第18話

「テムル様!本当におめでとうございます!」

ボードが大きな声で言った。

「おめでとうございます」

長老も後に続く。渋々とも聞こえるが、皇太子の前でさすがに先程のような振る舞いはできない。

「どうか、どうか先程のお話は撤回を。領主さまに何かあれば大変です…!」

テムルに縋るようにボードが言った。


「何の話だ?」

アビが問う。

「…村長、アビ様と二人で話してよいか」

は、と頷き村長は長老を連れて部屋を出た。テムルはアビと向かい合う。


「アビ様、」

口を開きかけたところで、テムルはアビの腕に抱きこまれる。

「…葬儀にも出れず、すまぬ。立派な父上であったな…」

父の葬儀の際、外国の特使が来ていてアビは来れなかったのだった。久しぶりに会えた嬉しさと、今の状況に混乱してテムルは何を言うべきなのかわからなくなる。


ただ温もりに体を預ける。アビはテムルを抱きしめ、体を撫でる。

「一人でよく頑張ったな」

「アビ様…」

温かい。ずっと張りつめていたものがほどけていって、疲れがとれてゆくような気がする。

美しい皇太子が今、自分を抱きしめて労ってくれている。自分だけを。テムルは湧き出す歓喜に自分でも驚いた。こんなに嬉しいのはなぜだろう。


頬と頬が触れ、アビの艷やかな髪が触れる。なぜいつもアビ様はいい匂いがするんだろうと思う。頭を撫でられ、頬を撫でられ、ふと気づくとアビの美しい顔が目の前にあった。

まるで自然に唇が触れ合った。

不思議と、何もおかしいことだとは思わなかった。


口づけはただただ心地よく、甘かった。

少しよろけたテムルが机に手をつき、ガタンと音がした。アビがはっと我に返り身体を離す。

「すまぬ…!」

なぜ謝るのだろう、とテムルは思った。慰めでも友愛でも何であったとしても、テムルにはアビから与えられて嫌なものなどない。


珍しくアビは動揺している様子だった。

「いや、こういうつもりでは…父上の喪もあけておらぬし、マヤが来ていてそれどころでは…」

自分で言って気づいたらしく、アビが顔を上げる。

「そうだ、マヤが侵攻してきているな。状況は」

アビはもう普段の様子に戻っていた。

テムルは独り占めできる時間が終わったことが少し残念だったが、マヤの事は一刻を争う。駐留地を作られたこと、そこそこの規模の軍であることを伝える。


「なるほど。で、先程のボードの言葉は何だ」

「それは…私が先鋒にたつと言ったので」

アビが顔色を変える。

「なぜお前が行くのだ。明日になれば砦から兵が着く」

「それは…」

それは、認めてくれないから。テムルがどんなに努力しても認めてくれないあいつらに見せつけてやりたいから。テムルの強さを。愛国心を。

自分でもいい策でない事はわかっている。

歯切れ悪く答えたテムルに、アビは言った。


「テムル。いっときの感情で自分を危険にさらすな」テムルは何も言えなかった。

「お前は私が同じことをやると言ったらどう思う」

「危険ですし、無謀です…」

「そうだろう。その通りだ。お前はもう領主だぞ。感情で勝ち目もないリスクをとるな」

アビはテムルの目を見て言った。

「申し訳ありません…」

すべてアビの言う通りだ。テムルは謝るしかなかった。

「お前の命はお前だけのものではない。母や友に何とする。お前のことを信じてくれた領民も。…そして、私も」

「アビ様…?」


アビは少し顔を赤くして言った。

「…お前が勝手に死ぬ事は許さぬ」

テムルはなぜか、アビの事が可愛いと思った。この人にこんな顔をさせているのが自分なら嬉しい。自分の危険や死が信頼する人たちやアビを悲しませるのなら、確かにいたずらに危険は冒せない。

でも…でも、どうすれば民たちは納得するのか?

「わかりました」

感謝の気持ちを込めてアビの手を握る。でも、とテムルは問う。

「…私には答えがわかりません、話が通じないように感じることがしばしばあります。自分が行く以外に、どうすれば…」

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