乙乃章 零節 譚之三

「それはそれはお疲れさまでした。まあ、これも何かのご縁でしょうから、今日のお代は店主にいって奉仕サービスいたしますよ。王に長寿と、国土に繁栄を」

「本当かい。それじゃあ、ありがたく頂戴するよ。これで私の仕事も報われたってものさ。ああ、王に長寿と、国土に繁栄を」

 といって、手杯カップを持ち上げた男はニヤリと笑った。

 男がその場に不釣合いな笑みを漏らしたことに、給仕はまったく気がついていなかった。


 禁衛府きんえいふ軍楽隊の演奏は詰め掛けた群衆のさざなみの中を掻き分けるようにゆっくりと進んだ。続いて大内裏だいだいりとも呼ばれる王宮からの道のりを八頭立てのきらびびやかな馬車で王室の一行が王立劇場に到着すると、それを合図に式典が粛然と始められた。

 場内は国王の臨席ということもあって満場だった。

 まずは宮内卿くないきょうからの祝詞のりとが告げられ、枢相すうしょうからは祝賀の詩が披露された。

 さらに外国の賓客からの祝辞がいくつかと、楽団による祝典曲の演奏が続いた。

 そして最後に国王からこの日を迎えられたのは臣民の勤勉と忠誠の賜物たまものであるというみことのりくだされた。

 国王陛下からの直接の御言葉おことばいただき、会場は割れんばかりの喝采に包まれた。

 歓声や拍手は長い間鳴り止まなかった。取り立てた派手さはないが、とても威厳に満ちた祝典だった。

 王族席に向けられていた柔らかい灯りが消され会場のざわめきもようやく収まりかけてきたころ、いったん閉じていた緞帳どんちょうが上げられた。深いみどりの照明が当てられた舞台には、民族衣裳をまとった少年とおぼしき役者が一人、中央のすこし奥まったところに立っていた。

 弦楽器の音が響くと、それまで思いつめた感じの表情を浮かべていた少年は意を決したように走り出し、彼の背丈ほどもある長刃の切っ先をくるくると回転させながら舞台の上で跳ぶように踊った。ひと跳びで自分の背丈の倍は跳んでいるだろうか、折れてしまいそうにも見える少年のからだは大きくしなりながら舞台を所狭しと廻っていた。

 いままで抑えつけていたものを、一気に解き放つかのような、とても開放的な躍動感にあふれる舞だった。その大きくはない体躯全体で懸命に表現を続ける少年は、踊れるのが嬉しくてたまらないといった表情をしていた。

 大きかった曲のうねりがやがて静かな調子に変わり、少年は曲の切れ目で下手しもてへ引っ込んだ、そう思わせた次の瞬間、こんどは筋斗とんぼを切って舞台に文字通り舞い戻ってきた。

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