乙乃章 参節 譚之十八

「うむ。復申ほうこくを受けるたび国祖様の顔は曇っていった。そこで各部族長に直接会い阿僧祇に抗する勢力を改めて結集しようとしたのだ」

「その途上で、弑殺された、と」

「うむ、結果的にはそうなった。中途までは、阿僧祇も国祖様の威光を最大限に利用した。その方が臣民を御しやすいからな。ところが、阿僧祇の思惑に対して、智慧を得た国祖様はことごと御璽ぎょじを拒むようになった」

「御璽、とはなんですか」

「うむ、国王の承認印、だ。いかに勅書であっても御璽がなければ、何事も発動しない」

「つまり、阿僧祇がその支配力をさらに強固にするために、邪魔になった、と」

「うむ、もう木偶でくは自分たちが使いやすい物の方が良かったのだろうな」

「木偶、とは!」

「我国祖も、阿僧祇にとっては、それほどのものでしかなかったのだ」

「鵜師、もしや、今回のこのことも」

「うむ、そういうことのようだな」

「そ、んな。だって、深丞しんじょう帝は阿僧祇出身ではないですか」

「うむ、出自がその人となりすべてを決定づけるわけではない、のだ」

「ですが」

「うむ、先ほども話したろう、軍の動きが早すぎる」

「ですが」

 須多爾は、納得できないという面持ちで、喰い下がろうとした。

「しかも、とたんに戦車が街に出動するなど、出来すぎたはなしだとは思わないか」

「そう、ですが」

「うむ、戒厳令が発布された時には、もう戦車が辻に配置完了していたのだぞ」

「はい、どうなるのかと思って、仁帆里と一緒に窓の外をずうっと見てましたから」

「しかもな、縷々香の捕えられた際にも得心の行かぬことがある」

「な、んでしょうか」

「お前には分かりにくい話かも知れんが、軍隊には逮捕権はないのだ」

「でも、憲兵隊は? 憲兵は軍隊の警察機構なのでしょう」

「それは、軍隊内、つまりは軍人に対しての逮捕権なのだ。しかも、王に対する大逆の罪なのであれば、禁軍ならばそれも出来る場合があるが、禁軍はあの場にはいなかった」

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