乙乃章 参節 譚之廿一

「うむ、概ねその通りだな」

「ますます許せんな阿僧祇め。俺のような無垢な心を持った人間を騙すなどもっての外。なんとか懲らしめる方法はないものなのですか」

「無垢? 無知の間違いじゃないの? 特に須多爾に限って言えば」

「なにを。人をばかにするのもいい加減にしろよ!」

「悪かったわよ。ほどほどにしとくわよ」


「鵜師、もうひとつ、お訊きしてよろしいでしょうか」

 仁帆里が、打って変わってかなり思いつめた表情で鵜師の顔を見据えて言った。

「失礼な物言いになりますが、王立劇団の一教官である鵜師が、どうしてそこまでのことをご存じなのでしょうか。もしや、先ほどの襲撃とも関係があるのでしょうか」

 仁帆里の問いに、鵜師は少し居住まいをただした。しばらくしてから諭すような物言いで答えた。

「卯差琥栖儀に影の様に着き従い、彼女のとなり、彼女のあしとなった。そして、彼女の瞳となって、この国を駆け巡っていた。わたしは由解違の統理だった」

「え? ええっ!」

 仁帆里の目が、まん丸くなった。

「しかし、それよりも、まずは良き友人だった、な」

 穏やかな瞳で何かを思い出すように鵜師がつぶやいた。

「うむ、わたしはな、実は濤なのだ。陛下は鍛冶方かじかただったが、わたしは舞曲方ぶきょくがたの出でな。舞曲方というのは戦にはあまり関わりがないが、武運祈念などを執り仕切る、族では一種特殊な家門なのだ。武門の人間からは、武功を立てん、といっていわれのない中傷やさげすみを受けることもないではなかったが、わたしたちはそのことに誰よりも誇りを持っていたのだ。まあ、そんなことは良いか」

「では、国祖様をご存じだったと?」

「そうだな、ご存じも何も、大廈いえが隣同士だったから、な。まあ、幼馴染、というやつだ」

 国祖様のかつての隣人、というか幼馴染。

 須多爾と仁帆里にとっては、いかにしても図り知ることのできない、文字通り雲の上の様な事をこともなげに話す師を、しばらく呆然と眺めていた。

 

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