天笠木唯吹編
第1話:記憶無き少女
元旦という今年最初の大イベントが終わり、一週間以上経過していた。冬の気候もなお濃くなっていき、外では昼間でも上着一枚以上着込まないと出歩けないぐらいだ。夕方から夜に変わる時間帯なら尚の事。
とある中高一貫校から出て、友人たちと別れた帰り道。黒色コート越しのブレザー制服を着た青色混じりの黒の短髪、蒼眼の少女が寒そうにしながら歩いていた。名前は
「父上、今頃心配しているのでしょうか……」
河辺家の規則を気にし始めると足取りも早くなり、早足で家路へ向かう。そして、自宅近くにある『
「そこにいるのは……大丈夫ですか!?」
思わず肩に掛けている学生バッグを下ろし、少女に駆け寄る。服装からして紫色のジャケットを着た制服のようで、背や顔つきからも自分に近い年頃の女の子と思われる。どういう状況でここに居るのかは想定できないがこのまま放置すれば凍え死んでしまう。
一人では運べないと分かり、誰か居ないのかと辺りを見回してみる。少し経ったタイミングで、拝殿から紅白の巫女装束を身に纏った長身の白髪の女性が箒を持って出て来る姿を目撃する。少し距離は遠いと見て、力を振り絞って声をかける。
「フォンヒルド! 聞こえていますか!」
「……その声は、弥音様ですか。って、どうしたのですか!?」
「人が倒れています。自宅の和室まで一緒に運んでくれませんか」
「分かりました。お手伝いします!」
手遅れの状況になることもなく、弥音とフォンヒルドの二人掛かりで少女を自宅の和室まで運ぶことが出来た。
「……と言うことです。父上」
「なるほど。どんな状況で一人の少女が倒れているのか想像できないが、一応様子見といった感じになりそうだ……」
日も沈みきり、夜になった応接用の和室にて布団で眠っている少女一人と、囲んでいる弥音とフォンヒルドと弥音の父、
青と白の神主服を着た彼は少女を見ながら考える。身につけていたもの……制服らしき服装と、首にかけていた赤い勾玉。それ以外の金品等は所持していない。手がかりらしきものもまったくなく、厳しそうな表情しながらため息吐く。
「旅行目的でもなさそうですし……。弥音様の学校では見覚えありますか?」
「全く見覚えありませんね。そもそもブラウスやスカートの色が違う時点で別の中校か高校の可能性もあります」
弥音が通っている学校のブレザーに関して、ブラウスは白でジャケットとスカートは紺色。少女が着ている制服らしき服のブラウスが黒で、スカートが青、ジャケットが紫の時点で別物であるとすぐに判別できたようだ。
徹底的証拠が無い中考察などで議論し、やはり本人に聞くしか無いと結論づけようとしていた。
「うぅ……んっ……」
三人が話しているうちに少女が目を開けてあたりを見ていたようだ。その様子を弥音が気付いて少女に目線を向ける。まだぼやけているようにも見えるが。
「あ、気が付きましたね」
「えーっと……。こ、ここは……?」
「私の家です。君は神社で倒れていたところを助けたのですよ。自分のことわかりますか?」
「えー……ボク、ホクは……」
と考えながら、少女は起き上がる。今の状況を把握出来てなさそうと見て、弥音は質問を変えてみた。
「それじゃ、自分の名前分かりますか?」
「名前なら……分かる! ボクは
「唯吹というのですね。相手の名前を知った以上、こちらからも名前を伝えないといけないですね。河辺 弥音といいます」
「弥音……ちゃん? さん?」
どう呼べばいいのか分からず弥音をじーっと見ている。見られている弥音は困惑の色を隠しつつ会話を続ける。
「自分が呼びやすいので、いいですよ?」
「それじゃー……弥音さんで!」
「分かりました。よろしくお願いします。白髪の女性が
「よろしくお願い致します、唯吹さん。『フォン』と呼んでも構いません」
「フォンさん、よろしくお願いします。そして、見た目堅苦しそうな人は?」
と目線は総司に向けられる。
「彼は私の父でこの『神明神社』の神主、河辺家現代当主の河辺 総司です」
「総司……さん」
引き続き総司に目線を向けている。どういう理由で見つめられているのか分からない総司はただ無言でいるわけにもいかず、仕方なく口を開いた。
「中年オヤジのオレを見ても、何も面白みは無いぞ」
「ごめんなさい。よろしくお願いします、総司さん」
「あぁ、よろしく。唯吹」
「あ、そういえば、勾玉……。ボクの勾玉は?」
自分の首周りや身の回りを確認して、今着ている服が浴衣で、手元に赤い勾玉が無いことに気づく。少しオロオロとした様子で探っているようだ。
「勾玉って、これですか?」
服装とは別に弥音のポケットから赤い勾玉を取り出し、差し出してみるとすぐにトリリ上げられた。両手で握って安堵の表情を浮かべているようだ。
「大切なものでしたか」
唯吹はただ頷くだけ。一時の静寂の中で、小さな音が腹の虫のような声が聞こえてくる。最初こそどこから聞こえたのか分からなかったが、時間経つことにその音が大きくなっていき、流石の音の主も気づいてしまった。
「唯吹?」
「あ、え、えーっと……ごめんなさい」
「仕方ないです。もうこの時間ですし」
時計から見ても午後7時直前。ここまでの一連の出来事を見た総司は静かに立ち上がり
「弥音。唯吹を今日泊めてやれ。家に関してはすべてお前に任せる」
「え、父上!?」
「そして明日の神社の仕事を休んで、彼女の保護者探しに協力しなさい。もし見つからなかったら警察に預ければ良い」
「分かりました。でも警察に預けるまでは……」
「オレは社務所に戻って引き続き仕事してくる」
と外部からの介入する暇も無く告げて和室を後にした。
「わたくしもそろそろ失礼しますね。夜遅くまで付き合えないのが残念です」
「いえいえ、フォンヒルドも協力に感謝します」
「また明日、お願いします」
フォンヒルドも和室を後にしていった。静まり返った部屋の中で少しばかりの沈黙。ただ、やはり唯吹から出る腹の虫が完全な無音まで至ることは無かった。
「唯吹、立てますか?」
「は、はい」
「君に聞きたいことが沢山ありますが、空腹では何も話す気力も無いはずです。夕飯にしましょうか」
「いいの? ……ありがとうございます!」
和室から居間の部屋を移動し、弥音がキッチンで夕食の用意をしている間唯吹は壁に飾ってある掲示物や写真等で興味津々に眺めていた。土産物や今年の干支の置物、思い出の写真等飽きさせないものばかり。
「へぇ~。写真にある弥音さんの友人? 見るからに楽しそう。あ、これはもしかして総司さんの若い頃の写真?」
「はい。でも父上は昔のこと全く話してくれなくて」
「自分の子なら話せそうなのにね」
「父上のことです。さて、出来たので持ってきますね。冷蔵庫に有り余ったものでしかありませんがよければ」
キッチンから持ってきたのは、お盆の上にご飯と味噌汁をはじめとした豚の生姜焼きといくつか小鉢で構成された和食定食。二人分用意して座卓の向かい合わせの位置に置かれる。料理から漂う匂いで空きっ腹がさらに増幅していく。
「ボクのために、ありがとうございます! わぁ……おいしそう。弥音さんが作ったのですか」
「はい。自炊を心がけているので。和食には自信あります」
「楽しみ。いっただきま~す!」
二人ながら食事をとることにしたが、唯吹は思った以上に空腹だったのか食が早く進み、お茶碗にあるご飯も二回もおかわりするぐらい。少し驚きを隠せない弥音だったが、暫くしてお互い全て平らげた。
「おいしかった! ごちそうさまでした」
「お粗末さまです。さて、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「うん。覚えている範囲、なら」
食器を片付け終え、座卓には緑茶が入った湯呑みを飲みながら本題に入る。今度は静寂さが保っており、弥音の目や表情からは真剣そのもの。
「唯吹はどこから来たのですか? あの制服らしき服装からして、この町の住民ではなさそうですが」
「実のところ、分からない。生まれも、育ちも」
「それじゃ、親も分からないというのですか?」
「……全く持って。探してくれると言っているので、分かればいいのだけど……」
嫌な予感がしてきた。ここで重大な質問を投げることにした。
「もしかして、気を失う前の出来事、覚えていませんか?」
「覚えていない。この神社で倒れるのは覚えていたのですが、それ以前は……。ごめん。覚えている限りといってもほとんど覚えてないや」
「多少察しましたが、そういうことでしたか……。でも、会話に関しては不自由さが全くないですし、ある程度の知識も保有していると見ます。出来事の記憶が無いとはいえ、勾玉だけは大切な物な点については……」
「この勾玉が無いと不安になるというか何というか。手放したくない理由が自分にもよく分からなくて」
勾玉を手にすることによって潜在的な精神面の安定に図ることができるのだろう。見た目からしても装飾品以外何物でもないと分かり、これ以上詮索するのをやめた。気がつけばお互い持っている湯呑みも中のお茶がなくなっている。
「ごめんなさい。私ばかり質問攻めしてしまいまして」
「神社で倒れていたって時点で怪しいから仕方ないよ。あ、それじゃボクから質問一ついい?」
「はい。なんでも聞いてください」
「弥音さんは何の人かなって。神社近くに住んでいて、河辺家とか何やらよく分からなくて。ボクも、弥音さんのこともっと知りたいの!」
この個人に対する興味の目線が慣れない弥音にとってはあまりにも大きく、内心嬉しさを噛み締めてしまうぐらいだ。普通な調子ぶるところだが、弥音の性格上無意識に感情を抑えていつも通りに振る舞う。
「知りたいのであれば答えない理由は無いですね。
私は中学三年の女子中学生ですが、実は天照大神が祭神として祀られている『神明神社』の巫女をやっているのです。同時に河辺家の跡取り娘でもありますけどね」
「へぇ~。ということはすごい人だ!」
「え、す、すごい……ですか。言われると思いませんでした」
今まで自分の居る立場の大きさに自覚が無かったため照れ隠しの表情に。会話を続けていると、午後9時を知らせる鳩の音が響き渡る。
「夕食と食後の会話でこの時間……。風呂の用意は出来ているので、入ってから寝支度にしましょう。これから寝室……私の自室を案内しますね」
「そ、そこまでしてくれるの!?」
「荒いもてなし方をして体調崩されると困りますからね。何よりも、親探しに引き受けられた以上、最後までやっていきたい所存です」
「わぁ……。本当に弥音さんは……本当に巫女様みたい!」
「家業として巫女やっているのですけどね。でも、有難く受け取ります。さて、そろそろいきましょうか」
そして、風呂に入ったあと寝支度をし、寝入る頃には一時間後の午後10時過ぎていたのであった。
ある夢の光景を見る。真っ暗に染まった空の下と、ある住宅街の中。男性一人が何者から逃げるように疾走する。追いかけるものを足止めしようという思考など持ち合わせもなく、死に対する恐怖が心身ともに侵食されていたのだから。とにかく逃げたい、逃げ切りたい、誰かがいるならそれを盾にしてでも回避したい。そればかりが思考として回っていく。
「た、だれかぁ!!! 助けてくれぇ!!」
何も考えず必死の思いで走ったのも虚しく、行き止まりの塀にたどり着いてしまった。後ろに振り向くと化物の影。視線は男性にだけ向けられている。
「ま、待ってくれ!! ま、まだ死にたくない! 死にたくねぇ!!!」
大きな声を上げて立ち去るよう促すも、その化物は聞く耳を全く持たない。少しの間睨みを付けた後、男性を襲いかかって乗り出す。
「や、やめろ……やめ……うわあああああああああ!!!」
この断末魔はこの町に響き渡ったが、聞く人は誰一人も居なかった。
「はっ! …………夢」
パッと唯吹は目を見開く。恐怖に飲まれ、今でも気持ち悪くなりそうな夢を見たような気分だ。まだ朦朧とした視界が徐々に鮮明に変わっていく。その時に黒い物体が自分に見つめられていることに気づいた。
「……え? うわっ!」
物体の正体がカラスだと分かり尚驚く。思わず寝転んだ状態で飛び起きたが、頭がベッドの板に当たって悶絶する。弥音は普通にベッドで、唯吹が敷布団で眠っていたことを思い出してやっと目が覚めた。弥音はすでに起きているらしく、タンスの中から服を取り出して私服に着替えている途中だ。
「おはようございます。大丈夫ですか? 唯吹」
「お、おはよう……。って弥音さん、あそこにいるカラスは何なの?」
「言い忘れていましたね。この神明神社にはカラスがシンボルマークでしてね。このカラスは私が飼っています。名前は『
「八咫烏って言うんだね。でも少し不機嫌そう」
唯吹が言ったとおり、彼女を見つめる八咫烏は少々眠たそうにしているようにも伺える。
「朝早くから呼び出されたのです。少し経てばいつもの調子に戻るはずです」
「(大丈夫なのかな……)」
「さて。服は布団の横に置いたので、着替え終えたら居間に来てください。私はその間に朝食の準備をしてきます。あ、八咫烏は唯吹のお守りお願いします」
「う、うん……」
先に私服に着替えた弥音は部屋から出ていき、空いたタンスの上に八咫烏がついて再び唯吹に見つめる。少し不安が混じってしまったが、弥音から強い信頼をもらっているペットなら大丈夫かな……と思いながら服を持って立ち上がる。時計を確認すると、既に午前7時回っていたようだ。
「あのー……。着替えている間、見ないでね?」
当の八咫烏は大きなあくびをした後自分の羽根をいじり始めた。見ないという合図なのだろうか。今のうちに、と浴衣から昨日着ていて洗ってもらった制服らしき服装に着替える。服と髪を整え、最後に勾玉をつけて完了。ジャケットに関しては寒いが外出時でいいだろうという認識で居間に持っていくことにして向かうことにした。
居間に着き、確認事を終えて朝食を取り、その後に片付けて自宅を後にした。総司に関しては、弥音曰く今日は門開け当番な上に正月開けも仕事があるため先に出てしまった模様。
神社に出た後、弥音は唯吹の上半身が映し出された一枚の写真を取り出す。これは着替え終えて居間に訪れた際、撮った写真をすぐにプリントされる小型カメラ『チェキ』によって撮られたものだ。
「弥音さん、その写真を使ってどうするの?」
「八咫烏の手を借りて、遠距離からでも情報収集できるようにするものです。裏にマジックで『この写真に写る子の親を探しています。見覚えありましたら下記の電話番号にご連絡ください』と記載して、後は器用に写真を持たせるだけです。今日の風は強くないので大丈夫と思います」
「へぇ~。こうして見ると探偵さんのように思えちゃうね」
「折角の人探しですからね。八咫烏、お願いします」
記入完了後、八咫烏に写真を手渡して遠くまで飛んでいった。情報が入ってくると祈りつつ。
「さて。こちらは直接聞きまわることにしますか」
「はい!」
観光客が多く訪れる神社近くに隣接する商店街や、住民が多く歩いている付近の住宅街等など。一人ひとり唯吹の情報を聞き出そうとしていたが、誰一人その情報を持ち合わせた者は居なかった。公園のベンチで休憩しながら情報を整理……と言いたいが、整理するほど収集した情報は持ち合わせておらず、ただ休憩するだけの状態。
「困りましたね。この時間になってくると人の通りも少なくなってくるのに……」
「誰もボクの情報は持っていない。本当何なのだろう」
「うつむいてマイナス思考になっても仕方ないです。電車一駅となりの町まで行ってみましょう。あそこも地域密着型の商店街があるので情報収集できるはずです」
「えー、また歩くの?」
「調査は歩きが大事ですからね」
少しながらの休憩も終えて、隣町まで歩くことにした。神社付近とは違い、そこには観光客の存在はあまりなく、ほとんど町の住民ばかり。特に朝と昼の境目の時間では住宅街も人気が全くなくなっていく。さすがに不安が隠しきれないようだ。
「隣町に向かって、大丈夫?」
「大丈夫、だと私はおもって……」
余裕をもって返事をしようとした弥音だったが、強い気配を感じて歩く足を止める。一瞬にして空や空間一帯が暗くなったのだ。
「……あれ、どうしたの!?」
「空が急に暗く(まさか、これは)」
しかも遠くから犬とは思えない獣の唸り声。二人が目線を向けると、ところどころ血か付着しており、口から物欲しそうによだれを垂らした……狼の姿が。この狼の姿を見て、唯吹はあることを思い出したようだ。
「あ、この狼、昨夜の夢に出てきた! 正夢だったの……」
「夢で、ですか!? この人に対して狙う様子……人食い狼ですか」
そして弥音は今自分たちがいる状況を把握する。ここはあの人食い狼が作り出した〈
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