乙乃章 参節 譚之十六

「え! あ、ご、ごめん」

 いつにも増して強い口調の仁帆里に気圧されて、須多爾はあわてて言葉を飲み込んだ。

「うむ、よいか。阿僧祇はやがて目の当たりにする。卯差氏の国土が工業的に著しく肥沃であるということに気がつくのだ。はじめは驚くぐらいに形式的だった技師団の派遣も、やがて国家的事業とも呼ぶべき規模に拡大する。自らが手中にできる利権は漏れなく網羅するようになり、それこそ卯差氏の国政にも嘴を挟むようになり始めたのだ」

「え? いや。えへへ」

 仁帆里は、須多爾に対して使った言葉を鵜師が使ったので、驚いて照れ笑いをした。

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 仁帆里に文句を言われないように、須多爾は手を挙げて恐る恐る発言した。

「うむ、なんだ」

「それこそ、独立した国家である卯差氏はそのような行いをなぜ見過ごしたのでしょうか」

「うむ。見過ごしたわけではないのだ。あまりに狡猾だった、ということなのだ」

「と、いうと」

「うむ。『叢』族の諺にある『陽中ひなか叢炎そうえん』だ。あまりにあからさま過ぎて、目を凝らさねば、それと分からぬことが世の中にはあるのだ。しかも、そこにあるかも知れん、と思うから目を凝らすのであって、思いもよらなければ、目の前で起こっていることでも、気が付かぬ物なのだ。卯差氏の人々、とくに卯差琥栖儀は純粋過ぎて疑いを持つことすら忘れていた」

「ですが、それまでは戦国の世で、それこそ策謀にまみれていたのではなかったのですか」

「うむ。お前は自分に親切にしてくれている人を頭から疑うか、須多爾。しかも、はじめはこちらが頼んでした相手だぞ」

「はあ、そうですね。でも、そこに付け込まれた、と」

「うむ。『礫』族の諺にある『深堀ふかぼり砂礫されき』だな。気がつかぬうちに、だんだんと身動きが執れぬようになっていくのだ」

「ずるい、ですね」

「うむ。そうだな。卯差氏の側からみればそうなるな。でも、阿僧祇にすれば、だんだんと国力をつけていく小国が恐ろしかったのだ」

「え? 鵜師は阿僧祇に味方するのですか」

 須多爾の発言はいつも真っ直ぐだった。

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