第14話
アビが帰った翌日、雨は3日目になった。
普段この地域にこんなに雨が降ることはない。テムルはイヤな予感がして朝早く起きた。先日読んだ歴史書の一節を思い出した。雨は三日三晩降り続き、山肌が海のように迫った…。あれは山津波の話ではなかったか。テムルは書庫へ急ぐ。
本棚から目当ての本を探し、開く。
「雨は三日三晩降り続いた。人々は天の底が抜けたと嘆いた。山が崩れ、山肌が海のように村を襲った。生き残った村人は、崩れる少し前に、山裾から水が出たと行った。降り続く雨をこれ以上蓄えられず、山裾から川のように水が出てのち、山は崩れてしまったと」
テムルは本を置き、すぐに身支度を整えた。母親が急ぐテムルにどうしたの?と聞く。
「わからない。わからないけど、行ってくる」
雨の中、テムルは走った。山のふもとの村まで2時間、走り続けた。
ふもとの村は、父と以前に来たことがある。山に向かい、山肌からちょろちょろと水が出ているのを見て、血の気が引いた。ここの村長も他の人たちと同じように、父がいない時はテムルを相手にしてくれない。しかしそんなことを気にしている場合ではない。村長の家の扉を叩く、
「開けてください!ラモンの息子、テムルです!」
返事はない。
「村長!お願いします!山が崩れます!山津波が来ます」
叫び続けていくらか経ったところで、扉が開いた。
「こんな雨の日に、なんだ」
村長のモンクが身支度をして出てくる。
「早く!山津波が来る!!民を逃がして!!」
「何を…。あの山は崩れたことなどない!」
「時間がない!もう山裾から水が出てる!」
半信半疑の村長を置いて、テムルは山沿いの集落に駆け出した。
「早く逃げて!」
一軒一軒扉を叩いて回る。村民の動きは鈍いが、説得している時間はない。それよりも多くの人々に知らせる方が先だ。しかし、間に合うのか?
山裾から水が出始めたのはいつからだ?
テムルが不安に襲われたとき、大きな鐘の音がした。高台の礼拝堂にあるものだ。鐘の音は雨音をかき消すほどの音で響き、なり続ける。家から人々が出てくる。
テムルは山を見た。ズ、と音がしたような気がした。
「高台へ走れ!!」
叫びながら、人々と共に死にものぐるいで走った。ビキビキと木が避ける音がした。転んだ女の子を抱え、また走った。高台に登りながら後ろを振り向くと、山が大きく崩れるところだった。あっけないほど簡単に山が崩れ、山裾の集落を飲み込むのが見えた。
「ああ…」
見知らぬ村人がくずおれる。テムルはその人の手を取り、さらに登った。ここまでは土砂は来ないが、念のため安全な場所まで行ったほうが良い。
高台の礼拝堂には村長がいた。たくさんの村人に囲まれていた村長はテムルを見つけ、歩み寄った。
「ラモンの息子よ…!」
村長はテムルの肩を力強く掴んだ。
「よく知らせてくれた…。すまなかった…!」
テムルは女の子を腕からおろし、母親に引き渡した。
「いいえ、村長。鐘を鳴らして下さり、ありがとうございました…あの鐘がなければ、どうなっていたか」
村長はテムルの腕を取り、まわりの村人を見た。
「いや、あなたのおかげだ…!皆のもの、この方が山津波を知らせて下さったのだ!被害が小さくすんだのはこの方のおかげだ…!」
おお、と歓声があがる。
「ラモン様の息子、テムル様だ!テムル様…!感謝します」
村長が跪き、頭を垂れる。
「やめてください…!」
テムルは慌てて止めるが、村人も同じように跪いて頭を垂れている。
「こちらこそ、もっと早く知らせられずにすいません…被害のあった集落には他の村からも助けを出してもらうよう、お願いします」
村長を起こしたテムルは、頑張りましょう、と言った。
「村をまた以前のようにできるよう、全力で支援します」
おお、と村人たちが感嘆の声を上げた。
なぜあんなことができたのだろう、とテムルは思う。テムルの行いは評判になり、ラモンから大いに褒められた。しかし、テムルは自分でも自分がよくわからなかった。テムルは何も考えずに動いていたからだ。褒められることだとも思っていなかった。ただ、領民を危険にさらしたくなかった。
3日降り続いた雨は山津波の日にやっと止んだ。山裾の集落は5軒ほど土砂崩れに埋まったが、死者は一人も出なかった。村長から長い感謝の手紙が送られてきた。
しかしテムルにとって最もありがたいのは、補佐たちの態度が変わったことだ。テムルの話に耳を傾けてくれる人が増えた。
テムルはアビの言葉を思い出した。結果を出す。信頼される。少しわかったような気がした。
しかし、テムルにのんびりする時間は許されなかった。3日降り続いた雨のあと、ナミ領には長い日照りがやってきた。
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