親神探し編
第4話:ヤマト神群
唯吹の決意から数日経過し、神明神社もはじめその周辺も平穏を保っている。夕方頃に学校から帰ってきた弥音がひっそりと道場を見てみると、稽古を励む唯吹の姿があった。微笑みながら眺めている弥音の横にフォンヒルドが歩み寄ってくる。
「おかえりなさい。弥音様」
「ただいま。唯吹の最近の様子、どうですか?」
「真面目に、そして誠意を持ってやっております。神主様からの教えもちゃんと汲み取ってくれて、表情は硬いのですが気遣いから喜んでいると思います。ですが……」
「ですが?」
一つひとつ段取りを踏みながら動きを乱さない唯吹だったが、思わず足を踏み外して尻もちついてしまった。
「頭はついていけても、身体がついていけてないようです」
「先が思いやられますね……」
談笑しつつ他愛のない話をしていると、弥音の持つカバンの中にある自分用のスマートフォンから着信音が鳴り響く。すぐにカバンを開けてスマートフォンを取り出し、電話を掛けてみる。
「もしもし。あ、ヘラクレスさん。はい、はい。分かりました。私も明日は大丈夫です。はい。当日よろしくお願いします」
数分の通話の後、電話を切る。
「ヘラクレス様とはどんな内容で?」
「聖地通行許可がでました。まずは明日の、ヤマト神群の聖地……高天原からです」
「それは良かったです。唯吹さんの親神、見つかるといいですね」
「はい。このことは唯吹にも伝えます」
その後、稽古を終えた唯吹に伝え、明日に備えるべく休むことにしたのであった。
翌日の昼間。カカオを通じて万神殿に訪れた弥音と唯吹。服装に関して唯吹はブレザーらしき服装で、弥音は神子業務時の紺色の和装服を身に纏っている。エントランスの噴水近くに現れた地下通路への螺旋階段を下り、広々とした廊下の中に『高天原』と書かれた大きな扉を見つける。他の扉もそうだが迫力のある扉に唯吹は思わず足を止めてしまうぐらいだ。
「わぁ……すごい。この先にヤマト神群の聖地があるの?」
「はい。その一つの『高天原』です。あ、この移動方法に関しては神々と、その神々に認められた一部の者しか知りません。門外不出でお願いします」
「う、うん。分かった」
「それじゃ、行きます」
弥音がその扉に手を添えると扉全体が振動によって響き渡り、ゆっくりと開かれた。眩しい光の先に緑豊かな草原と先の白い山が広がっていた。日差しからして、今でも日向ぼっこしていたいと思えるぐらいに。二人が通り過ぎた後、その扉はすぐに閉ざされて姿を消した。弥音曰く、戻る時もここの壁に手をかざせば出てくるらしい。
「ここが高天原……。空気がおいしいね」
「全体的に山と川と草原、時折雪も降る程度の地形ですからね。この聖地の端には崖があるので、通常の侵入方法では難しいと言われています」
「だから特殊手段が大抵、なのね」
「はい。ゆっくりと見ていきたいのは山々でしょうけど、先にヤマト神群の会議場『
現在地である一つの小さな山の頂から下山し、石でできた建物である『天の安河原』へ目指す。歩いている間、小鳥から大きな鳥、茂みから時々現れるイノシシや鹿などの動物。存在感が大きく、遠くから見えるぐらいの数々のご神木。草原に入れば、何箇所か何本も立てられている神々の社。見ていて退屈な風景ばかりであった。
「ようやく着きました。ここが天の安河原です」
長い徒歩移動の末、ようやくこの高天原の中で唯一の会議室にあたる大きな建物にたどり着いた。石の看板には筆字で『天の安河原』と書かれてある。ここには神々だけでなく多くの神子が出入りを行っているようだ。その度に弥音に声をかけて挨拶する神子も多い。
「弥音さん、有名人なんだね。ほとんどの神子と挨拶も交わしていたし」
「そ、そうでしょうか。早速行きましょう」
そして建物の中へ。風景としては立ち止まることもない人々の流れ、壁に張られているのは神様の格言や和歌など。あちらこちらと見ていた唯吹だったが、ある気になったことを思い浮かんだ。
「ちょっと気になったけど、ここで何するの?」
「今から奥部屋にいるオモイカネ様のところに行き、ヤマト神群の親神探しに手伝ってもらうようお願いする所です。この天の安河原の議長であり、思考や思想と知恵の神と言われているので、きっと見つかるはずです」
「オモイカネ様……かぁ……」
一直線に歩いて数分。ようやくオモイカネの部屋にたどり着いた。ドアノブ式ではなく引き戸式のようだ。確認のために三回ノックを試みてみると、向こうから女性の声が聞こえてくる。
「は~い。どうぞ~」
その声を聞いて弥音は硬直した。
「え、ど、どうしたの!? 弥音さん」
「あ、あれ、部屋の間違いじゃないでしょうか」
「間違っていないわよ。さっさと用があるなら開けなさい」
この発言と声で確信してしまった。恐る恐るドアを開くと、そこには赤みにかかった黒い長髪をしていて、肌露出の多い赤と黒の和装服の女性が和室でせんべいを食べながらスマートフォンを眺めていた。
「アマテラス様……こちらに来ているなんて珍しいですね」
「オモイカネから会議があるって呼び出されたのよ……」
「そのオモイカネ様はどこへ……」
「会議の準備に出かけてしまったわ。唯吹も一緒ということは、親神探しか何かかしら?」
「はい。ちゃんと許可証ももらっています」
確認のために一枚のお札から許可証の紙一枚取り出した。本文には許可理由と日本代表者のヘラクレスや申請責任者と対象者も記入されている。
「わざわざこっちでも許可証作る必要無かったのに。まぁ、ほぼ全神群行くわけだから仕方ないわね」
「今目の前にいる神様が……アマテラス様!?」
「こんにちは。この姿で会うのは初めてかしら」
「神様と言うから、かなり威厳があると思ったら……」
神様というイメージはかなり頂上にあるもので、一般よりもかなりかけ離れているものだと唯吹は思い込んでいたようだが、アマテラスの風景を見てすべて崩されたようだ。弥音も思わず目を伏せてしまうぐらいに。
「ごめんなさい。私も想定外でした……」
「何弥音も謝っているのよ。神子になってしまった以上神様の裏事情一つや二つ知るもの。あんまり気にしない気にしない」
「う、うむぅ……」
イメージ崩壊のダメージが大きかったようだ。少し気まずい空気になりつつも本題に入る。
「話は戻るけど、これからオモイカネに親神探しの協力をお願いするんだっけ?」
「はい。そのつもりです」
「やめたほうが良いわよ。彼はスサノオに対してそこまで仲は良くないのだから。折角だしわたしが引き受けるわ」
「……会議はどうするのですか?」
「弥音に任せる! 会議用の資料は置いておくからね」
「え、ちょっと待ってください。唯吹はどうするのですか!」
「そうねぇ……変なことを起こりさえしなければ失踪することはないだろうから探検させるのも一考ね」
なんという親だ……と少し唖然としてしまう弥音だったが、アマテラスの頼み事に逆らうことが出来ない。本当は面倒くさい会議を抜け出したかったのでは……と頭のなかにとどまるだけで吐くことはせず、ため息を吐くだけに済んだ。
「分かりました。聞くための情報資源として顔写真だけ手渡しておきます」
振り袖の中から親探しに使用していた写真をアマテラスに手渡す。
「確かに受け取ったわ。オモイカネには伝えておいてね。では、失礼~」
瞬く間に光のような速さでアマテラスの姿を消した。静まり返ったオモイカネの部屋の中、弥音は座卓の上に置いてある今日行う予定の会議資料をまとめた厚めのファイルを手に取り、中身を見てみる。この間ヘラクレスが話していた神子の行方不明の件のようだ。
「弥音さん、これからどうするの?」
「私はこのまま会議室に行くことになりますが、唯吹を会議室に連れ出すわけにもいきませんし……」
どこか助け舟があれば良いのだが……。とオモイカネの部屋から出て廊下やエントランスなどを歩いて助け舟になりそうな人を探す。探し続けてから少しながら時間が経ち、弥音は誰か見つけたようだ。浮かない表情をしているが……。
「関わるだけで面倒そうですが、仕方ありません。
数十歩ぐらいの距離にいる黒く長いまとめ髪をした、黒と青の巫女和装服の少女に声を掛けた。弥音の声に気づいた少女は振り向いたが、こちらも喜ぶ様子も無く目をそらして避けようとする。
「あ、ちょっと待って下さい!」
結局のところ上手く呼び止めることができ、人の少ない方の廊下で先程の出来事を説明する。事情を聞いた渚紗という少女はとても不機嫌そうだ。
「はぁ……。またアマテラス様の頼みを受けてしまったのね。全く、執行人になってから回数増えてきたんじゃないの?」
「引き受けてしまった私にも非があると思います。会議の間だけでもいいので、この子のことをお願いしたくて……」
両手を合わせて平謝りをしながら頼み事をする弥音に大きくため息を吐き、渋々引き受けることにした。
「深い事情ありそうね。分かったわよ。ところで、名前は」
「ボク? ボクは天笠木唯吹」
「唯吹ね。私は
「うん。よろしく!」
緊迫した雰囲気からほんわかとした雰囲気に戻り、弥音もほっと一安心。身分確認用として聖地通行許可証が入ったお札一枚と緊急連絡用として親探しの時にアマテラスから手渡された携帯電話を唯吹に渡しておく。
「この調子だと心配無用そうですね。それじゃ唯吹のことよろしくお願いします」
「一体誰のせいだと思って……。とりあえず私に任せなさい」
「……はい。また会議終えた後で」
とても申し訳なさそうな表情になりつつも、まもなく始まる会議に弥音は駆け出しで向かっていった。彼女を見送った後に唯吹は渚紗を見つめる。
「あのー……。ボクたちはどうしたら」
「そうねぇ。可愛い子には旅を……。思いついた。とりあえずついてきて」
渚紗に言われるまま同行をしてみて、一度天の安河原から出る頃には二人の手持ちには酒や和菓子などいくつかのお供え物が入った袋を抱えていた。
「これで一体何を……?」
「ちょっとしたご先祖様のご挨拶よ」
ご先祖様……柏原家のだろうか。天の安河原を後にし、いくつか社を立てられている草原を歩いて行く。その間、渚紗と弥音の間で交わした会話の内容で一つ引っかかっていたことを聞いてみる。確か最初に万神殿に訪れた時も、ヘラクレスと弥音の会話で出てきていたキーワードだ。
「渚紗さん。先程の会話で気になっていたけど、『執行人』って一体何なの?」
「あら、弥音から聞かされてなかったのね。
『執行人』、神々から強く認められた存在のことをいうの。様々な苦難を乗り越えてきた神子の本質を認めた神々は彼に力を与え、さらなる神の力を発揮することが出来ると言われている。
確か弥音が持っていた執行人の加護は……『神宿』。すなわち親神を憑依してもらってすべてを見通せる力を得ることができるのよ」
『神宿』について聞いた唯吹はあることを思い出す。人食い狼と遭遇した時に見せたあの時の弥音の姿が、アマテラスと憑依した姿まさしく。
「神との憑依って……誰でもできるものじゃないんだね」
「親神以外の神の力を一部借りることはできても、神そのものの魂を依代に宿すのは至難の業よ。下手でもしたら完全に乗っ取られて神話災害なんて洒落にならない。
でも、執行人は栄光ばかりではない。神に愛された神子は長生きできないという言い伝えもあるし、時に人間としての自分を捨てる人だっているのよ。執行人になることは、親神もはじめ神々の運命と共にあることに等しいともいう。だから大抵の神はしたがらないのよ。私もある程度の実力だけあって、現になっていないだけだし……」
「危険な道、かぁ」
「あんたは親神がわからないからなれないだろうけど、親神の本来の力を手に入れた後で執行人になりたいなら、真剣に考えておきなさい」
「あぁ、いや別に執行人になりたいとかそんなわけじゃないのだけど……弥音さんのことを知りたかっただけで……」
「そう、ならいいわ」
説明してくれる時はわかりやすく丁寧になるのに弥音のことになると態度が少し変わる。冷たさを感じるような……。下手に関われば牙を向きそうだ。でも聞かないよりかは、と恐る恐る聞いてみる。
「渚紗さんは……弥音さんとはどんな関係なの?」
「ざっくり言うと、神社違いの同業者よ」
「にしては態度が違うような気がする。他には?」
「……犬猿の仲に近いかもしれない。単に私は彼女の実力と内なる強大な力に嫉妬しているだけだから。詳しく聞きたかったら弥音に聞くとして……もうすぐ着くわよ」
歩き続けて十分と数分。二人の前に足を踏み入れたのは中規模の社。看板には『
「ここはニニギ様の社。私達柏原家のご先祖様はニニギ様の子であるホオリ様……一般では山幸彦と言われているわね。これが本当であれば、ホオリ様の過去の功罪があったとしても憎まず、彼にもより敬意を持ちたいと私は思っているの」
そう渚紗が語りながらお供え獲物を卓に置いた後、祭殿の前に立って二礼二拍して手を合わせる。彼女の話を聞き、自分もやらないといけないと思い始めた唯吹も渚紗の横に立ち、二礼二拍手を合わせてほんの僅かな時間だけ静寂が流れた。そして手を離して一緒に一礼してこの社から出た。
「あら、完璧にできるじゃない」
「頭だけがついていけても、身体がついていけないボクにとってはこれだけはちゃんと身につけたからね! まだまだ巫女さん見習いだけど、これから!」
「巫女さん見習い、ねぇ。いつかはすべて身につけるといいわね」
「うん。頑張るよ!」
「えぇ。さぁ、そろそろ天の安河原に戻りましょ。時間が余ればまた考えればよろしいし」
いつの間にかお互いに笑みを浮かべ、見つめ合っただけでも笑いがこみ上げてしまうぐらいだった。お参りを終え、長居は失礼にあたるかもしれないと二人はこの社から歩み去っていく。この様子を誰にもバレない遠くの茂みから、右手に酒一瓶を持って眺める一人の和装を身に纏った女性の姿がありつつ……。
「ふむふむ。彼女が天笠木唯吹かぁ。面白そうな子じゃのぉ……」
天の安河原に戻った唯吹と渚紗。丁度よいタイミングで弥音も会議が終わって出入り口に来てくれていた。
「あ、唯吹と渚紗。よかった、無事のようですね」
「当たり前よ。ちょっと私と縁のある社に挨拶しに行っただけだから」
「そうでしたか。唯吹、ここを外で出回ってみて、何か思い出したことあります?」
「うーん…………」
ここまでの歩みといろんな風景を振り返る。たしかにどれも自然豊かで、平穏で、日向ぼっこをしていたい場所だ。だが、それ以外何も感じないのだ。思い出すというのはどこか懐かしい感覚としてフラッシュバックされるはずだからだ。唯吹にはそれがない。
「……ごめん。何一つも思い出せなかった」
「私からの見解からして、ヤマト神群の子かと思いましたが……」
さらに上空からアマテラスが降りてきた。しかも位置的に弥音の後ろだ。両手で彼女の両腕を掴んで驚かせる。
「うわっ!」
「やっと親神探しの調査終えたわ」
「お疲れ様です。アマテラス様」
「弥音もお疲れ様。さて、ヤマト神群の神々を対象にした親神探しの結果だけど……」
高天原では何も思い出せない時点で不穏な感覚ではあった。だが玄氏から首に掛けている赤い勾玉にはヤマト神群の霊力が宿っていると告げられたからきっとあるに違いないと淡い希望を持っていたのかもしれない。口を開かず、アマテラスからの結果を聞く。
「……残念ながら繋がりはおろか唯吹を知る親神など居なかったわ。あなたが掛けているその勾玉、わたしの推測だけどヤマト神群の誰かから貰ったのかもしれないわね。少なくとも、わたしじゃないわ」
「誰かから……」
赤い勾玉を見て唯吹は呟く。記憶を遡ろうとしても無の光景でしか無く、人影が全く見えなかった。すべての用を終えたと見た渚紗は後ろを振り向いて立ち去ろうとするところを弥音が呼び止める。
「あ、渚紗もありがとうございます!」
「別にいいのよ。それじゃまた予言等で会えたらよろしくね」
会話するだけでも緊迫したような雰囲気になりそうだがそれは杞憂で、別れ際だけ微笑み返す光景を見て唯吹も安堵の表情を浮かべている。
「さて、弥音。次はどこの神群の聖地へ行くつもりかしら」
「はい。次は……ギリシア神群、オリュンポス山です」
「オリュンポス山……?」
「あの山……確かゼウスが居たわね。面倒そうだけど大丈夫?」
「まぁ、そこは……。唯吹は忘却の背景は持っていますけど神子です。少しずつ自分で戦える力を持っておきたいと思っていたところなので、丁度いいの……かもしれません」
「自分で戦える力……ボクが!?」
体験と聞いて唯吹がイメージしていたものとは全く違うであろう事実を突きつけられ、最後まで困惑を隠し切ることのできずにいたのであった。
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