第7話

アビは宴席で次々と挨拶に来る客と杯を交わしながら、気が気ではなかった。リドとテムルの親密さから目が離せない。あの二人は初対面のはず。なぜそんなに顔を近づけて話す必要が?そんなに話し込む話題があるか?ああ、手を握っている…!

そして何より、アビに衝撃を与えたのはテムルの表情だった。リドの手を握るテムルの頬は紅潮し、昨年アビが心を掴まれたあの時によく似た顔をしていた。アビは、自分でもおかしいと思うくらい腹がたった。テムルは誰にでもあんなふうに心を開くのだ。自分は皇位継承に差し障りがあるのではと真剣に悩んでいるというのに。


いや、好都合ではないか。このまま嫌いになればよい。こんなに思い悩むのもテムルを好きかもしれないという妄想のせいだ。そもそも、テムルは誰にでも愛想の良い、ただの気のいい青年なのだ。たくましく浅黒い、自分にない美しさすに惑わされたに過ぎない。


「アビ様」

声に顔を上げると、カヤのヨナが隣に来ていた。

「ヨナか。今日はご苦労だったな」

「どうなさいました?そんな難しいお顔をされて」

「いや」

ヨナがアビの視線を追う。リドとテムルがまだ親しそうに話している。

「あら、リドってば、もうテムル様と仲良くなったのね」

「そのようだな」

「ふふ、仲良くなりたいって言ってたから何よりだわ」

チゴとカヤは隣接しており、リドとヨナは幼い頃から交流があるため、親しいということを思い出す。

「そうだな。皆が仲良くするのは何よりだ」

アビはやむなく平静を装う。

「テムル様って、可愛らしい方ですね。リドが仲良くしたがるのも無理ないわ」

「そ、そうか?たくましい若者だが」

ヨナが声をあげて笑う。

「アビ様、違いますよ。中身です。純粋で素直な方でしたでしょう?私たちは後継者として様々な思惑の中で育っていますから、多少すれているところがありますが、そういうところがない方だなってリドと話していたんです」

緑の目を細め、ヨナが微笑む。アビは確かにその通りだなと思った。テムルは純粋で、素直で、傷つきやすい。

「そうだな」

「それはそうと、今日は本当にありがとうございました」

「何がだ?」

「あのような場を設定して下さった事です。私達の世代が領地を越えて話すことはとても意義があります。アビ様にしかできないことですわ」

ヨナは心からアビに感謝していた。未来を支える領主候補として、誰もが不安でも、領地内に同じ立場の者はいない。貴重な機会だった。

「そこまで感謝される事ではない。深い意図があって設定したわけではないのだ」

何といってもアビの個人的な事情から始まった会だ。ほめられるのもくすぐったかった。

「でも、とても楽しかったです」

「それは私もだ。逆に皆に感謝せねばならぬな」

アビがとても美しく微笑んだので、ヨナは少し動揺してしまった。この皇子は自分の美しさにとても無頓着だ。


「あっ、ヨナがアビ様と笑ってる…!」

リドが二人を凝視してそう言った。テムルもつられて二人を見る。二人ともほっそりして落ち着いた雰囲気で、似合いに見える。

「お似合いだな」

「テムル…!俺思ったけど言わなかったのに。アビ様相手とか強敵すぎじゃない?」

しょんぼりしたリドにテムルは思わず笑ってしまう。

「ヨナが好きなのか?」

「うん。ずっと昔っから」

アビとヨナが笑いあっている。

「もう俺、10回は求婚したよ」

「10回も?」

リドが頷いて杯を傾ける。

「うん。初めて会った時が一回目」

「いくつの時?」

「6歳」 

テムルは驚いてむせる。

「ゲホッ、ろ、6歳?」

「うん。ひとめぼれでさあ」

「それはまた早かったな、運命の出会いが」

テムルが6歳の頃は野原を駆け回っていた。

「うん、今も好きなんだから見る目あったよ。6歳のおれ」

リドは飲み続けながら話す。飲むピッチが早い。

「でもさあ。こないだは領主同士はダメ、その前は女が年上はダメって、だめばっかなの。あー、アビ様がライバルになっちゃったら防ぎようがないよ」

「アビ様はかっこいいもんな」

「うん。去年まで美少年て感じだったけど、背が伸びてかっこよくなったよな。今日もかっこよかったし。顔も良くて頭もいい皇子なんて、太刀打ちできないよな」

「確かに」

「アビ様に求婚されて断るやつなんてどこにもいないよ」

確かにそうだろうなとテムルは思った。美しく賢い皇子にそんなことを言われて断る娘はいないだろう。


「テムル」

ちょうど考えていたその時に、アビに声をかけられたのでテムルは心臓が止まりそうになった。

「アビ様…!」

「リドは大丈夫か」

すごい早さで飲み続けたリドは、酒が回ってうつむいて眠りかけていた。

「父親たちに見つかる前に部屋に連れて行くか」

テムルたち来客は全員城内に客間が用意されている。アビがリドの脇を支えた。

「テムル、お前はそっちだ」

慌ててテムルも立ち上がる。リドは酔ってはいるものの何とか歩けそうだ。

「アビ様…ヨナはダメです…」

支えられながらリドは言う。

「何がだ」

宴席を抜け、長い廊下を二人でリドを支えながら歩く。

「アビ様はかっこいいけど、ヨナはあげません…」

「お前のものではないだろう」

酔っぱらいに真面目に答えるアビがおかしく、テムルは少し笑ってしまった。

「何がおかしい」

「いえ、リドは酔っているなと思って」

「ずいぶん仲良くなったんだな」

なぜかアビが怒っているような顔で言った。

「アビ様のおかげです。今日はとても楽しかった」

「さっきヨナも同じ事を言っていた」

「そうでしたか。リドがお二人を見てやきもきしていました」

「なぜだ?」

支えられているリドがぴくりと反応し

「それはあ、ヨナが好きだからです!」

とやけにはっきり言った。

「なるほど」

アビが頷く。

「アビ様が求婚すれば、誰もがなびくのではと心配していました」

テムルが言うと、アビがじっとテムルの目を見つめた。

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