第20話

テムルは浅い眠りから覚め、夜襲がなかったことにほっとした。朝早くにジェマが到着した。着くなりジェマとアビは話し込んでいた。

「そうか、持ってきてくれたか…!」

「はい、間に合って何よりです」

ジェマは小さな袋をアビに渡し、二人は頷きあう。

ジェマはテムルを見て、少し微笑んだ。中身を聞くことはできなかったが、テムルは力強い味方を得た気持ちになった。自分は一人ではない。


砦からの兵も到着した。テムルはボードと手分けをして村中の男達を集めた。全員で50人ほどの中隊になった。マヤから来た農民崩れも混じった兵は100ほど。勝てるとは思えないが、すぐ制圧される数でもない。

あまり戦闘経験のない男たちは村長宅前で不安げに集まっていた。砦の兵たちが持ってきてくれた鎧や剣、村の道具を手に少し緊張している。


「みなのもの、よく集まってくれた」

ドアが開き、アビが現れた。おお、と感嘆の声が聞こえてテムルは無理もないと思った。ナミでも南限のこの土地の者たちは、皇帝や皇子の姿など見たことはない。

美しく威厳ある鎧姿に見とれている者が多くいた。

「私は、皇帝から任を受け、マヤとの交渉にあたる。第一皇子のアビだ。みながこうして集まってくれたことを嬉しく思う。積極的に戦うつもりはないが、危険を感じれば剣を抜け。命を落とさぬよう、自分で自分を守るのだ」

鎧姿も美しい。アビには当然、守備がつき、いつも周りを固めているが、テムルはアビに危険が迫ろうものなら必ず自分が守ろうと誓った。

「この領地は領民のもの。村長ボードと村民のみな、そして先祖が守ってきた土地だ。私もまた、新しい領主テムルと共にこの村を守ると誓おう」

アビが力強く言い、村民たちは声を上げた。そうだ、ここは俺達の土地だ。俺達が、守るんだ。そうだ、とテムルは思った。父が守ってきた土地だ。そしてテムルと母を受け止めてくれた。いいことばかりではなかったが、健やかに育った。それはこの領地の恵みのおかげなのだ。


行くぞ、とアビが馬に乗りテムルは砦の兵と共に続いた。ジェマは村長宅に残ることになった。他領の後継者をこれ以上危険に晒すのはためらわれた。ジェマは村を守るものも必要でしょうと従った。


マヤ軍が駐留地している山麓までは半日もかからなかった。変わらず、うだるように暑く日照りが照りつけている。

朝早くに交渉の使いを出していたため、駐留軍の大将が現れた。


「…お前たちが何の交渉をするつもりだ?」

大柄な男だった。兵は武装して周囲を囲んでいる。農民も混じっているが、軍人として訓練されているものも多くいる。干ばつが続いているせいだろう、頬がこけた者も多い。あっさり大将が出てきたのは、こちらの軍勢を見て自分たちが有利だとわかっているからだろう。


「先にお前たちの望みを聞こう」

アビが静かに答えた。言葉を聞いた大将が、はっ、と声をあげて笑う。

「望みを聞こう、だと?見ればわかるだろう!水と食物だよ!」

アビが続ける。

「マヤの正規軍としての動きということでいいか。それはマヤ皇帝の意志か」

テムルは気が気ではない。これがマヤ皇帝の意思なら、小競り合いなどではない。開戦となる。こんな稚拙な攻め込み方はありえないが、絶対に違うとも言い切れない。

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