第19話

アビが答えた。

「ボードはお前を守ろうとしていたように見えた。それはなぜだ?お前の心は少しずつ民に伝わっているのではないか?危険を侵すことが上に立つもののやることならば、私達は常に戦に出ねばならぬ」


ボードはテムル様のところに、と息子を走らせてくれた。長老に従わずに戦おうとしてくれていた。

確かにアビの言うように、以前では考えられないことだ。


よいか、テムル。アビが静かに言う。

「私たちはいかに民の犠牲を少なくするかを考えねばならぬ。明日になれば砦の兵が着く。あの人数で駐留地を作ったということは、明日脅しと交渉が来ると考えて良い」

「…今夜襲われる可能性はないでしょうか」

「目的は水と食べ物だろう。夜襲の可能性はあるが、盗むならもっと目立たぬようにやるはずだ。100人の兵で圧力をかけて食物を出せ、出さねば殺すという交渉をしてくるのではないか」

「なるほど」

「水も一晩では奪えぬ。脅してこの辺りを占領する方が効率的だろう」

テムルは頷く。


「どうすべきだと思う?テムル」

アビの眼差しにまっすぐ見つめられながらテムルは考える。

「…砦の兵は20あまり。戦うには少なすぎます」

「そうだな」

「しかし、交渉のテーブルにはつけるかと。兵と村の男を合わせれば50 ほどになります。簡単には制圧できぬ数」

アビが頷く。

「飢えが理由なら、人として食物を分けてやることも必要でしょう。奪われすぎぬよう、注意が必要ですが…」

「そうだな。明日は交渉が必要だ。相手がどの階級の人間かはわからぬが、私が出ようと思う」

テムルはアビの言葉にぎょっとする。

「アビ様が?」

「皇太子に手を出せばマヤとザナは全面戦争だ。そこまであいつらは愚かではないはず」

「確かに、そうですが…」

「案ずるな。こういった場合に備えて、ジェマを呼んだ」

「ジェマ様を?」

ジェマは北方の領主の弟。優しく聡明な人だが、テムルは謁見式以来連絡もとっていない。


「なぜ、ジェマ様を?」

アビはにやりとして言う。

「策がある。まあ、任せておけ。父皇にも許しは得ている」

「アグリ様が…」

こんなに危機的状況なのに、なぜかアビには余裕さえ感じる。テムルはなんだかほっとした。父が亡くなり、ナミ領は自分ひとりで守らねばと力が入っていたが、アビもジェマも助けてくれる。自分はひとりではなかったのだ。


「そんな事より」

アビが真面目な顔になった。

「このゴタゴタが終わったら、お前に言わねばならぬ事がある」

いつになく真剣なトーンだった。

「…俺に、ですか?」

テムルには思い当たるふしが何もない。新しい領主の心得?いや、民の心をつかむにはとか…。

「そうだ。…お前の領地や領主のことについてではない。ごく個人的なことだ」

ますますテムルには想像もつかなかった。それが表情に出ていたのだろう、アビは少し笑った。

「そんなに困るな。まだ何も言っていないぞ」

「…見当もつかなくて」

アビはテムルの肩を労うように叩いた。

「明日、すべて終わってからにしよう」

アビは立ち上がり、村長を呼んだ。明日についての打ち合わせを簡単にして、何人かの若者を駐留地の見張りに行かせた。

何かあればすぐに対応できるよう、村長宅で交代で睡眠をとった。テムルは眠らねばと思ったが、なかなか寝付けなかった。


そして、朝が来た。

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