乙乃章 参節 譚之十五


「国祖 卯差琥栖儀は、一言でいえば『探究の人』だったのだ。御自身の分からないことをそのままにして置けない。つまびらかにすることに、半ば執念を持っていた。だからこそ、この卯差氏を平定できた、と言えなくもない」

「え、どういうことなのでしょうか」

「もう、いいわ。その辺りは、あたしがゆっくりと時間をかけて教えたげるから、今は先に進みましょう、須多爾」

「え? あ、うん」

「とにかく、卯差氏臣民の多くの女性にとっては、すべて点ににおいて憬れで理想の女性だったってこと」

「そう、なのか? 全然、知らなかった」

「うん。まあ、いいわ。また、あとでね」

「え、うん」

「うむ。しかし、そのことが卯差氏にとっては、結果的に現在の悲劇的な現実を生むことともなったのだ。国祖様は、国を統一して女王として即位したのち、それまでは各部族地ごとで散発的に行われていた資源開発や工業化を一気に推し進めようとなされた。御自身が、その機知によって国を統一できたことに自信を持っておいでだったのだ。ところが、それまでは部族間抗争が日常化していたため、平和的に活用できる工業技術はとても乏しかった。転用するにも、時間がかかり過ぎた。だから、国祖様はご自身のご興味が強いということも手伝って、海を挟んだ対岸の阿僧祇に教授を願い出たのだ。それまでの卯差氏はほとんど自給自足で賄っていたのと戦乱に明け暮れていたのとで、国外との交わりは無に等しかった。海洋民族である『てい』が唯一の存在として国外に海鮮物などを売って利潤を得るぐらいのものだったのだ。阿僧祇としても、蛮族の住む島でしかなく独立国として認識もしていないような処からの申し出に、当初はとても面を喰らいいぶかしみもしたらしい」

「鵜師のお話を伺ってると、とても近い目線からお話をなさっておいでのように思うのですが、鵜師はずうっと王立劇団におられたわけではないのですか」

「ちょっと! くちばしを挟まないで!」

 歴史好き、であるらしい仁帆里の目は輝いていた。実際のところ祖父も口が重く、幾度もお願いをして聞き出したことも多かった。しかも、仁帆里の出身部族『れき』は濤族との関係が最後まで悪く、統一以前の琥栖儀の話にはとても興味があった。

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