第4話

謁見式が終わり、日常が戻ってきた。しかし、アビは調子が悪かった。ふとした時にテムルの事を思い出してしまうし、何だか心臓がおかしい。いつまでたっても治らないので、医師に見てもらうことにした。


どこにも悪いところはないと医師に言われ「いやしかしあの動悸は尋常ではない」と主張すると、誰かの側にいたり顔を見ると動悸が早まるのは恋煩いです。と言われてしまった。アビは衝撃を受けた。

恋煩いだと。テムルに。あの健康的な男子に。アビは自分が次期皇帝だと思っているので、跡継ぎを作れないことは致命的である。まさかこんなところで躓くとは。

できれば違ってほしい。いや、そうでなければ。きっとあのような美しい顔を間近で見たり、接触が初めてだったからこのようなことになったのだ。このときめきは勘違いだ。そうにちがいない。

それを証明せねば。


「父上」

「何だ、アビよ」

「今度のチゴ領への視察ですが、私も同行してよいでしょうか」

「おお、そういえば祭りに招待されてたな。なんだったか…」

「豊穣を祝う祭りです。領地一番の美女が神に捧げる踊りを踊るという」

父はにやにやして、美女、そうかアビもそういう事に興味のある年頃か、と喜んでいた。

領地一番の美女なら何かを感じるかもしれない。アビは期待してチゴへ向かった。


親子で現れた皇帝に、ネモの喜びようといったらなかった。これは皇室がチゴを重視している証拠である、と演説し、皇帝陛下よ永遠に!という歌を歌い父をげんなりさせた。やっと美女が踊り出した時には親子共々疲れていた。しかし、確かに美しい娘であった。抜けるような白い肌に赤い唇、黒髪を揺らめかせて腰を振る姿は扇情的だった。

父がどうだ、気に入ったか?と聞いてきたが、確かに美しいのかもしれないが何も感じなかった。強いていえば、美しい魚や動物を見たときのような「きれいだなあ」という感じはした。正直にそう言うと「お前にはまだわからんかったか〜」と笑われた。


チゴ以外でも父皇と領地を巡るたびに評判の美女を探してみたが、徒労であった。心動かされる女性はどこにもいなかった。もしかしたらと男性も観察してみたが同じだった。ただ一度、テムルに似た背格好の後ろ姿をみて心が騒いだ。しかしテムルではないと気づいてがっかりする自分がいた。1年が経ち、アビは認めざるを得なかった。心を動かす存在はテムルのみであると。ただし今のところはと自分に言い訳をしつつ。


次にアビは、濃厚な接触による刺激が問題だったのかもしれないと考えた。アビには母がおらず抱きしめられた経験が少ない。それゆえあんなにも動揺したのかもしれない。


「爺や」

「はい、アビさま」

「ちょっと抱きしめてくれ」

「は?」

「抱きしめてくれ。今すぐ」

御年65歳の爺やことダリは、アビはもちろん皇帝アグリも生まれた時から面倒を見ている、ザナ皇国の生き字引である。怪訝な顔をしていたが何かを始めたら聞かないアビをよく知っているので、黙って従った。

確かにあたたかく、嫌な気分はしないがアビの期待するような効果は得られなかった。心臓は平穏である。

「爺や相手ではダメか…」

「何がでございますか」

「いや、こちらの話だ」

アビの抱きしめてくれトライアルは爺やに始まり、父、女中頭、従者、家庭教師と相手を選ばず続けられたが、10人目あたりで父に「私はお前にそんなに寂しい思いをさせているのか」と悲しい顔で言われて終了となった。誰もが温かく抱きしめてくれたが、残念ながらあの時のような気持ちにはならなかった。


そうこうしているうちに、謁見式の季節がやってきた。アビは15になった。最後の頼みとして、テムルへのときめきは友情、もしくは兄弟や家族へのようなものなのではないかと考えた。父や爺やのことのように親愛の情で特別に感じているのかもしれない。これまでアビには特別仲の良い友人はいなかった。だから心が勘違いをしているのかもしれない。


「爺や」

「何ですか、アビ様」

「年の近い友人を作ろうと思うのだがどうだろうか」

ダリの眉が少し動いた。あまり感情を表に出さない爺やだが、嬉しそうであった。

「それは素晴らしいことですな。アビ様はお立場ゆえ、家庭教師に必要な内容を習っておりますが、同じ年頃の者が城内には少ないですからな」

爺やは喜び、父も賛成してくれた。今度の謁見式では各領主に皇子との親交を深めるため、後継者をぜひ連れてくるようにと案内が出された。


謁見式には各領主がそれぞれ後継者を伴って現れ、例年以上に華々しい式となった。

チゴからはネモの息子リド、カヤからは娘のヨナ、キリからは領主の年若い弟ジェマ、そしてナミからはテムルが後継者として参加した。テムルは18になり、ますます逞しく美しい若者に成長していた。アビを見つけてはにかんで微笑む姿を見て、ここまでの努力は何だったのかと思うほどアビは動揺した。


式が始まり、各領主から名産物が納められ、近況が報告される。昨年神官が告げていた日照りはまだ見られていないが、マヤ国では日照りが続き、大変な飢饉になっているという。ザナ皇国とマヤ国の間にはアイゼン山脈がそびえており、ザナの北方にある海からの風はアイゼンにぶつかる。そうすると、ザナに湿気が落ちて雨が降るが、マヤには乾いた風だけが吹いてゆくのだ。ゆえに、マヤは日照りになりやすい。マヤから逃げてくる民は命がけでアイゼン山脈を越えてくる。

この分では、ナミ領には例年より多くの民が逃げてくるであろう。そして、領民との軋轢が生まれるのは間違いない。ラモンの報告にはそのことが言外に含まれていた。 

「しかし今後もナミ領では難民の受け入れを続けて参りたいと思っています。日照りも重い税も、民が悪いわけではありません。民の生きる権利を守ることは領主としての努めだと思っております」

そう話したラモンに城内では拍手が鳴り止まなかった。皇帝アグリも、ザナ皇国として難民の受け入れを宣言しようと約束し、ラモンとがっちり握手をした。ただ、アビの目から見てもラモンは以前よりやつれており、体が心配だった。

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