第16話
「テムル様!」
補佐達の中でもまとめ役を努めるロンドが急ぎ足で部屋に入ってきた。
「ミネア様側は弟君が正式な後継者だという書状があると主張しているようです」
「…そうか」
テムルはふうとため息をつく。
父の葬儀が行われたのは昨日のこと。テムルを後継者だと発表し、安心したのか一週間ほどでラモンは息を引き取った。まだ皇室からはテムルを正式な後継とする発表はされていない。通常一月ほどかかる。しかし、昨日の葬儀の席ではすでにテムルがあとを継ぐものとして喪主を努めていた。
その席でミネアが、あれはテムル親子が朦朧としたラモンに言わせたもので、弟こそが跡継ぎだと言い出したのだった。
テムルに近い人々は、テムルの領主としての力を疑っていないが、ミネアはナミ領でも名家の出であるため、保守的な人々はミネアの弟を推している。
テムルがマヤとの混血だからだ。
領内は混乱している。
ラモンの言葉もあったため、テムルはすぐに皇室に早馬を走らせた。
「皇室からはまだ何の知らせもないか」
「はい、往路だけで早馬でも一日かかりますので…」
「そうか…」
皇室の力は絶大だ。いずれが正式な後継者であるか、皇室に決めてもらうのが一番よい。皇帝やアビはきっとわかってくれるはずだ。
「テムル様!!」
ナミの中でも南限の地区を収める村長の息子が息を切らして飛び込んでくる。昨日の葬儀まではラモン宅で領主として動いていたが、ミネアに追い出されたテムルはわが家に戻っていた。
「お前は、ニガ村の」
「はい、村長の息子、カナンです」
顔面は蒼白でぜいぜいと息をしている。かなり急いで来たのだろう。
「村で何かあったのか?」
「…アイゼン山脈の中でも低い峰を、マヤの兵が越えようとしています」
「何、だと?」
「村人が山に人影があると知らせてきて…今はもう村に入っているかもしれません…父が、私にテムル様に知らせに行けと!」
テムルは立ち上がった。
なぜ、こんな時に?いや、こんな時だからか?マヤの干ばつはひどく、国全体が飢えている。こんな時に他国を攻めるとは、自滅行為ではないか。それほど追い詰められているのか…。
「ロンド、皇室と砦に追って早馬を。カナン、ニガには私がゆこう。」
ナミ領内には軍隊はない。国境にいくつか砦があり、ザナ皇国の兵は配備されているが、ニガ村からは距離がある。峰を越えてくることは容易ではない。マヤからの兵の規模は小さいと見ていい。
もし大きな規模であっても、早馬を出す以外にできることはない。
疲労困憊のカナンを休ませ、テムルは馬を走らせる。ニガ村には飛ばせば半日で着く。
後継者争いなどしている場合ではない。しかしミネアにとっては何よりも重要なことなのだろう。葬儀で涙をこぼす母の顔を刺すような目で見つめていた。きっとこの20年、ミネアはずっと跡継ぎを産みたかったのだ。
正式な妻として丁寧に扱われるだけでなく、ラモンと家族を作りたかったのだ。ずっとずっと。だからテムルを跡継ぎにすることは、ミネアにとっては最大の敗北であり、恥辱なのだろう。少しだけわかる気がした。
しかし面倒なことになった。アビ様は心配しているだろうな…。
「何だと!!」
ミネアがテムルの後継に異議を申し立てている、とナミ領からの使者が伝えたのは朝のことだ。アビは父皇とラモンから預かった書簡を準備し、旅支度をしているところだった。
「マヤが侵攻してきただと…?」
「はい、南限のニガ村に」
「対応は」
「テムル様がこちらと同時に砦にも馬を。急場は砦の兵でしのげるかと」
アビは上着を着込みながら足早に部屋を出た。マヤの干ばつはこちら以上だと聞く。飢えに耐えかねての侵攻とすると、食物、水が目当てか。
どこまでの規模かわからないが、それほど飢えているとすれば、国で死を待つよりはと死にものぐるいになる可能性もある。それはまずい。
キリのジェマへ手早く手紙を書く。
「すぐにキリに早馬を出せ。父上!」
手紙を従者に渡し、父の執務室へ急ぐ。
テムルがニガ村に着いたのは午後の事だった。峰を下りたマヤ国の兵は麓にとどまり、駐留地を作ろうとしていた。村人に被害がないのは何よりだが、規模は思ったよりも大きく、100はいるように見える。ニガ村は小さな村で、女子供をいれても200というのが村人の人数だ。襲われれば被害は間違いない。
今回の侵攻は水と食料を求めてのものだろう。ナミ領内も日照りが続いているが、湧き水が枯れていないため水は確保できている。また、水があるので作物も無事だ。マヤは先日の大雨のときも雨が降らなかったと聞いている。
とすると、水と食料を奪うには村を襲う可能性が高い。ニガ村は大きくはないが豊かな村だ。
「テムル様」
村長の部屋で考えていると、村長のボードが村の長老を連れて来た。
「長老たちです。一緒に話をお聞かせください」
ボードの声にテムルは顔を上げる。村長は三人の老人を連れていた。
「…何と…!」
一人の老人が声を上げる。
「その顔の色は…領主さまはマヤの者なのかえ」
声には蔑みと恐怖の色があった。
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