第6話

「いえ、興味深いお話で私も聞き入ってしまいました」

テムルが答えると、リドはにっこり笑って頷いた。

「先程のご意見、大変よくわかりました。今後も引き続き情報交換させて下さい」

リドは頭もよく、人当たりがいい。はっきり意見を言うが押しつけがましくなく、愛嬌がある。育ちがいいというのはこういうことなんだろうなとテムルはしみじみ思った。


アビが話を進める。

「次に、皆から意見を聞きたいことがあるのだが、よいだろうか。今後、我が国では日照りが予測されているが、今のうちに打てる手を打っておきたいと思っている。考えを聞かせてほしい」

まず、ヨナが答える。

「日照り…川の水が干上がれば飲水、田畑への水路、生活用水すべてがストップしますね」

「そうだ。長く続けば死人が出る。その年は風の向きが変わるというお告げらしくてな」

アビが返し、リドが続いて話す。

「なるほど…川はアイゼン山脈から流れていますよね」

「そうだな。水源を確認してはいないが」

アイゼン山脈はテムルの庭のようなものだ。山向こうはマヤなので行ったことはないが、山頂近くまで何度も登った。

「水源なら、見たことがあります。非常に小さな湧き水が水源です。山の湧き水は直前の雨ではなく、蓄積した雨が地下水となり湧いてくるものですよね。であれば、湧水ポイントをさらに探すのも可能かもしれません」

テムルの言葉にアビは力強く頷く。

「そうか。ぜひ一度見てみたい。今度連れて行ってくれ」

「はい」

「別の観点になりますが、乾きに強い種を改良してもいいかもしれません」

ジェマの言葉に全員が振り向く。

「そうか、日照りでも育つ麦や草があれば」

「はい、いくつかの問題が解決します」

「それは早急に支援しよう。財政にかけあっておく」


議論は多岐にわたり、一同は時間を忘れて話し合った。宴の準備がと従者が呼びにきてアビは時間に気がついた。

「皆、もう時間のようだ。今日は大変有意義な時間を持てた。心から感謝する。また、今日約束したことは皇帝アグリの名にかけて必ず実行する。今宵は宴を楽しんでくれ。明日は皆で狩りに出かける。面倒をかけるがよろしく頼む」

アビが謝辞を述べて、意見交換会は解散となった。テムルも気後れしていたが、後半は意見を言うことができて、何だか充実感があった。ここにいる人は誰もテムルが混血だからと見下さないし、意見に耳を傾けてくれる。

こんな世界もあるのだと思った。自分にもできることがある。そして同時に、自分はまだまだ未熟だ。できない自分が歯痒く悔しかった。でもそれは、何だか清々しい悔しさだった。


宴が始まる。今年はキリの楽隊が切ない笛の音を鳴らす。郷愁をかきたてられるような音色だった。皇帝アグリはじっと目を閉じて聞き入り、曲が終わるとキリと領主、及び先代の領主を讃えた。キリの領主はジェマの兄、バードである。キリは先代の領主が数年前に亡くなり、バードは35の若さで領主を努めている。


騒がしい宴席も、昨年に比べるといくらか気楽に構えることができた。テムルはラモンの隣でキリの笛の余韻に浸っていた。

「テムル様」

声をかけてきたのは、リドだった。

「リド様。先程は大変お世話になりました」

「いやいや、こちらこそ。テムル様の話、とても参考になりました…、って、かしこまった話し方じゃなくてもいい?多分年も同じくらいじゃないかな」

リドがいたずらっ子のような表情で言った。テムルの顔もほころぶ。

「それは助かる…俺は18になった」

「やっぱり、同い年だ」

ラモンがリドと仲良く話すテムルをにこにこと眺めている。リドは少し声をひそめた。

「去年、うちの親父が絡んだんだって?本当、あいつ頭固いから…ごめんな」

テムルは驚いて返す。

「よく知ってるな…!い、いや絡まれたというほどじゃ」

「いやー、従者が言ってたよ。ネチネチ見苦しかったって」

テムルは思わず吹き出す。

「自分の父をそのように言うなんて、自由なんだな」

「あんな石頭の言うことばっかり聞いてられないよ。時代に取り残される。うちの親父のいいところは教育に金をかけたとこぐらいだね。おかげで息子はいい教師のおかげで優秀になった」

リドの悪びれない様子にテムルの気持ちもほぐれる。

「確かに、全然ちがった考えだな」

「そうだよ。ところで、今日面白かったなあ。こんな会やってくれて、さすがアビ様」

「本当に。勉強になったし、刺激的だった」

「何だかんだ領主の後継者ってプレッシャーもあるし、何で俺だけこんな領民の未来考えてんのって嫌になる時もあるもんな」

テムルは驚く。そんなことを思っているのは自分だけだと思っていたからだ。

「リドもそうなのか…?」

「そりゃそうだよ。頑張っても頭の固い親父には否定されるしさ」

「俺も、自分だけ辛いような気分になってた。頑張っても混血だから領民には認められないって」

「それは辛いね。でも、ラモン様はすげえまっとうな領主だし、仲良さそうで羨ましいけどな。今日の話もいい話だったよな」

テムルは言葉にできない気持ちが胸の中をうずまくのを感じた。父を誇らしく思う気持ち、自分だけが辛いと、恵まれていないと思っていた恥ずかしさ、同じようにプレッシャーと戦う仲間がいる嬉しさ、そうした気持ちがうずまいて言葉にできず、リドの手を取った。

「リド…!ありがとう…!」

本当は抱きしめたかったが、人目のある宴席なのでギリギリとどまった。リドは手を熱く握られて少しとまどっていたが、大変な同士、仲良くしてくれよな、と笑った。

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