第2話:忘却の子


「グルルルルルルルル……」


 お昼前の住宅街。人食い狼がこちらに目線を向けて相手の出方を伺っている。現実世界では存在し得ない知性を持った化物の前に弥音は右手を上げて唯吹が前に出ないようにしてこちらも様子を伺う。


「この狼、怖い……」

「大丈夫です。唯吹、この時だけで構いません。私を信じてください」

「若人……女……喰ラエバ……力ヲ……」

「(この人食い狼、大勢の人間を食らって喋れるようになりましたか)」

「人間ヲ……血ヲ……ヨコセエエエエエエエエ!」


 先に人食い狼が走り出して襲い掛かってきた。距離から同方向に回避は不可と見て一旦二人の間を引き離して其々の外側の方向へ回避。すぐに弥音は切り替えを行い、飛び出して人食い狼の上に乗って身動きをとれなくしようとする。


「人間如キ……邪魔ダ!」


 普通の狼とは違い、強い力で振り払われてしまった。そして、人食い狼の牙は唯吹の方へ向けられる。強い危機感にピークを迎え、弥音の右手は無意識に御札一枚を出して対処しようと考えに至るぐらいに。その時、唯吹の首に掛けている勾玉から赤く強い光が灯された。突然の出来事に人食い狼も、弥音も一瞬目を見開いてしまう。


「この光は一体……」

「目ガアアアアアアア! グググ、グオオオオオオオオ!」


 眩しさに目が眩みそうになっても噛み付こうとするも、その直前で何故か右手に現れた短剣が人食い狼の牙を食い止めた。少し時間が経過して察する事ができる。赤い光から強い霊力反応があるということを。


「モシヤ貴様……神子アマデウスカ……!」

「アマ……デウス……? 何なの、それは?」

「唯吹、今君が持っている短剣を振り回して突き放してください!」

「え、は、はい!」


 あまり聞き慣れない言葉を聞いて疑問を感じつつも短剣を振り回し、危険と感じた人食い狼は離れて距離を作る。その隙を見て、弥音の右手に持つオレンジ色のお札を振りかざして冬仕様の私服から紺色と水色を中心の和装服に変わり、さらにはもう一枚のお札から槍を出して人食い狼の動きを止める。


「貴様モ、神子カ!」

「弥音さん、その姿は!」

「話は後です。唯吹は離れてください」

「う、うん。分かった」


 唯吹が駆け足で離れたところを確認し、弥音と人食い狼の一騎打ちにもつれ込む。ここでの一番の悩みどころは、ここの絶界にはインガの力は何一つも感じない。即ち、自分の持つ神の力を使用することができないのだ。苦い表情を浮かべながら脳内で次のことを考える。


「(かなり困った……。この時間で申し訳ないが、ここは神様の力を借りる……? でもこの程度の相手に使っても……)」

『(折角だし、ここで使っちゃえばいいのよ)』

「(え……!?)」

「神ノ子……喰ラエバ……グオオオオオ!」


 頭の中から神らしき声が聞こえたがゆっくり聞く暇もなく、今度は弥音に食らいついてきた。槍を上手く駆使して回避、受け止めながら詠唱を行う。少し遠く離れている唯吹からは何を詠唱しているか聞き取れない。


「グヌ……グヌヌヌヌ」

「日本神話太陽の主神、天照大神よ。我が身を依代に、その偉大な神霊を降りたまえ!」


 詠唱終えると同時に人食い狼との距離を作り、上空から降ってくる白い光の柱が弥音に降り注いだ。


「弥音さん!?」


 光が止むと、そこには寒色から黒と暖色の和装服に変わり、周りには赤いオーラが身に纏っている。未だに何もわからない唯吹でもこの絶大な力を感じられるぐらい。


「神子……力……グオオオオオ」


 全力疾走で弥音に向かってくる。その突進に対して槍の太刀打ちで受け止め


「君は私と遭遇したことが一番の運の尽きだと思います」


 と言葉を告げ、隙逃さず急所の位置に目掛けて人食い狼を槍で突き刺して一瞬大きな断末魔とともに消滅。暗かった空や空間も夜が明けるように明るくなっていく。一段落したと分かった唯吹は恐る恐る弥音に近づいてみる。


「あ、あのー……弥音、さん?」

『あら、その声は弥音が言っていた、唯吹ちゃんかしら?』

「はいぃ!? え、えっとー……弥音さん、じゃない?」

『えぇ、今表に出ているのはそうね。でも安心して、彼女の意識はちゃんとあるから』


 振り返ったのは確かに弥音だが、声や立ち居振る舞い方からして全くの別人。本人の意識はあると言われてある程度の安心はあっても、どう話せばいいのかわからないと声を震わせながら会話を続ける。


「そ、それじゃ……どなた様、ですか?」

『わたし? わたしはヤマト神群の主神、アマテラス。かなり偉いのよ!』


 右手を胸に当てて自己紹介をするアマテラス。本来の神の姿をした状態で胸を張っていたらさぞ神々しく、威圧を感じていたのだろう。ただ、唯吹と同じような背丈の女の子が胸に張ってドヤ顔しても神々しさが感じられなかった。小一時間の沈黙もあと、この沈黙の意味をアマテラスも気づいたようだ。


『……やっぱり黙ると思ったのよ。弥音は精神面の相性は良いのだけど身体の小ささだけがネックなのよねぇ』

「(身体小さくて悪かったですね、アマテラス様!)」


 精神世界の中にいる宿主から鋭いツッコミを受けつつ


『まぁ、無事だったら何よりよ。あなたにとって聞きたいことは山ほどあるだろうけど、詳しいことは弥音に聞きなさい。わたしはもう眠くて眠くて』

「は、はい分かりました」

『それじゃ、わたしは失礼するね。またどこかで会えたら……』


 と言って再び光の柱が弥音に降り注ぎ、今度は元の寒色の和装服に戻り、さらにお札一枚振りかざして元の私服へと戻った。


「はぁー……、眠たかった」

「だ、大丈夫?」

「はい。傷一つありません。唯吹も怪我無くてよかったです」

「あの、弥音さん?」

「……聞きたいことは分かっています。神子のことですよね?」

「まだ状況は把握仕切れないけど……はい」

「詳しいことはここで話さず、ある場所を案内します。……と言っているうちに戻ってきましたね」


 朝から親探しのために協力してくれた八咫烏が上空から帰ってきたようだ。写真を手渡して弥音の右肩の上に乗る。八咫烏の口からため息を吐いているようだが。


「お疲れ様です。この様子だと……情報は全く無さそうですね」


 と左手から携帯電話を取り出して着信履歴を見て確認。調査開始の時間はおろか午前中に届いた連絡先一件も無かった。


「さて、八咫烏喋ってもいいですよ」

「え、もしかして主が神子であることバレた?」

「それもあるのですが、彼女が神子でしたので」

「か……カラスが喋った……!」

「ん~? 自己紹介忘れていたな。私は主の使い魔の八咫烏っていうんだ。改めて以後よろしくな!」

「よ、よろしく……」


 聞きたいことが増えて、ますます現実味が失っているような気がしてきた。驚きと戸惑いを隠しきれず、今でも他に何があるのか左右見ている状況だ。


「そろそろ行きましょうか」

「(あ、もうないのね)」


 とこれ以上何も起こらないとホッと一息している様子を見て弥音は少し頭を傾げる。


「どうしたのですか?」

「あ、いえ、何でもないよ」

「そうですか。では、行きますか」


 行く途中だった道を引き返して、再び神明神社付近の商店街へ。その一つの店に足を止める。看板には『コーヒショップカカオ 神明神社前店』と書かれている。案内する場所はここなのだろうか……と疑問点が出てしまう唯吹だが、弥音はそのままドアを開ける。店内は至って普通の喫茶店のようにも思える。


「お、いらっしゃい。今日はお供と一緒か?」

「こんにちは、玄氏さん。あれ、もう一人に居るのはもしかして?」

「こんにちは、弥音さん」

「華琳がここに居るなんて、珍しいですね」


 カカオの店内に居たのは右目が深い傷で開かないのが特徴的なカフェコートを身にまとったマスターだけでなく、カウンターには一人の少女が座っていた。茶色の髪セミロングでまとめ髪をしており、服装もあたたかそうなセーターを身に纏っていて大人しそうだ。


「ちょっとカカオで用があって。おや、弥音さんの後ろにいるのはどなた様?」

「この子に関して用がありましてね。ここで紹介しておきましょうか」

「ボクが天笠木唯吹と申します。よろしく!」

「よろしく、唯吹さん。私は樫森かしもり 華琳かりん。それじゃ、そろそろ失礼するね」

「おや、華琳いいのですか?」

「見ている限り……あっち系の話だろうから、ね?」


 と少し遠慮しがちな様子のままで華琳はカカオを後にしていった。ここまでの流れで唯吹はじっと華琳が店から出ていく様子を見ていたが、どこか心の底でひっかかるような感覚を覚えていたのだ。静まり返った店内で二人はカウンターに座り(八咫烏もテーブルの上に立つ)、手元には水が三つ置かれる。


「なんか華琳には申し訳ないような気がします……」

「気負いするんでない。丁度用事を終えたのだからな。それで、弥音からの用は?」

「はい。唯吹のために神子についての詳しい話と、親神判定をお願いしたくて来ました」

「なるほど。長い話になるから用意しておこう。自己紹介忘れていたな。我の名前は熊内くもち 玄氏げんじ。カカオのマスターをやっている。以後お見知りおきを」

「よろしくお願いします、玄氏さん」

「ふむ、よろしく。我が用意している間、弥音は神子について説明してやってくれ」

「分かりました」


 そう弥音に頼んだ後、玄氏はそのままキッチンへ向かっていた。八咫烏がコップに入っている水をくちばしで飲んでいる間、唯吹はやっと本題に入れると思い、口に出す。


「弥音さん、神子について教えてください。それだけでなく、あの空間や化物のことも」

「はい。神子について話す前に、『神』について説明しますね」

「神……?」


 少し話が長く事を覚悟して、一度深呼吸をした後に語り始める。


「『神』、国によっては『デウス』。この世界を作り上げた『原初の作り手たちクリエーター』とも呼ばれています。様々な民族や文化を作り上げた神々はすべての命運を人に委ねることを取り決めた後、別次元へ移動して『神話生物』となって情報生命体として存在するようになります。物語の中に生きる神々ですが、現世……この世界に直接干渉ができないという難点も存在します。なので、この現世に散らばる『神子アマデウス』を通じて、人に委ねた神々を是としない神や怪物が引き起こす世界の混乱を止めようとしているわけです」

「これが神子の始まり、なんだね」


「はい。神子とはイコル、即ち『神の血』を持つ人間のことを言います。とはいえ、動物や物質も多くいるので人間と割り切るのもアレですが……。普通の人間とは違い、個人や分野によって大差ありますが神々の世界と知識を夢や他の手段を持って見る能力を持っており、神々から受け継いだ血の力『恩恵ギフト』を操ることも出来ます。これも人にもよりますが、生まれて最初から神子として覚醒している人も居れば、結局覚醒せずに人間として生を閉じる人も存在します」

「へぇ~。もしかして、だけど近くにいる八咫烏もそのギフトによってできたもの?」

「そうだぜ~。主が神子としての成長段階によっては制限ありでこの世界でも飛び回ることもできるからな!」

「すっご~い。ボクもできるかな?」

「私の場合は特殊な召喚手段ですからね。色々と応用やると出来るかもしれません」

「あと一つ、気になっている話が……」

「何でしょう?」


「弥音さんが語っている内容で間違って無ければ、神様って今は情報生命体。ということは実態持ってないのよね?」

「はい。特殊な空間ではない限りは本人の物理的な肉体は持っていませんね」

「どうやって神子を生み出すの?」

「実は私も詳しいことはよく分かりません。分かる範囲で話すとしたら、神の血は、神々が持つ物語の断片のようなもの、であること。もう一つは多くの場合は心を通わせた相手の夢に現れ、そこで結ばれて子をなす。神によっては自分の見込んだ人物に神の血を授けることもあるようです」


「神とその人物かぁ……。ということは、弥音さんは誰の子なの?」

「私ですか? 私はヤマト神群の主神、天照大神……神子の間ではアマテラス様と言ったほうがわかりやすいですかね。その太陽神の子です」

「アマテラス様って……先程のあの神様が弥音さんの親の神!?」

「お恥ずかしながら。あ、戻ってきたようですね」


 キッチンから玄氏が持ってきたのは三角形のサンドイッチがいくつか並べられた少し大きめのお皿。そのお皿を弥音と唯吹の間に置かれた。


「おまたせした。ミックスサンドだ。飲み物、弥音はいつもので出すが、唯吹の嬢ちゃんはどうする?」

「え、ボク? ていうかいいの?」

「サービスだ。右も左も分からず、行路知らずの神子に銭はもらえねぇ」

「ありがとう……ございます。それじゃ……リンゴジュースください」


 お言葉に甘えることにした唯吹はメニュー表と少しの間にらめっこした後に決めたようだ。飲み物が出るまでの間、本題に戻る。


「神子のことを知っているってことは、玄氏さんも?」

「はい、神子ですね。玄氏さんはヤマト神群の言霊と願いと沈黙の神、ヒトコトヌシ様の子です。注文などは普通ですが、それ以外はほとんど沈黙か一言で済んでしまいます」

「本当に沈黙しているね。あ、店に入ってきた時にいた華琳さんも知っているような素振り見せていたけど、彼女も?」

「あー……。半分ぐらい合っているようで違うのですよね。今ここで話しても整理つかないと思うので、追々話すことにします」

「はーい……。一体何だろう」


 ここの会話に関して沈黙を続けながらカウンターで飲み物を作っていた玄氏が顔を上げ、ティー用のコップは弥音にジュース用のコップは唯吹の近くに置かれた。


「はい。抹茶ラテとアップルジュースだ」

「ありがとうございます。玄氏さんが出してくれる抹茶ラテ、とても好みです」

「総司と弥音のために出したものだからな。本題続けてくれ」


 数分前よりも彩り取りとなったテーブルの上でサンドイッチを食べて飲み物を飲みながら本題を続ける。


「次は隣町に行く前に現れた怪物と、それを関連として出現した空間に関してお話します。

 あの人食い狼である怪物は神話生物の一種であり物語の一部です。その一部が何らかの原因で魔物となり、対象に憑依することがあるのです。最初こそ小規模のものですが、物品を壊し、被害者が出る度に力を増し、最終的には一部区域が物語の舞台となってしまいます。このような災害を『神話災害クラーデ』と呼びます。その災害の舞台となった区域が『絶界アイランド』として覆われてしまい、一般人から認識されなくなります」

「だから道理で空間が暗くなったのも……」

「はい。絶界の影響です。私達が隣町に行くことが無ければ今頃、一般人が気づかない間に被害は広まっていたと思います」

「そうだったのか……。ここで質問だけど、それまでに被害を受けた人ってどうなる? 例えば、人が死んだ場合とか」

「……その場合は戻っては来ません。神話災害起きる前に被害を受けた人は辻褄合わせされるでしょうし、絶界内で死亡した場合は一般人の間ではその人の存在自体が最初から無かったことにされるようです」


「そ、そんな……。なんかごめん。暗い話をして」

「知らないよりも知ったほうが、今後のためにもなると思います。絶界内でも力が蓄積し、怪物が持つ特殊な力『絶望の闇』が膨らんでいきます。その絶望の闇の濃度が最大限に達した場合、その絶界は完全に現世から孤立した一つの世界として作り出されます。それが『魔界』と呼ばれるものです。ここまで行けばその土地に関する物語はすべて失ってしまうわけです。存在自体ないものに等しいと言ってもいいでしょう」

「そうならないためにも、神子は戦っているのか……」

「はい。魔界になった土地を奪還させるのも神子の使命の一つですから。絶界でも悪いものばかりではなく、人を委ねた神々たちが住まう『聖域』も存在するとだけ言っておきます。他にも話すことは沢山ありますが、追々必要になった時に話しますね」

「教えてくれてありがとう。でもまだあるなんて……」

「やっていくうちに覚えるのが一番ですよ。何よりも、君の親神が…………」


 という所で弥音の口が止まる。重大なことを思い出したような顔持ちのようだが。


「唯吹の親神、自分ではわかりますか?」

「親神?」

「例えば、夢に出てくるとか、今でも自分にしか聞こえない神の声が聞こえるなどもあります。親神の分かる神子は鮮明に聞こえるので分かるはずなのですが」

「……夢にも出てきていないし、全く聞こえないよ。でも分かるのはさっき出てきた短剣の存在と……首にかけている赤い勾玉だけ……」


 顔を俯きながら、右手で赤い勾玉を握り、眺める。人食い狼に襲われた時に発した勾玉の光からはヤマト神群らしき霊力があると弥音は感じることができたが、その神群の霊力やギフトを持っているからといって親神がそうではない可能性も十分にあるのだ。唯吹から語る事情を聞いて考えた後、次の一手を打って出る。


「なるほど……。玄氏さん。ここは親神判定をお願いしていいですか?」

「了解」

「親神判定?」

「はい。玄氏さんは高い特殊な霊力を持っている故、その力を使えば相手の親神を調べることが出来ます。これが出来るのは世界でほんの数人と言われているのですよ」

「へぇ~、それじゃお願いします!」

「姿勢を正しくし、玄氏さんとの視線をあわせるだけで大丈夫です」


 姿勢、姿勢……と背筋を伸ばし、椅子を玄氏側に向けてじーっと見つめる。玄氏も唯吹に視線を合わせてお札一枚取り出す。


「親神判定、参る」


 詠唱が開始し、一部区域が結界として張られる。対象者である唯吹の周りに霊気が纏われる。内心不安が募っていく彼女だが、少しながら我慢していくと、すぐに終わったようだ。結界も解除されていつもの店内に戻る。


「判定終了」

「結果は、どうなりました?」

「判別不能。赤い勾玉からヤマト神群らしき霊力を纏っていたが、嬢ちゃんからは判別ができない。まさしく、『忘却の子』だ」

「忘却の子?」


 再び聞き慣れない言葉を聞いて頭を傾げる唯吹、弥音も今までの話を聞いて察したようで、すぐに説明してくれた。


「忘却の子は簡単に言うと『親の分からない存在』のことを言います。何かの理由で唯吹から親神に関する物語……記憶を失っているので本来の親神の力を貸せない状態になっているのです。多分覚えていない記憶の中に、親神のことも含んでいるのかもしれません」

「……ということは、私の親は神様で、どこかにいるってこと?」

「そうですね。次に行く場所も決まりました」

「え、次はどこへ?」


 飲み物をすべて飲み終え、お皿にあるサンドイッチもすべて食べ終えたところで八咫烏は弥音の右肩の上に乗る。


「ご馳走様です、玄氏さん。最後に追加注文。ヤマタノオロチを酔わせたとされるヤマト神群の酒、『八塩折之酒』を2つお願いします」

「え、お酒!」

「了解。椅子をしっかり掴めよ」

「え、お酒!? てか椅子って?」


 突然過ぎる次の行動に唯吹は動揺を隠しきれずあたふたとしている。そんな唯吹の状況も知らず、玄氏は一つのボタンを用意した。


「今回は椅子移動みたいですね。次に案内するのは、悪魔や怪物などが発生した神話災害に立ち向かうべく結成した、神とその神子たちの組織『万神殿パンテオン』です」

「パンテオン……って……うわあああああ!!!」


 詳しく聞く暇もなく、微弱ながらの振動と同時に椅子が急降下していった。思わず発した唯吹の叫び声とともに。

 数分後、急落下した椅子は新しい椅子として元の位置に戻って静寂のカカオに戻る。


「……そろそろお昼時だ」


 ドアから鈴の音が鳴り響き、「いらっしゃい」といつもの様子で客を出迎えた。 

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