第3話:決意


 唯吹の親を探すために商店街などを回っている間、弥音は内心唯吹に関することを考えていた。『彼女には何かがある』と。そして小規模の絶界で彼女が神子だと分かった。他に何かあるのだろうかと考える裏には……昨夜の出来事に遡る。



   *          *            *


『……お……みお……弥音……』


 完全に寝静まった中で誰かが弥音を呼びかける声がする。睡眠中に呼ぶのは一体誰だと思ったが……それほど時間かからずに考えついた。そっと目を開くと、半透明ながら自分のベッドに座ってこちらを見つめる神様一柱。赤と黒の和装ながらも、肌の面積は広めの服装を纏っている暗い部屋の中黒い長髪にしかみえない女性らしき姿が。


「アマテラス……様……」

『話聞いたわよ。神社で倒れていた女の子を助けて保護しているって。天笠木唯吹、横向きで寝ているけどかわいいわね。それにボクっ子だなんてわたし好みよ』


 熟睡状態の唯吹を微笑みながら眺めている。アマテラスの表情や心情から、余裕あるような状況が読み取れる。


「アマテラス様は唯吹のことについて、何か知っていますか?」

『ご生憎様。わたしは知らないわ。でも、彼女には何かがあるのは確かよ』

「言っている素振りからして、普通の人間では、なさそうですね」


 普通の人間ではない……怪物は流石にないとしても神子かそれに近い存在なのかもしれない。このことを頭の片隅に置くことにした。


『一応連絡用の携帯電話は八咫烏に持たせているわ。後で受け取って活用しなさい。後、今日中に親元見つからなかったら警察に保護するよう総司が言っているけど、言うことを聞かないことね。さっきにも言ったけど、彼女には何かがあるからね』

「はい……」

『総司さんも、神子から戦いを退けてから感覚が鈍っているわね……。困りものだわ』

「……アマテラス様、おやすみなさい」

『ちょっと、弥音!』


 これ以上聞きたいこともないだろうと思い、目を閉じてそのまま寝入った。


『仕方ないわね。何かがあれば心の中で呼びなさい』


 そしてアマテラスもこの場から立ち去るように消えた。


    *          *            *




「きゃっ! いったった……。ここは……全面真っ暗! 弥音さんどこー!? 弥音さーん!」


 コーヒーショップカカオ神明神社前店にあるカウンター椅子の急降下から到着と同時に衝撃で飛ばされてしまった。左右見ても判別つかない全体的に真っ暗な部屋の中、唯吹は弥音の名前を何度も呼ぶ。


「私はここに居ますよ」


 少し面倒そうな声と同時にドアの形のような光が。その近くに弥音と右肩に乗る八咫烏の姿があった。


「弥音さん! よかった……」

「唯吹も無事で何よりです。さて、ここから出て廊下を歩いていけばエントランスです」


 ドアの光を頼りに周辺から見ても何もないと判断し、そのまま部屋からでる。そこには素っ気ない廊下。左右にはドアがあるが、名札書かれている部屋と書かれてない部屋が存在する。


「弥音さん、ここはどういう廊下?」

「エントランスに通ずる廊下。万神殿に属する神子の部屋だったり、他のカカオからの経由部屋だったり、何故か混在しているのですよね」

「……迷わない?」

「たまに起こります。最悪カカオからエントランスに飛ばされることもあるのですから」

「うわぁ……」

「あ、ようやくエントランスだぜ。相変わらず、神子が多いことよ」


 八咫烏が言った通り、長い廊下から抜けた先には招集かけられた神子たちの集会場所でもある万神殿のエントランスが広がっていた。中心には噴水があり、そこから個人部屋や会議室に通ずる廊下がいくつも存在する。あまりにも広く、壮大な風景に唯吹は思わず周りを見渡す。


「わぁ……。今いる人達ってみんな神子?」

「文化や民族によって区分分けされた『神群クラスタ』が同じ人が居れば、違う人も居ますけどね。あ、そろそろ来ました」


 一つの廊下から出てきたのは、弥音と唯吹よりも遥かに背が高く、足から胴体まで戦闘のためだけにあるような甲冑を身にまとい、そして……ライオンマスクをかぶった男性が現れた。あまりにものギャップさに唯吹は思わず吹いて悶絶してしまった。


「……偉大な英雄様の登場だというのに、どういう了見ですか。ヘラクレスさん」

「すまない。直前まで他の運命共同体パーティに特殊指令を出していたのでな」


 どんな指令なのだろうと思いつつも、ヘラクレスは自分の被っているライオンマスクを外して改めて顔を出す。今度はいかつい外面から強い威圧感に押しつぶされ、思わず身体が棒立ちに近いぐらいに固まる。


「みっともない姿をして申し訳ない。弥音も珍しいな。万神殿からの呼び出しが無いというのに。しかも神子戦闘服ではなく、私服姿とは」

「急用が出来てしまいましてね。私の隣に居る子が神子に覚醒したので万神殿の案内と今後の方針の相談に来ました」

「新人の神子か……ふむ」


 ゆっくりとヘラクレスは唯吹に歩み寄って目で彼女を調べる。近づくだけでも先程以上の威圧感に気を失ってしまいそうだ。そしてすぐに離れていく。


「あの……弥音さん、この人は?」

「紹介忘れていました。彼がギリシア神群の天空と正義の権能を持つゼウスの子で、数々の試練を乗り越えて伝説を作り上げた最強の神子、ヘラクレスさんです。現在は日本の対策本部の責任者として、後進の神子の教育者として勤しんでいます」

「よろしくお願いします! ボクは天笠木 唯吹です!」

「よろしく、唯吹君。さて、弥音よ。私には少し時間がある。今後の方針について相談に乗るぞ」

「ありがとうございます。相談事が二件ありまして……」


 水を吹き出しし続けていた噴水が止まり、周りが個々で談話している神子たちの声でかき消されている間、一呼吸を入れた後に本題に入る。


「一つ目は、現在唯吹はこちらの方で保護しているのですが、万神殿で保護願いたい」

「それは不可能だ」

「なにゆえに?」

「保護ができるぐらいの部屋の空きはない。もう一つの理由は、年明けから神子の行方不明が後を絶たなくてな。数人ならまだしも、外部は勿論のこと、万神殿で所属して保護されている神子数十名が立て続けに行方不明になっている。共通点や経緯はまだ分かっていないが、この事件が解決されるまで受け入れることが出来ない。その人にとって最も信頼における人物と一緒に居たほうが安全だからな」

「分かりました。行方不明の件に関しても用心します」


「もう一つは?」

「二つ目は、忘却の子の唯吹の親神探しのために全神群の聖域の進入許可を願いたい」

「聖域許可か……。忘却の子とは本来、予言を通じて探ってもらうのが本望だが、数々の試練を括り抜けた執行人の一人の頼み事だ。許可しよう」

「ありがとうございます」

「さて、用件は以上かな?」

「はい。以上となります。相談感謝します、ヘラクレスさん」

「今行くにももう遅い。折角だから万神殿の施設を案内しておくこと。聖域侵入許可に関する内容は後日入るからその時にな」

「はい!」

「私からは以上。次の用があるから失礼するぞ」


 そしてヘラクレスは最初に出てきた廊下へと戻っていった。最初から最後まで見ているだけだった唯吹はヘラクレスが立ち去ったのを見て思わず腰を下ろしてしまう。


「こ、怖かった……。変なことをしていると地獄に落とされそう」

「実際そういう話もあるようです」

「え、尚更怖いよ! なんか一つ引っかかったけど……まぁいいや」


 引っかかったこと……結局流してしまったが、どういうことなのか今探る術は無かった。


「では、ここから万神殿の施設に案内します。知っておいて損は無いと思うので」

「お願いします!」


 ここから其々の廊下を通じて会議室や食堂、医務室や道場などを場所案内し、時折出会う神子に挨拶を交わすなどをして交流を深めることができた。そして気がつけば夕日が沈むぐらいの時間になっていた。





「……ということです。父上」

「道理で唯吹が戻ってきていると思ったら、そういうことか」


 夜。神明神社近くの自宅にある和室。今日の出来事や経緯について総司に話した所、大きくため息を吐いた。


「当分の間ですが、よろしくお願いします。総司さん!」

「……あまりにも想定外だ。許可しよう」

「有難う御座います。父上」

「でもな、一つだけ言っておく。安全な居場所が見つかるまで、だからな」

「はい、分かっております」

「さぁ、色々とあって疲れただろう。今日はもう休め。オレは仕事に戻る」


 と告げた後に総司は正座の状態から立ち上がり、この部屋から立ち去ろうとしていたところを


「父上も朝からの業務で忙しかったと思います。たまには休んだらどうですか?」


 弥音からも総司の状況を見て気遣うも、彼は返す言葉何一つもなく後にした。


「総司さん、ボクのこと嫌っているのかな……」


 昨日の言動や今日の笑顔を見せない強面な様子などを見て、唯吹に対して避けているようにも思えたようだ。うつむいてしまう唯吹に対して、弥音は慰めようとする。


「大丈夫です。父上も仕事詰めでしたから、一段落すれば話分かってくれると思います。」

「うん……」

「(父上は不器用なまでに私を育ててくれたので、きっと唯吹も……)」


 発端は自分で、しかも突然だから戸惑っているだけであり、時間が経てばきっと関係も柔らかくなると信じる弥音にも少し表情に陰りを見せてしまうぐらいだった。




 寝静まった夜の時間。弥音の部屋で唯吹は今日の出来事も含めて頭を巡らせているせいか、眠れずに布団を包まって左右体の向きを変えながら強い眠気に襲われるのを待つ。だが、全然来ない。逆に覚めてしまいそうだ。

 悩んでいること、自分の親神が見つかるのか、その親神が見つかった後どうなるか、そして親神探しの聖地進入可能日以外どうするか。お古ながら寝間着をもらい、暫くここを住まわせてもらうことになった。何もせずに待つのも申し訳ない。出来ることはあるだろうか、日常知識だけがあっても経験や出来事の記憶のない自分に……。


「ボクはどうすれば……。確かこの家の生業は神社だったかな……」


 行動に移るかどうかは頭の片隅に置き、親神探しについて。

 万神殿案内の時に弥音から伝えられた、進入可能な聖地はギリシア神群、ヤマト神群、エジプト神群、クトゥルフ神群、北欧神群、中華神群とケルト神群の共用絶界(ケルト神群の一部区域や盟約結んでいる他の神群の聖地は現在進入不可能らしい)。これら回ってその世界を体験しつつ親神を探る内容。見つかればいいが、本当に見つかるのかという不安だけが漂う。


「見つからなかったらどうしよう……」


 様々な感情と思考が駆け巡る。でもその答えが見えず、そのまま視界が真っ暗になっていき、そして寝入ってしまった。



 ある夢……光景ではなく音が聞こえる。ぽつん、ぽつんという水滴の音が。この音は遠くから聞こえ、波動がこちらに伝わる。自分はどこに居るのだろう。告げられるものもなく、ただその中に漂うだけ。結局、これだけで何も進展は無かった。





 翌朝。体内時計をきっちりと定めている弥音が目を開けて身体を起き上がる。時計を確認して午前6時。確か予定表では今日は自分が門開け当番だったなと、寝ているはずの唯吹を起こさないようにと動こうとした。だが、床を見て気づく。


「あれ、唯吹?」


 敷布団の上に寝ていたはずの唯吹の姿が無かったのだ。しかも律儀に布団整っている(置き手紙は無い)。胸の中で嫌な予感が膨れ上がり、咄嗟にベッドから降りて寝間着から紅白の巫女装束に着替え、自宅から出て神社から唯吹を探る。神社には従業員専用の門があり、そこからくぐる。


「唯吹、どこですか! 唯吹!」


 声をかけても返事が無い。確認も含めて正門を確認。……普通なら閉まっているはずなのに開いていた。一体だれが開けたのだろうと思いながら後ろに振り返ると、箒を持つ紅白巫女装束の……唯吹の姿が。


「あ、弥音さん! おはようございます」

「おはようございま……ってここに居たのですか! どこかに行ったのかと……」

「まだこの土地のことを分かっていないのに、どこかに行くわけがないよ」


 と軽い笑いとともに弥音に歩み寄る。そこには深く悩んでいる様子もなく、余裕を見せているが真剣な面持ちをしているようにも思える。


「ボク、一つ決めたことがある。ここから離れるその時まで、呼び出しや特訓以外はこの神社の巫女さんとして手伝わせてください! 万神殿に居る時以外、じっとここで待つのボクは嫌だから」


 その決意の言葉を聞いて思わず目を見開く。だが、弥音も唯吹をどうするか考えていた身のためか、自分で考えて決めた結論を否定することはなかった。


「……神明神社は思った以上に厳しいですよ。それでもよろしいですね?」

「はい。承知の上で!」

「分かりました。そのことを父上に伝えておきます。改めてよろしくお願いします。唯吹」

「こちらこそ、よろしく! 弥音さん」


 決意の約束として微笑みながらお互いの右手で握手を交わしたときには、上がり始めの太陽が空が完全に青く染まるぐらいに明るくなっていた。


「それにしては、サイズが合っているとはいえ私の予備の巫女服を着るのは感心しませんけどね」

「うっ……」


 図星だった。

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