乙乃章 零節 譚之四

 舞台の中央まで戻りかけたところで、足を伸ばしてふわりと宙返りをし、両足を揃えて静かに着地した。それは、まるで綿毛の種子が風を受けてくるくる回りながら落ちるさまにどこか似ていた。

 一拍いっぱくが空いた後、少年は唄いだした。清廉にして爽快、華麗にして優美、どの言葉もこのためにあるような唄だった。

 何もかも見透かされてしまうような、すごく繊細でいて強靭な張りのある声に会場は水を打ったように静まり返り、誰もが魅了されていた。

 訳もなく、涙を流すものもいた。

 勝利を喜び、建国の大志に燃える詩だった。観客はみな、その詩に酔い唄に泣いた。

 唄が終わり背中に回していた弓で天井に向けて鏑矢を放つと、少年を照らしていた投光器スポットライトの光がフッと消えた。矢が空を切る音だけが響いた。

 舞台が暗転したとき、それは起こった。

         

 爆発音、だった。

 ドン! という、音自体は大きくはなかった。

 そのおかげで会場はなんとか混乱パニックに陥らずにすんだ。

 しかしそれは、何かがぶつかったなどという音ではなく、確実に爆発音だった。

 ほどなく、ざわつき始めた観客席を含めて劇場全部の照明が点灯された。

 そして、みんながいっせいに音のしたであろう方向を見た。途端、嗚咽、声にならない悲鳴が漏れた。

 舞台の右手にあるはずの王族席がなかった。正確には焼けただれた王族席しかなかった。そこに座しておいでになったはずの女王はほぼ即死の状態だった。警護をしていた禁衛府親衛隊は八名中五名が殉職。宮内卿は搬送先の病院で息を引き取り、側近中の側近である枢相は瀕死の重傷を負った。同席した王族方もかなりの傷を負われたようだった。

 枢密院すうみついんはすぐさま非常事態宣言を発動し戒厳令かいげんれいを敷いた。国の全域で人々の往来が厳しく制限され、王彊ではただちに辻ごとに軽戦車けいせんしゃが配置される異様な事態となった。

 やがて、犯行声明が通信社と電波局に届けられた。その言葉自体が不敬罪にあたる、ということで民衆には事実だけが事務的に伝えられたが、声明文にはこう書いてあった。


傀儡国家かいらいこっか偽王ぎおうちゅうす」

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