第12話

感動的な親子の抱擁のあと、父が言った。

「ところで、お前はいったい誰を好きになったんだ?」

「ああ、それはですね、テムルです。ラモンの息子の」

もう隠す必要もない。アビはさわやかに答えた。

「あのがっちりした青年か…!確かにいい青年だが…うーん、そうか」

アグリは複雑な気持ちだった。根っから女性が好きなので、男性を好きになるということがどういうことかわからない。確かに魅力的な青年だとは思う。

「私もなぜテムルなのか自分でもよくわかりません。ただ、テムルにいつも心を揺さぶられるのです」

アグリはふむふむと頷いた。


「…で?テムルは、何と?」

アビはキョトンとして答えた。

「何とって、何がです?」

「お前の気持ちに何と言っているのだ」

「…ああ!まだ何も」

アグリは驚いた。

「何も言ってないのか?すっかり二人はもう相思相愛なんだと…」

アビは真面目な顔になる。

「父上、私はこの一年思い違いではないかと真剣に悩んでいたのです。妃をもらえないのは大事です」

「…たしかにな。しかし、テムルはどう思っているのか、まだわからんというわけだな」

「はい。嫌われてはいないと思いますが…」

アグリはうんうんと頷く。

「うちのアビを嫌いなやつなんていないだろう。しかしまあ、自分がアビから恋愛対象になっているとは思わないかもな。ナミは今、色々大変だしな」

アビは顔をあげる。

「そうなのですか」

「先日ラモンからも色々と相談を受けている。この後もまだゴタゴタするだろう」

「テムルが心配です」

アグリはにっこり笑って言った。

「皇子としても、友人としても助けてやるがよい。ちなみに私はお前の母に恋した次の日には求婚していたぞ」

「父上ほど、考えなしでないだけです」

「失礼だぞ!…まあ、焦る必要はないが、テムルは爽やかで逞しい青年だ。女性にももてるんじゃないのか?」


自室に戻ったアビは、晴々とした気持ちだった。テムルを好きかもしれないと思って以来、ずっと心配だった事が解決したことが心から嬉しかった。

そして、猛烈に焦っていた。父の言うとおり、テムルは魅力的だ。なぜ、他の人間もテムルに惹かれるだろうということを考えつかなかったのか。自分に腹が立つ。一年前よりもテムルを好きな気持ちが強くなっている気がした。何としてもテムルを自分のものにしたい。

あらゆる手段を講じよう、と思った。テムルを手に入れるためにあらゆる手段を講じよう。皇帝の理解を得た今、アビには怖いものは何もない。テムルだけが、アビを揺さぶる。誰にも渡すことはできない。


ナミに戻ったテムルは、謁見式の3日間を振り返っていた。3日間でテムルは三年分くらい成長した気がした。帰路で父にどんなに楽しかったを話し、父も大層喜んでいた。

しかし、ナミに戻ればまた元通りの日々だった。テムルにとって、この一年辛いのは、領主の補佐たちが自分をいないように扱うことだった。ラモンは領主として、道の整備や治水に加え国境、難民の管理、農作物のとりまとめ、市場のルール整備など多岐にわたる業務をこなしている。全て一人では見きれないので、それぞれ補佐がつき、実際の運営を管理している。

一年前にラモンから領主の後継であることを告げられて以来、テムルはラモンと共にあらゆる業務に係わっている。しかし補佐たちはラモンの前でこそテムルに説明してくれるものの、一人の時には全く相手にしてくれない。テムルはできるだけ業務を理解しようと、たくさんの準備をして質問をするのだが、返答があるのはラモンの前でだけだった。

こんなことで、自分は領主になれるのだろうか。父の体調が悪く、川の増水を見に行った帰り道。今日も誰にも相手にされず、テムルは雨に濡れながらとぼとぼと歩いていた。あの3日間が懐かしかった。あそこでは誰もテムルの肌の色を気にせず、問いに答え、テムルの話を聞いてくれた。ここでは、テムルの話を聞いてくれるのは両親とマヤの難民達だけ。難民達にさえ、逆に妬まれて冷たくされることも多い。

濡れることもかまわず、テムルは歩いていた。努力しても、努力しても誰も認めてくれない。どうすればこの状況を打開できるのか…。ざあざあとふる雨で聞こえないのをいいことに、テムルはちくしょう、と叫んだ。


家に帰ると、母が玄関で待っていた。

「ただいま。?どうしたの、母さん」

「テムル、落ち着いて聞いてね、大変なの…!あっ、あなたすごく濡れてるじゃない!風邪引くわ。モリー!拭くものを持ってきて!」

モリーはナミから逃げてきた娘だ。最近難民としてやってきて、母が女中として引き取った。バタバタと音がする。濡れた靴を脱いでいると、後ろからばさりと大きな布で頭から覆われ、ごしごしと拭かれる。

「なぜ雨具を使わないんだ?これでは濡れるために歩くようなものだ」

聞き覚えのある声に耳が驚く。いや、そんなはずはない。ここはナミで、しかも我が家だ。皇子さまがいるはずがない。

「母上に心配をかけるなよ」

信じられない。そう思いながらもぶつぶつ言いながらテムルの体を拭く手を取り、布から顔を出した。

「アビ様…!!」

見たとたんに、世界が変わった気がした。きらきらと輝く金髪が目に入る。自分の家とはとても思えない。美しい顔がほほえむ。

「久しぶりだな、テムル」

「お、お久しぶりです」

「ちゃんと拭け」

アビは引き続きテムルの体を拭こうとする。隣で母が呆然自失の状態で立ち尽くしている。

「アビ様にそんなことをさせるわけには」

「そう思うならちゃんと拭け」

押し問答をしている二人の横で、やっと正気になった母が言った。

「こんな、玄関で…どうぞ、あちらに」

アビが気を使わせてすまない、と言い、母は真っ赤になって恐縮している。テムルがすぐ赤くなるのは母からの遺伝なのだ。

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