乙乃章 参節 譚之九

「なにを!」

 須多爾は顔を真っ赤にして、今にも仁帆里に飛び掛かろうと身構えた。

「あーあ、もう。じゃあ、いいわ。例えをもっと分かりやすくしましょう」

 仁帆里は、須多爾の動きなど全く気にする様子もなく、淡々と話を進めた。

「ね」

 須多爾は、振り上げた手の下ろすところを失い、拍子が抜けてしまった。

「うん」

 上げた手で頭を掻きながら、素直に須多爾が頷く。


「まさか、あなた国祖様は知ってるわよねェ」

「え? 卯差琥栖儀うさこすぎだろ。あったり前じゃんか」

「呼び捨てにしない!」

「え、そんなのいいじゃないか」

「ダメ!」

「なんで」

「なんででも」

「うー」

「なんででも!」

「卯差琥栖儀様」

「うん、よろしい」

「ふん!」

「あ、何よその態度。まあ、いいわ。あなた、国祖様がお亡くなりになったときのことは、知ってる?」

「そりゃあ、知ってるさぁ。卯差氏の臣民でその話を知らない奴は、それこそ非国民だ。国祖様は卯暦うれき二十一年、おつ上月かみつきの四の日に不治の病にたおれられた、だろ」

「それ本当?」

 仁帆里は、少し微笑みを浮かべるように、上目遣うわめづかいで須多爾に訊ねた。

 須多爾の目がまん丸くなった。

「お前、馬鹿はどっちだよ! なに言ってるんだよ。本当に決まってるじゃないか」

「へー、誰が言ったの」

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