第21話
「皇帝のことなんか知るか!俺たちは飢えた民と共に山を超えてきた。マヤはどこに行っても食物がないんだから仕方ねえ」
どうやら、マヤ北部の軍隊が民と共に蜂起しただけのうようだった。
「なぜその窮状を皇帝に訴えぬ」
アビの静かな問いに、また敵の大将が嗤う。
「お前、何言ってんだ?皇帝が俺たちのことなんて助けてくれるわけねえだろ。日照りで食い詰めてる農民の最後の蓄えを税で持っていく奴らだぞ」そうだ、そうだと敵軍が声をあげる。
「いいから黙って水と食物を出せ。こっちは奪っていったっていいんだ!」
しびれを切らし、大将がわめいた。
アビが馬を進めた。
「我が名はアビ。この国の皇太子だ」
相手がひるむ。どんな馬鹿でもわかる。皇太子に手を出せば戦争が始まる。
「ナミは我が国。ここからの略奪は許さぬ。…しかしマヤの窮状も見捨ててはおけぬ」
さらにアビが馬を進める。周囲に緊張が走る。
「ゆえに、そなたからマヤ皇帝に伝えてほしいことがある」
アビは懐から袋を出した。
「これは日照りでも育つ麦だ。我が国で新しく生み出したもの」
大将が目をむく。テムルも思ってももいなかった話に息を呑む。
「マヤの窮状に際し、分けてもいいと思っている。しかし条件がある。」
「な、何だよ。そんな嘘みたいな話で追い払おうとしやがって」大将が動揺を隠せずに言う。
「嘘ではない。私が嘘をつく必要などない。…条件とは、マヤ皇帝が民を守ることだ」
しん、と静まったあとに大将が吐き捨てた。
「はっ、何を言ってんだ」
「お前はマヤからここに何人逃げてくるか知っているか。今年はもう1000人を超える」
アビは言った。
「誰もが口を揃えてマヤの生活苦を訴え、残してきた親戚家族を思って泣くものも多い。急激な増加にわが国の受け入れ体制も未熟だ」
しかし、とアビが続けた。このテムルの父、ラモンが誰もが幸せになる権利があると受け入れてきたのだ。
ここに逃げてきた民は守りたい。しかし、残された民もまた同じではないか。だから、この麦をお前たちに託そう。そして皇帝に伝えよ。民を守る気があるのならこの麦を授けようと。
口答えを続けていた大将が、黙り込んだ。
アビが護衛に声をかけ、荷物を敵軍に渡す。
「急場を凌ぐ食料は準備してある。その麦は育つのも早い。ひと月で収穫できるぞ」
「…そんな、ありえねぇ」
「しかし、今回渡したものは種が取れぬようにしてある。一度きりの収穫だ。ゆえに、ひと月以内にマヤの皇帝から返事をもらいたい」
戸惑っている大将にアビが書簡を渡す。
「そなたはマヤの北軍大将のビルトだな。情に厚く、民思いと聞く。飢えた民を放っておけずに山を越えたのだろう」
大将が驚いた顔でアビを見る。
「食物だけを脅して取ろうとしていたのだと思うが、それだけでは解決せぬぞ。それを持って皇帝に訴えるがよい」
ではな、とアビが背を向けた。矢をかけられるのではとテムルを含めた軍勢は緊張したが、ビルトと呼ばれた大将は自軍をとどめ、アビに矢を向けさせなかった。
そして深く礼をした。
翌朝には駐留地はなくなり、軍勢は再び山を超えてマヤに戻っていた。
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