乙乃章 参節 譚之十九

「禁軍、て」

「禁衛府、王直属の軍隊のことだ」

「あなた、ほんっとに何にも知らないのねえ」

 ずうっと黙って話を聞いていた仁帆里が、口を開いた。

「むー、ほっとけー」

「しょうがないわね、まったく。でも鵜師、なぜ今上帝は弑殺されたのですか」

「うむ、理由は大きく二つある。ひとつ目は帝がいよいよ邪魔になったということだな。阿僧祇が必要としたのは本当の意味での木偶だった。意のままに動く傀儡くぐつだった。しかし、やがて帝はやがて意思を持った。故に邪魔になった」

「そ、そんな。ありえない。ありえないわ、そんなの」

「うむ、あえてかすかに残していた卯差王統の陰影をも、もはや利用する必要がなくなったということ、でもあるのだろうな」

「二つ、ということは、もう一つは何ですか」

「国王弑殺は、すべての反政府主義者、というよりは阿僧祇に弓を弾くものに対して弾圧を行うための口実に利用されたのだ。少しでも不審な者に対しては取り調べや家宅捜索を行ない、根絶やそうとしているのだ。卯差氏の国を完璧な支配下に置くためには総仕上げというわけだ。そのための阿僧祇のでっち上げ、だな。奴らにとっては一石二鳥だ」

「は? え? どう、いうこと、でしょうか。よく、わかりませんが」

 須多爾は、意味不明、といった表情で鵜師に問いただした。

「うむ、自分たちで弑殺しておいて、その罪を不穏分子のせいにして、その弾圧のためにという名目で、阿僧祇に仇名すものを一網打尽にしようとしている、ということだ」

「え、そういうことなんですか! くそうっ! 絶対に許せない」

 須多爾は、その憤りを吐き出すように、拳を思い切り病室の壁に叩き付けた。

「要するに建国慶賀の式典は、阿僧祇の計画達成のための最高のお膳立てだったという訳なのですね」

「そういうことだ。卯差氏の内部に深く入り込んでいるにも関わらずあえて阿僧祇の影響を感じさせないような式次第にしたのも今後のことを考えてのことなのだろうな」

「え? どういうことですか。よく分からないんですけど。圧倒的な支配力を卯差氏臣民に思い知らせるのならば随所に阿僧祇の流儀を押しつけていった方が効果的なのではないでしょうか」

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