乙乃章 壱節 譚之二

 小一時こいっときは経ったろうか、落ち着いてずいぶんと頭の霧が晴れてきたのでいままでに判明したことをまとめてみた。

 まず、自分がいる部屋は二尋ふたひろ四方ぐらいであるらしかった。痛む両足を引きずりながら、三回は歩数を数えたのでたぶん間違いがないと思えた。部屋には扉があり、その反対側には明かり採りの小窓があった。手の届かない高みにある窓は鉄格子と硝子でできていた。  

 そして、ほんの少しだけ蘇ってきた嗅覚から判断すると、自分は王彊の北側にある建物の地下にいるらしかった。そう『水のにおい』が示していた。

 水のにおい? とは、自分でも思ったがそれは絶対に間違いのないことのように感じていた。子供のころから自分には『水のにおい』を嗅ぎ分ける力が備わっているのかな、とかすかに思っていた。誰かに確かめたわけではないし、確かめる方法も分からなかったからなんとなく思っていたのだけど、自分には『水のにおい』が分かること分かっていた。でも、それがなにかの役に立つわけではなかったので、今までずうっと忘れていた。

 扉は、木でできているなんだか普通の扉だった。決して人を気絶させて閉じ込めておくような部屋の扉ではなかった。取っ手のつくりも普通で、回せばすぐにも開きそうだったが、当然のように開かなかった。硬いもので叩き壊せば、すぐにでも出て行けそうだったので試してみたが、腕にはまだ力が入らず道具もなかったので未遂に終わった。

 扉の粉砕計画はもうすこし時間をかけることにして、今度は記憶を辿(たど)ってみることにした。自分がなぜここにいるのかが思い出せれば、解決の糸口が見えるかもしれなかった。

 渾沌こんとんとしている意識をなるべく早く解きほぐすために、ひとつひとつ筋道を立てて考えよう、と思った。

「ええと」

 そういう声がかすれた。

 もう何日も声を発していないような感じさえした。実際に出るまでは本当に声が出せるかが、とても不安だった。声は白い息となって目の前を漂っていった。

 白い息を目にすると急に寒さが迫ってくるように感じ、頭が良く回らないのが半分理解できたような気がした。

 凍える頭で賢明に思い出そうとする。

 ええと、なに? なにがあったっけ。

 自分はどこかで仲間となにかを練習していた。そう、仲間が二人いたはずだ。彼が心から信頼している友だ。うまくは思い出せないが、それだけは疑う余地がないように思えた。

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