乙乃章 参節 譚之八

「でしょ。須多爾には濤の知り合い、いる?」

「ううん、縷々香だけ」

「でしょう。あたしもそう。ね、変でしょう」

「でも、歴書には・・・」

「あのねえ、ほんっとにあなた頭使わないのねえ、だから馬鹿だって言ってるのよ。どうやってだって調べる方法はあるでしょう。っていうか、実はあたしのお爺ちゃまは歴史家なのね。だから、お爺ちゃまの家に行くといっつも書庫に入り込んで本を読みあさってるの。学校で習ってることってお爺ちゃまのところにある本と書いてある内容がまるっきり違うのよ。たとえばさ、そこに手付きの手杯があるじゃない。須多爾から、見えるよね」

「ん、なに?」

「うんもー、聞いてんの! あーもー。いらいらするわねー」

「え、ああ、ごめん。ああ、見えるよ、手付きの手杯だろ」

「でもさー、あたしからはね、手付きじゃなくて、ただの深盃にしか見えないわけなの。あたしのいる角度からだと、取っ手が全然っ見えないのよ。だからね、今のあたしにはね、これは手杯じゃなくて深盃でしかないの。でもね、あたしが須多爾の方に回ると、どう。ほーらー、さっきと違って今度は手付きの手杯に見えてくるわけよねー。たーんじゅん、でしょ? それと同じことよ。ひとつの事柄も、その事柄を見る立場が違うと、まったく違う歴史が形作られるのと同じってこと。だって、片方にとって都合のいいことが、敵対するもう片方にとってもいいことであるわけがないじゃない。だから、あたし達の習った歴史は極端に一方向からしか語られていないってことなの。分かる」

「・・・・・・」

「でしょ!」

「・・・・・・・・・」

「でしょー、でしょっていってるんだけど、聞こえてる」

「いやあ、手杯はどうしたって手杯だぞ。見る角度が違うと深盃に見えるったって、それは手杯が深盃に変わっちまったわけじゃねえ。手杯が手杯である事実は変わらないじゃないか」

「たは! あなたって馬鹿っていうか、応用利かないのねえ。ある意味、スゴォイ」

「なんだってんだよ。何のこと言ってるんだか、さっぱりわからねえ。理解不能だぜ」

「っへ! こっちにはあなたが理解不能よ」

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