愛くて良かった」

「……要するに、愛里とは私がいつも通っている中学のクラスメートでして……」

「えぇー!?」


 これなら知っていても仕方なかった。何よりも、弥音と愛里が学校での友人関係であること自体が驚愕の事実なのだから。


「さて、ドゥアトに行くんだったね。今から案内するよ。もしもの時はバスにゃんの力を借りてもらうから大丈夫よ」

「お願いします、愛里」

「愛里さん。この三毛猫を抱えながら行っていい? 何だか懐かれちゃって」

「うん、いいよ。さぁ、異形の怪物に見つかる前に」


 外に居続けるのも水分不足でぶっ倒れてしまうだろう。愛里の先導の元で建築物の裏から地下の階段を下り、薄暗い小さな洞窟を括り抜けていく。そして、洞窟を括り抜けた先には日差しばかりが目立つ熱い気候でなく、地下ならではの涼しさが吹き抜けていて全面に見渡せるぐらいの明るさのある空間が広がっていた。


「ここが、ドゥアトですね」

「運がいいね。確かここの通路を歩いていけばホルス様の神殿よ」


 地下空間ドゥアトの中にあるホルスの神殿へ向かうべく細道を歩いて行く。その間に見える数々の神殿や川、そして渡しとなる船数々。そして歩いてから数分、他の神殿よりも大きい神殿にたどり着いた。ドゥアトの中で神々しく輝く神殿を近寄りたがらないのか、三毛猫は唯吹から離れてどこかへ行ってしまった……。


「着いたよ! ここがホルス様の神殿」

「へぇ~。大きい」

「まぁでも、居るのかどうか話は別だけど……」

「え、どういうことなの?」


 神殿の中に入り、様々な彫刻や絵が飾られている廊下を括り抜けた先に眩しい大広間と玉座が見えたわけだが……、その玉座の前に神子らしき中年ぐらいの男性と少年が立ち話をしていた。よく見てみると玉座にホルスの姿がない。不思議に思い、先に駆け出して男二人に話しかけたのが愛里だ。


「あれ? アソートさんに天流てる君。ここで何を話しているの?」

「お、愛里か。ちょうどアソートさんと話していたところでな、オヤジがまた〈昼の船マンデト〉に乗ってどこかに行っちまったんだ」


と空手着を身に纏った短い茶髪の少年こと天流がため息を吐きながらホルスの状況を語る。事情を知っている愛里でも驚いて落ち込むぐらいにタイミングが悪かったようだ。


「えぇ、また!? 今日はお客様も来ているのに……」

「お客様って……弥音殿じゃないか」

「こんにちは、アソートさん。唯吹の親神探しにお邪魔しています」

「親神探しか。丁度我もホルス様にその趣旨を伝える予定だったが、生憎この状況なのでな……。仕方ない。手段を変えよう」


 グレーの軍服を身に纏った藍色の髪をした大柄の男性、アソートが咳払いとともに不在の玉座の前に立つ。


「さて、唯吹君には伝えていなかったな。ここで自己紹介をしよう。我が名はアソートレイ・アーチボルト。セベクの子だ。我のことは『アソート』と呼んでおくれ」

「よ、よろしくおねがいします! アソートさん」

「オレも自己紹介しないといけないな。オレの名前は豊方とみかた 天流てる。天流と呼んでくれ。オヤジであるホルスの子だが空手が得意でな。一緒にやらないか?」

「よろしく! ……あ、でもボク空手はちょっと……」

「そうかぁ、残念」


 空手の構えを見せている天流だったが、唯吹は両手を振って遠慮の様子を見せたので構えるのをやめる。今回の面々を見て何か気がついたのか、唯吹は先程からきょろきょろと周りを見ている。


「あ、エジプト神群の中ですごい人っているの? 弥音さんみたいな」

「すごい人ってどういうことだ、弥音殿」

「多分な話ですが、執行人のことを言うと思います」

「なるほど。なら答えは早い。我がこのエジプト神群の執行人だ。他にも何人か居る中での代表という位置づけに強いけどな」

「へぇ~、ってあれ? アマテラス様やゼウス様と聞いてホルス様と思ったのだけど、そうでもないのね」

「ホルス様に認められた神子は悪魔セトと大蛇の悪魔アペプの飽くなき戦いに出向かれる噂があって執行人になりたがらないのだ……」

「セト……アペプ……怖そう……」


 想像するだけでも恐ろしそうな存在を聞き出そうと思っていた唯吹だったが、本題はそこじゃないと思い立ち、呟くだけに留まった。


「エジプト神群だけでなはない、他の神群の主神の子だからといって執行人のトップを立つ人は、実は珍しいものだ。この話は置いといて本題に入ろう。ホルス様がご不在の今、親神探しの宛にあるのは……ドゥアト内にある墓地、アヌビス様の神殿に行くしか無い」

「アヌビス様の神殿?」

「特殊な形で親神の捜索に当たることが出来る。もう一つは……もしかしたら唯吹のご先祖様を見つけることが出来るかもしれない」

「なるほど。ご先祖様からの情報を得ることができれば、親神が分かるわけですね」

「そういうことだ。愛里、天流。彼女をアヌビス様の神殿へ案内するのだ。おそらく妨害者は来るだろう。排除およびサポートを頼むぞ」

「了解! 任せて~」

「脅威が来たら炎と空手で御見舞してやるよ!」


 気合十分な素振りを見せる愛里と天流だったが、唯吹には少し疑問点が浮かび上がったようだ。


「あれ、弥音さんとアソートさんは?」

「我と弥音殿は別件でしばし別行動だ」

「え、別行動ですか?」


 全然聞かされていない用件だったのか咄嗟にアソートを見る弥音だが、意味深な表情と視線を返されて反抗する意志もなく、ただ引き受けるだけになった。


「……分かりました。一緒に行けないのは残念ですが、唯吹たちの健闘を祈ります。進めなくなったら撤退も一考ですよ」

「ん~? 弥音ちゃん。わたしとメジェドさんが居てもなおそう心配するの?」

「そうだそうだ! 愛里も含め、可愛い子はオレが守るから安心しな!」

「愛里と天流も信頼していますよ。冒険の思い出話や結果を楽しみにしています」

「うん! 楽しみにしといて!」


 お互い笑顔で交わした後、弥音とアソートは別件のためにホルスの玉座を後にした。そして、唯吹と愛里と天流も気合を入れてアヌビスの神殿へ向かうべく一旦ホルスの神殿を出てドゥアトを歩いて行く。


 ホルスの神殿から数十キロ以上も遠いと言われているアヌビスの神殿。途中までの道を〈夜の道〉と言われる川の上を走る船〈夜の船メセクテト〉に乗って向かう。本来なら使用できない船でも、幸いにもホルスの子がいるお陰で楽に移動できているようだ。ここまでの気楽さに愛里も周りを見渡すぐらいだ。


「わぁ~快適~。あ、バスにゃんの神殿! お~い、バスにゃん! ……通り過ぎちゃった」

「そういや、お嬢ちゃんの名前の確認忘れていたな。確か名前は……唯吹かな?」

「はい! そういえば、話にあったホルス様が乗っている〈昼の船〉とボク達が乗っている〈夜の船〉ってどんな違いがあるのか気になっていて……」

「面白いぐらいに良い質問投げてくるなぁ。折角の短い船旅だし、答えよう」


 揺れも緩やかな船の中、天流は得意げながら二つの船のことについて説明してくれる。

 主にドゥアト内の地下で〈夜の道〉という川を渡るためにあるのが、再生の象徴と言われる〈夜の船〉。神殿も含め、この船も元々は太陽神ラーが所有していたものだが、融合したことをきっかけにホルスに受け継がれた。しかしながら、ホルスはその玉座には座らず、地下で航行する〈夜の船〉の対となる天空を進む船、〈昼の船〉で普段は上空から地上の神子たちを見守っている。そのため、神殿に滞在すること自体が珍しいのだ。


「以上、そういうわけだ。申し訳ないな、会わせてあげたかったのに」

「いえいえ、別にいいよ。気持ちだけでも……」


 申し訳無さそうな表情をする天流に対し、なだめるような口調で話す唯吹から猫の声が周辺に響き渡る。


「にゃ~」

「その鳴き声は?」


 声の元と思われる足元を見ると、ホルスの神殿まで抱えて運んでいた三毛猫の姿があった。船の上に居るはずのない存在に目の前にいた天流も、鳴き声で気づいた愛里も目を見開いてしまうぐらいだ。


「うそ!? バスにゃんの神殿に戻ったと思ったのに」

「まじかよ……。船に乗っているからって、安全とは限らない。どうする?」


 三毛猫を下ろすためにバステトの神殿に戻る場合だと、余計なエネルギーと時間のロスを引き起こす恐れがある。だからといって、近くの岸に下ろしたところで怪物に襲われる危険性があり選択することができない。少々の間考えた末、様子を伺う三毛猫に唯吹の手が差し伸べられ、そのまま抱えられる。


「ボクがこの猫を最後まで面倒見るよ!」

「勇気は評価するが、その決断は片手犠牲するのと同等だぞ」

「それでも、やっぱり置いてはいけないと思って……」

「いいじゃないの? 唯吹ちゃんの不足部分はわたしと天流君でフォローすれば問題ないもの。何よりも、わたしも猫ちゃんを置いていくのは大反対よ」

「全く……。面倒を見ておけよ。オレはただ相手を拳で殴るだけだ」


 何も戦力にもならず、お荷物にしかならないと唯一の立ち位置を持っていた天流だったが、命を守ることを本位とする唯吹と愛里の意見に押し負けられ、仕方なく同意をした。


「さて、そろそろアヌビス様の神殿付近の岸だ。ここから……」


 普通ならこの先の岸辺で船から降り、数キロ先の通り道を歩けばアヌビスの神殿にたどり着くことが出来る……はずだった。先程までゆるやかに航行していた船に突如上下方向に波打つような揺れを感じる。脅威を先に察知したのは天流だ。


「おわっ。まさかこのタイミングで!」


 全面甲殻を身に纏い、両手には大きな鎌を持った大型の怪物が水中から姿を現し、鎌を使って強く船首を掛けるようにして振り下ろす。その勢いによって船は前へと跳ねるようにして転覆し、三人の叫び声とともに水中へ投げ落とされた。


「うわああああああああああ」




 気がつけば浜辺にうつ伏せで寝転がっており、三毛猫が近寄ってきて頬を舐めてくれる。


「ありがとう……。無事で良かったよ」

「浜辺があって助かったぁ……」


 起き上がってみると必死に空手着を絞って早く服を乾かそうとしている天流と、ブルブルと素早く体を震わせて水分を飛ばす愛里の姿を見つけてほっと安堵の表情を浮かべる。唯吹も起き上がって紫色のジャケットを両手で絞って改めて着る。……まだ水分は残っているようだ。


「でもゆっくりと服を乾かす暇は無さそうだ。突っ走りながら乾かそうぜ!」


 周りを見渡せば中型のサソリが大量に待ち構えていた。天流は空手の構え、愛里はサバイバルナイフを出して曲刀に変化し、唯吹も三毛猫を再び抱え、右手から短剣を出して相手の出方の様子を見る。単体ならまだしも、大軍相手の戦況に流石の唯吹も素早く左右に目線を変えて見渡す。


「こ、これどうしたらいいの?」

「それは勿論。数十メートル洞窟まで、突き進む!」


 一番先に天流が右足を前に出し、勢いで走り始めた。その同時タイミングでサソリの大群もこちらに押し寄せてきた。周りが二匹三匹と倒していく中、戦闘に不慣れな上に片手塞がっている唯吹は一匹を追い払うだけで精一杯。

 防戦一方な中考える。三毛猫を傷一つ負わず、尚且つ大群のサソリを一気に倒す方法。それがあれば三毛猫を守りながら突き進めるのに……。


「唯吹ちゃん、あぶない!」

「あっ!」


 愛里からの掛け声に気づき、背後から襲ってくるサソリを咄嗟に右手で弾き返すことができた。その時、脳裏にあの光景が幻視する。その姿は大きな一頭の……。だがその光景も消え、天流の大きな声を上げて右手を上空にかざす。


「太陽と月と隼を司るエジプト神群の主神、ホルス! 遥か空に照らされし太陽の力でオレたちを導いてくれ!」


 その声とともに遥か彼方の上空から太陽の光が天流に照らされながらサソリの群れ全てに広がり、さらには火の手が上がってきた。


「愛里、唯吹! ここはオレが炎でサソリ共を蹴散らす。先に洞窟へ行きな!」

「わ、わかった!」

「熱いのは勘弁にゃ~!」


 燃え盛る炎にサソリ達は戸惑っている隙に唯吹と愛里は駆け出して洞窟へ向かい、天流も襲われることがなくなったことを確認して彼女たちを追いかける。全員が洞窟に逃げ切れた頃にはサソリの群れは灰となり、消滅していた。


「ふぅ~。やっぱり炎があると服がすぐに乾く」


 物陰に隠れて上がっていた息を整えるために一休みする。サソリの襲撃や天流が起こした炎により、ずぶ濡れになっていた服もいつの間にか乾いていた。


「ところでさ、愛里。どうしてメジェドを出さなかったんだ? あいつ出せばあの群れを一掃できるというのに」

「メジェドさんは安全な場所でしか呼び出せないの」

「安全な場所って、どこだ」

「ここ」


 このタイミングで愛里の足元から生足をさらけ出し、白い布を身に纏った使い魔らしきものが上りエレベーターのように姿を現した。おまたせ! と言わんばかりのキリッとした目とともに。


「おっそいぞメジェド! ……あぁでも足場のない状態で動き回っていたらそりゃ出てこないか……」


 一瞬怒鳴ろうとしていた天流だったがメジェドの召喚手段を振り返り、あの場面ではさすがにきついと判断したのか寸止めをして息を吐く。天流の態度に頭を傾げるメジェドだが、ここで愛里が諭してくれる。


「天流君はあんな感じだけど気にしないでね。次からは目の前の敵をやっつけちゃおう?」


 愛里の話を聞いたメジェドは頷いて目の横に星を輝かせた。


「全く……。唯吹も大丈夫か? きつかったらオレと愛里だけでも行って情報取りに行くのだが」

「ボクも大丈夫。突破できる糸口を見つけることができた……多分」

「三毛猫を抱えてか?」

「勿論そのつもりだよ!」

「分かった。そんじゃ、引き続きアヌビス様の神殿まで突っ走るぞ!」


 束の間の休憩も終わり、長い洞窟を疾走していく。その先に見えたのは先程の地下空間よりも薄暗い空間。柵の先には大量の墓石が並べられている。


「墓場……ということは神殿もこの先に。おっと」


 このまま走っていこうとしていた彼らに対し、墓石前の土から包帯が巻かれた人形の大群が浮き上がり、押し寄せてきた。


「マミーの登場か。あのサソリよりも手強いが、気を引き締めていくぜ!」

「うん! メジェドさんもお願いね!」

「三毛猫もしっかり掴まってね」

「にゃ~」


 天流が前に出て両手に炎を纏って目の前のマミーを殴り倒し、愛里は遠距離からメジェドの目から発するビームで複数のマミーを光と化す。唯吹は一度目を閉じ、先程浮かんだ光景を思い返す。今度は形も鮮明に見えてきた。

 すべてのイメージが整って目を開けたところで、首にかけている勾玉に赤い光が灯される。その光は膨大な霊力の塊として唯吹にまとわりつき、そして一頭の龍として姿を形成された。圧倒的な存在感に攻撃に集中していた天流や愛里も驚きを隠せない。


「わ~、大きい」

「何なんだあのドラゴン。唯吹からか!?」


 龍はゆっくりと身体を動かし、尻尾で振り下ろした範囲のマミーを倒していく。道が開いたすきに羽を動かしながら走り出すのだが力強いマミーの怪力によって止められ、さらには複数のマミーによって押しつぶされそうになる。


「なかなかの無茶振りをする。だが、まだ甘いな」


 なんとかして振りほどこうにも振りほどけず必死にもがく龍の周りに炎が燃え上がり、マミーに火が移って倒れていく。炎を出した張本人が天流であることを、後ろに振り向いて気づいた。


「三毛猫を守りながら戦っているのは唯吹だけじゃないぜ。さぁ、ラストスパートだ!」


 この後、其々の攻撃によって時折つまりながらも確実にその数を減らし、全てのマミーを撃退できた頃には神殿の前にたどり着いていた。全員かなり息が上がっており、龍状態になっていた唯吹ももとに戻っていた。


「や、やっと切り抜けたよ……」

「なかなかいい攻撃だったぜ」

「メジェドさんもお疲れさま。ゆっくり休んでね」


 疲れ果てて布ももつれ気味のメジェドも終わったと感じ取ったのか、再びエレベーターのように下っていった。


「さぁ、アヌビス様の元へ行こうぜ」

「うん!」


 ここまで来て唯吹たちを狙う怪物の姿無いと確認後、神殿の中へ。薄暗い空間でありながらも、ところどころに灯される火のおかげで全面見えないわけではない。歩行を続けて数分。奥の部屋にある大きな扉を開いた先に資料を読む犬のような帽子をかぶったアヌビスの姿があった。


「アヌビス様!」

「おぉ、天流か。それに愛里に……確か君が唯吹かな。しかもバステトの三毛猫も一緒とは。さぞ大変だっただろう」

「でもどうにかなりました……」

「この時間なのにアヌビス様がここに居るなんて珍しいね」

「そうか? ちょうどアソートからの頼み事を済ませたところだ。唯吹の親神探しとご先祖様探し……。普通なら何か試練一つ与えたいところだが、個々までの道のりをハンデ持ちながらも乗り越えたことを賞賛して教えよう」


 ごほんっと咳払いをし、手に持っている資料を読み上げる。ただ唯吹は嫌な予感はしていた。周りに漂う幽霊の姿が無いというのにとても寒く感じていたのだから。


「エジプト神群での調査の結果、唯吹の親神の該当は無し。ご先祖様に関しても該当する者は誰一人も居ない」

「……はい?」


 結果を聞いた本人は目を見開いて、声を震えた。



 一方その頃、ホルスの神殿内にある談話室でアソートが右手で胸を握りながら告げる言葉に弥音が厳しい表情を向けられる。


「後継者……ですか」

「あぁ。我も中年ながら年でな。それに、持病もある。他の執行人協議会の者たちには伝えていなかったがお前には伝えようと決めていた……」


 この事を現時点他の奴らには内緒にしてくれ……と告げるアソートの言葉に、ただ頷いて引き受けるしかなかった。

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