乙乃章 参節 譚之四

 鵜師は、須多爾の眼の中に明らかに今までとは異なる強い光を感じ取ると、改めて自らにも言い聞かせるように、話し始めた。

「まず、最初に言っておこう。縷々香の病は、たちまちどうこうなるものではないから、安心しろ。もちろん、死にはしない。ただ、お前の話の通りであれば悠長なことは言っていられないが、な」

「鵜師は、縷々香の病をご存じだったんですか」

「うむ。しかし、縷々香は私が知っていることは知らん」

「では、なぜ」

「うむ、それは縷々香を救い出してから、縷々香とともに話をしよう」

「あ、はい。分かりました」

「うむ、よし」

 鵜師は、須多爾の態度をひとつひとつ確認するように、言葉を進めた。

「ところで須多爾。縷々香が捕らえられたとき、なにを思った」

「あ、はい。何が何だか分かりませんでした。兵隊は、はっきり言って俺たちが駆けつけるよりも早く、縷々香の腕をつかんでいた」

「うむ、そうだな」

「だから、自分の目の前でなにが起こっているのか、理解が出来なかった。まして縷々香は尚更なおさらだったのではないかと思います。まさか、あれが国王爆殺の容疑者逮捕の瞬間で、その容疑者が縷々香だったなんて、あり得ません」

 須多爾が頭を振りながら、自分の言葉を反芻はんすうした。

「須多爾。聞くが、国王が暗殺されたなど、誰に聞いたのだ」

「え、だって、あのあとラジオを聞いていたら、犯行の声明文が届けられたって」

「うむ、そうだな。しかし、それはあとになって分かったこと。あの時点で分かっていたのは、国王のられたあたりが黒焦げになっていたこと。その前に爆発音らしい音を、皆が一様に耳にしたこと、ぐらいであろう」

「そう、ですね。あの時には、なにがどうなっているのか事情を飲み込むのが精一杯で、身動きはとれませんでした」

「お前と仁帆里が先程私の元に来たときに、なんと言ったか、覚えているか」

「え? ええと、そうですね。うん、そうだ『縷々香が国王爆殺の容疑者として捕縛されてから、もう丸一日が経とうとしている』ですか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る