乙乃章 壱節 譚之一


「う、ううん」

 どれくらいだろうか、もうずいぶんと長い間、寝ていたようだ。

 身体を起そうとしたが腕が痛くてよく動かせないことに気がついた。なに、があったのだろう。記憶をたどる。覚醒したばかりの頭はうまく回らず、もどかしかった。

 しばらくはこのままじっとしていようと思い、目を開けたまま横になっていた。


 目覚めて少しは時間が経ったので、目が慣れて自分の周りの状況がいくらか見えるようになってきた。

 まだいささかかすんでいる目を凝らしながら見回すと自分が寝かされているのは寝台ではなく、部屋が暗いのは暗幕のせいではないようだった。

 状況がますます理解できなかった。

 なぜ自分はこんなところで寝ていたのだろうか。いや、いま自分の置かれている状況から想像すると、寝ていたのではなく寝かされていた、いや気を失っていたというのが一番的確な表現のように思えた。

 なぜこんなところで、自分は、気絶していたのだろう。

 そしてここはどこだろう。

 焦点がまだ定まらない目を何度か強く瞬きをして、もういちど周りを眺めてみた。部屋は暗闇だったが、決して暗黒というわけではなく、どこからか光が漏れてきていた。

 目で得たものと手探りで集めたものを総動員すると、自分が寝かされているのは冷たい石の床であるようだった。床は今まで知っているどんな床よりも粗雑でごつごつしていた。壁も同じようにごつごつした黒い石だった。すごく乱暴に組み上げられているようには見えたが、その実とても堅牢で何物をも拒絶するかのような冷たい壁だった。

 立てるか、と思い両方の足に力を入れて傍らの壁の出っ張りに手をかけた。体中が親のかたきのように悲鳴を上げた。ばらばらになった骨を再びつなぎ合わせたのかと思えるぐらい激しく痛んだ。よろけて何度も頭から倒れそうになった。

 時間をかけてゆっくりゆっくり動く。かなりふらついたが、どうにか立ち上がることが出来た。上の方に向かって手を伸ばすと、よくは見えなかったが天井には届かなかった。自分のいる場所の状況を少しでも把握するために壁を伝わりながら歩いてみることにした。足がすごく痛んで引きずりながら少しずつしか進めなかった。

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