乙乃章 参節 譚之六

「む、まあ。それは今は脇に置いておこう」

 須多爾は見た。表情はまったく変わらなかったが、鵜師の耳が驚くほど赤くなるのを。まだ子どもだから買えないが、富籤とみくじの特当選を引き当てるというのはこういうことか、と思うぐらい千に一つのことを眼にした。なぜだか、とても嬉しくなった。

「ん、なんだ。須多爾、どこを見ている」

「あっ、はいっ!」

 声をかけられ、須多爾は慌てて視線を鵜師の顔に戻した。

「では、聞くが、もしお前が手合に勝ったときには、どんな気持ちになる」

「それは、もうこの上なく晴れがましい気持ちです。すごくうれしいです」

「相手に対しては、どう思う」

「こんにゃろー、ざまーみろ! ですね。おめーらが、俺たちに勝とうなんざ、十年早いわ、って気持ちですかね」

「では、さらに聞くが、負けたときはどうだ」

「そんときゃ、すんげー落ち込みます。くそーっ、なんで俺たちが負けるわけ! って、更衣室で暴れますね」

「相手に対しては、どうだ」

「こんにゃろー、少しは手加減しろよ。そんなに痛めつけなくてもいいじゃねえかよー、って気持ちですね」

 意識してか、それとも無意識にか、須多爾は本当に活き活きと手合について話していた。

「む、よく分かった」

「あ! 何ですか。なにが分かったんですか。今の話と縷々香とが、どう関わり合ってくるんですか」

「いや、いまは縷々香は置いておこう」

「え、置いとくんですか。はあ、はい」

「うむ。で、どうだ。同じ手合なのに、勝った側と負けた側とでは、こんなにも気持ちに隔たりがある」

「え? え、どういうことですか。そりゃあ、気持ちに差があるのは分かりますが、それは手合をやる以上は当然のことで、手合の最終的な結果が覆ることはないと思うんですが」

「うむ、分からんか」

「はい。どう、いうことなのでしょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る