第9話
次の日は雲ひとつない快晴になった。
「狩り日和だな〜!」
爽やかに言うリドに、ヨナが飲みすぎてた割には元気ね、と声をかける。
「見てたのかよ」
「目に入ったの。アビ様がお連れ下さったから、ネモ様が恐縮してたわよ」
「父上は皇帝親子の熱烈な信奉者だからなあ。あー、後でネチネチ怒られるなあ…」
クスクスとヨナが笑う。しっかりもののヨナとリドはとても似合いに見えた。狩りに行くために後継者達は早朝から郊外に集まり、それぞれ馬に乗っていた。
テムルは馬上で、二人を見ながらぼんやりと昨日の事を思い出していた。抱きしめたアビは少し震えていて、普通の15才という感じがした。あの後宴席へ戻ったアビは、テムルの父を労い、その後は他の人々のところに行ってしまった。
昨日一日で、アビを遠くに感じたり近くに感じたり、とても忙しかった。なんというか今は、アビも普通の人間なのだと感じる。いつも堂々と自信満々だが、悩み苦しむこともある普通の人間なのだと。
「では、出発しよう」
陽光を浴びた金髪をキラキラと輝かせてアビが言った。リドがふざけてアビ様がまぶしい…!と言ったが、テムルにも眩しく輝いて見えた。
狩りでは、最初は全員揃って獲物を追った。見かけによらずジェマが弓の名手で、狙った獲物は必ず撃ち抜いた。普段優しげなジェマだが、弓を構えると鋭い目つきになった。リドがジェマを追う成果をあげた。後半は二つに別れて、アビとジェマとヨナ、リドとテムルがそれぞれ成果を競うことになった。
ザザッ、と音を立てて兎が飛び出した。ヨナは慌てて矢を打つが、兎には当たらない。悔しがっていると後ろからジェマがヒュ、と音を立てて矢を放つ。見事に兎に矢が刺さる。
「どうしてダメなの?」
ヨナが悔しそうに言う。
「もっと落ち着いて射たねばなりませんよ」
すでに優しい顔に戻ったジェマが兎から矢を抜きながら言った。
「恐れず、慌てず。相手がどう動くか考えて射たねば」
なるほどな、と聞いていたアビも納得する。アビも止まっている的を射るのは得意だが、狩りはさほどでもなかった。ジェマの言うことはもっともだった。
「簡単に言うけど、難しいわ」
ヨナは肩をすくめた。
アビにとっても、久しぶりの狩りはとても楽しかった。アビには同年代の友人はいないため、狩りに出る際はこれまで従者とばかりだった。自分よりもうまいジェマに習うことも多く、競うことも新鮮だった。3人が引き続き獲物を探して馬を歩かせていると、遠くの茂みが動いた気がした。
「今度こそ…!」
ヨナが早速矢をつがう。
「待って!親子だと危ない…!」
ジェマが言ったのと矢が放たれのが同時だった。ザッと茂みを切って矢が刺さる。獲物には当たっていないようだったが、茂みから猪が飛び出してきた。母猪だった。茂みの中にいる子を守ろうとヨナの馬に体当たりをしてくる。馬は動転して、ヨナを振り落とそうとする。猪がまた向かってくる。
「アビ様…!」
ジェマが弓で猪を狙いながらアビを見た。アビは頷き、馬から飛び降りてヨナの馬の後にまわる。ヒヒーン、と馬が声をあげ、ヨナが振り落とされたのと、アビが走り込んで受け止めたのは同時だった。一緒に倒れ込み、受け身をとって何とかアビが起き上がった時、母猪を仕留めたジェマが駆け寄ってくるところだった。
「大丈夫ですか!?」
「ああ…ヨナ、大丈夫か?」
アビの腕の中でヨナはぶるぶると震えていた。
「すいません、すいません、私、なんてこと…!」
アビがヨナの背をなでる。
「大丈夫だ、ヨナ。どこか痛いところはないか?」
「はい…アビ様のおかげて、大したことはありません」
ジェマが腰に下げた袋から小さな包みを出す。
「お二人とも、痛むところはありませんか?私が薬草を練ったものです。鎮痛効果があります」
アビもさほど痛む場所はなかったが、倒れ込んだため服は汚れ
、擦り傷が目立っていた。ジェマが一つ一つ傷に薬を塗ってくれた。
ヨナの馬は興奮状態で走り出してしまったため、アビの馬に二人が乗って戻ることにした。
走り出してしばらくすると、ヨナがアビを振り返った。
「アビ様、お願いがあります」
いつになく必死な瞳で、ヨナがアビを見た。
「ん?どうした」
「この事をうちに言わないで下さい…!母がそれ見たことかと喜んでしまう」
ヨナはハッキリと物をいうタイプで、いつも落ち着いている。こんなに必死なヨナは初めてだった。
「…なぜ喜ぶのだ?」
「母は、私が後継者となる事を喜んでいません。私がよい夫に嫁ぐ事が幸せだと思っているのですわ」
ヨナは苦々しげに言った。
「…そうか」
「アビ様に助けて頂いたなんて知れたら、どれほど喜ぶ事か…!想像がつきます」
「…それでリドの求愛を断り続けていたのか」
ヨナが目を見開いた。
「アビ様…!」
「お前達はどう見ても相思相愛であろう。ジェマもわかっていると思うぞ」
隣で馬を並走させているジェマがこちらを見て、目で頷く。
「…はい。その通りです…。でも私、カヤの領主になりたいんです。民と約束したんですもの…!」
「今回の事は別に誰にも言う必要はないし、かまわぬ。しかしヨナ、お前がリドを愛するのなら、二人でその事に向き合ってはどうだ」
ヨナがアビを見る。
「求愛を断り続けて、あきらめない事を願うのは矛盾しているだろう」
「…はい」
ヨナがしょんぼりと下を向き、アビは手綱から手を離してヨナの髪を撫でた。
「お前が悪いと言っているのではない。お前もずっと一人で戦っているのでは辛いだろう。何か方法があるのではないか」
「アビ様…」
ヨナはぽろりと涙をこぼし、アビを振り向いて見つめた。そしてややあって、小さく笑った。
「アビ様って、本当に私よりも5つも年下なのかしら」
テムルとリドは、遠くで馬のいななきと大きな物音がしたのを聞いて、馬を走らせていた。
「何かあったのかな?」
「わからない。ヨナはあんまり狩りがうまくないのに気が強いから、心配なんだよな」
テムルから見ると、二人はお互いをわかり、思いあっているように見える。ヨナはなぜ求愛を受け入れないんだろうと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます