乙乃章 壱節 譚之四
濃い霧が晴れるように、すべてが思い出された。
慶賀式典で独りで舞を舞うことが決った時の、あの何にも代え難い晴れがましい誇らしい気持ち。我が事のように喜んでくれた、かけがえのない二人の友のこと。
毎日、修練の後も三人で練習を重ねたこと。これまでよりも数段長い長刀を遣うことになるので、研鑽を重ねたこと。友からは、改めて大胆さと優美さを学んだこと。
そうして、そう建国記念の日に王立劇場のあの場所で起こったことも。
舞台の上から
最後の視覚は小銃の銃底が自分に振り下ろされる光景。肩に当てられるはずの
「顔はやめてくれ!」
そう叫んで両腕で顔を
どんなことがあっても顔を傷つけられてはいけなかった。自分は、役者だから。いつもそう教え込まれてきた。
直前の記憶は、ぶっつりとそこで途切れていた。そこまで思い出すと、鼻の奥にツーンと血の臭いがした。
霧の晴れた鏡のような湖面の如く、極めて自然に全部が自分の頭の中に存在していた。記憶、という感じなのではなくて、そこにある。そんな感じにも思えた。
しかし、なおも分からないことがあった。連れられて観た奇術師の小旗のように、スルスルと紐に連なって出てきた情景の中に、ふたつ漆黒の闇があった。
なぜ自分が、打たれ、傷を負い、どことも知れぬ暗闇の中に打ち捨てられなければならないのか。自分は、今日のこの日のために汗を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます