第5話

「テムル」

「アビ様…!」

式の合間に、驚くほどの勇気を出してテムルに声をかけた。これまでアビは、誰に声をかける時も躊躇などしたことはない。しかし、テムルに万が一冷たくあしらわれたらと思うと勇気が必要だった。テムルは嬉しそうに振り向いたので心配は無用であったのだが。

「背が伸びたな」

「アビ様も伸びましたね!」

テムルは身長も伸び、さらに体格が良くなっていた。浅黒い肌によく映える生成りの礼服を着ている。がっしりした肩が逞しい。アビも最近成長期を迎え、背が伸びてきたのは喜ばしいことだが、筋肉がつきづらいようで全体的にほっそりしている。


「今日は去年とは違った内容があるとか」

テムルは一年ぶりに見る皇子のまばゆいばかりの美しさに目が眩みそうだった。昨年は少年であったアビ皇子は、一気に背が伸び、視線を交わせる高さになった。青年へと脱皮しつつある姿は、ほっそりと美しく、だが弱々しくはなく、男性とか女性を超越した美しさを感じる。グレーの瞳に見つめられるとどぎまぎしてしまう。

「そうなのだ。私がわがままを通してもらってお前たちを集めた。意見交換があるぞ」

後継者たちの意見交換があるという。テムルは自分が役目が果たせるか心配だった。チゴのリドも、カヤのヨナも、もちろんキリのジェマも、誰もが立派な出で立ちで優秀に見える。この1年、ラモンからまだ正式な発表はされていないが、後継者として成長しようと地区のことを学び、体を鍛えてきた。しかし、周囲の目は変わらず、自信は少しずつ失われていった。領主になることは絶対に諦めたくなかった。自分に勇気をくれたアビ皇子に会うことで、改めて己を叱咤したかった。

あの時のように、アビ皇子とゆっくり話せればいいのだが…。

声をかけてもらえただけでもありがたいのに、それは贅沢かもしれない。でも、変わらずアビが親しく接してくれたことが嬉しかった。二人は予定されている後継者たちの意見交換会に向かった。


後継者たちが席につき、意見交換会が始まった。同時進行で領主たちも領地の間にある山林や川の治水など諸問題について話し合っている。

アビが冒頭、礼を言った。

「集まってくれたことに感謝する。私のわがままで若者たちの意見を聞きたいと言ったのだ。国政について、領地について、こうしたい、ここが問題だ、何でも構わない。是非聞かせてほしい」

まず口を開いたのはチゴのリドだった。

「難民問題について是非ナミ領の方に伺いたい。チゴでは高齢化が進み、山間部の人口が減少している。私はチゴでも難民を受け入れるべきだと考えるのだが、父は強硬に反対している。何が課題になっていますか?」

リドは白い肌に茶色の髪をした、気の強そうな目をした青年だった。このような場で口火を切るとは、自信があるのだなあとテムルは感心した。

「テムル、リドはこう言っているが、どうだ?」

アビに言われて自分が答えなければならない事に気づく。

「すいません…、失礼しました。難民の受け入れに関してですね。私自身、母が難民です。今、ナミ領ではきちんと申請した難民は住居が用意され、他の人々と同じように働く権利があります。しかし、マヤの人々が自分の仕事を奪うと考えるナミの人もいます。仕事につけない人もいて、困窮して犯罪を犯す人がいると、肌の色も違うためどうしてもマヤ難民=治安悪化の要因とされてしまいがちです」

リドが頷く。

「なるほど。これまでザナはほぼ単一民族だったので閉鎖的なところがあるかもしれません」

「厳密に言えば単一ではないのでは?」

カヤのヨナが質問をした。緑の瞳が美しい娘である。

「カヤには海から人が来たという民話がいくつも残っています。すべてが作り話とは考えにくいので、必ず海から来た人々とザナの民は血が混じっているはず」

アビが頷き、答える。

「ヨナの言う通り。カヤだけでなく、海に面した土地にはあちこちにそのような話がある。キリにもあったと思うが」

キリのジェマが顔を上げる。この中では年長者にあたるが、優しい顔立ちで、ゆっくりと話す。

「はい、ございます。私は植物の研究をしていますが、海辺には風に乗ってよそから運ばれて来た花が咲きます。そこから考えても、人も流入しているだろうと」

ザナのある大陸にはいくつかの国があるが、海の向こうに行って帰ってきた者はいない。

「大陸の南側にも同じ種が見られるのか」

アビが問い、ジェマが答えた。

「いえ、他のどこにも生えておりませぬ」

おお、と一同にざわめきが起こる。

「ではやはり他にも大陸があるのだな」

リドが問う。続けてヨナが重ねる。

「大陸とは限らないのでは?小さな島かも」

「そうですね、いずれも可能性があります」

「ジェマ様、この事は公表されていないのですか?すごい話ですよね、アビ皇子!」

「でもまだ、可能性の話ですから」

立ち上がったリドの興奮に、ジェマが笑って答える。

「リドはすっかり興奮してるわね。なんの話だった?」

ヨナがクスクス笑った。

「興味深い話だったが、すっかり脱線してしまったな」

アビも笑って言った。リドは恥ずかしそうに席につく。

「失礼しました。いや、海の向こうに大陸なんてすごい話で興奮しちゃって。アビ皇子までそんなに笑って…すいません」


アビを中心に親しげな雰囲気で話す一同に、テムルは気後れしてついてゆけなかった。参加している後継者達の優秀さや素早い反応にも自分の愚鈍さを恥ずかしく思ったが、特にアビは聡明で知識も深く、話題を次々と展開させ、深めていた。自分だけがアビと親しいような気分になっていたことが恥ずかしく思えた。皇子が遠く感じる。

「テムル様、申し訳ありません。せっかくお話頂いたのに」

リドに声をかけられて、テムルは顔をあげる。

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