第27話 敵陣侵入!

 空中で投げ出され、地面に体を叩きつけられた。

 死ぬんじゃないかという衝撃の後、全身の痛みは速やかに引いていく。セカンダリのゲージを見ると、HPはまだ残っている。


 ポーションを呼び出し、回復。


 ほこりを払い、私は立ち上がった。公園の遊歩道みたいな場所で、芝生や灌木かんぼくの繁みが目に青々としている。

 周囲には誰もいない。敵も、仲間も。空は相変わらず、変な色。


 ……どうすればいい? たった一人で。


 手がかりと言えば、ご主人の反応だけだ。もう、歩いても遠くない距離にいる。


「行くしかない、か」


 とぼとぼと歩道を歩きだした。


 行く手の先には、お城のように巨大な石の建造物が見える。

 近くのあれは、売店、それとも休憩所だろうか。がらんとしていて、窓にガラスもはまっていない。割れたのではなく、まだ工事中のようだ。


『シロ――シロっ!』


 魔導の腕輪からの波動に続き、声が聞こえた。

 セカンダリの通信機能――そうか、これを使えば連絡を取れたのか。


『何をぼんやりうろついてんのよ! 見つかっちゃうじゃない!』

「見つかる、って……」

『あー、もうっ!』


 きょろきょろあたりを見回していると、いきなり後ろからふんづかまえられて私は繁みに引っ張り込まれた。


「うわっぷ」


 出しかけた声を、手で塞がれる。背中にあたる柔らかい感触。びっくりしたけど、慌てはしない。声と同じ、アクリーの匂いだ。


「静かにしてて」


 二人して、息を殺して繁みに潜む。ほどなく、その目と鼻の先で、一人の男が歩道を通り過ぎていった。


 異様な姿だ。

 頭から灰色のローブをすっぽり被って、顔のところに目を出す穴だけ開けてある。男とは言ったが、体格だけで本当に男かもよくわからない。

〈異端者〉の集団。キシャが語った敵の素姓にぴたりとはまるイメージではあった。


 視界の狭そうな扮装のせいか、男はこっちに気付くことなく歩き去ってしまう。


「……ふう。無事だったか、アクリー殿」

「何言ってんの。さっきパーティ組んだんだから、セカンダリで見れば一発でわかるでしょ」


 あ。そういえば。

 こっちの事情を説明しがてら、アクリーもパーティに入れたんだった。


【パーティ編成

 2.ピュオネティカ Lv8 勇者 HP:480 MP:103

   E:白銀の祓魔剣 神雀の羽衣 聖天の守り

 3.シロ Lv6 探索者 HP:215 MP:70

   E:盗賊のナイフ イツタマ印の軽装鎧

 4.アクリー Lv10 魔法使い HP:322 MP:389

   E:教会制式制魔杖ASW-20 良い子のマント 悪霊の護符 】


「よかった。勇者殿も無事だったか」


 私は胸を撫で下ろす。

 ナンバー1のキシャがリストから消えていることとか、アクリーの装備品とか、気にならないこともないではなかったが。


「ピュオネティカ、聞こえる?――こっちは今、シロと無事に合流したとこよ」

『――アクリー、私もどうにか無事です。フェクシィも、ちゃんと還れたみたい』

「そう。こっちの場所は、わかる? そこから少し、離れてるけど……」

『はい。確認しました。でも……ここって何なんですか?』


 通信で聞こえる勇者の声が、私と同じ疑問を口にした。アクリーは、視線を変な色の空に向けて、


「魔法的な偽装空間よ。話を聞く限りじゃ、例の異端集団が作ったと見て間違いないでしょうね」


 偽装空間。確か、キシャもそんなこと言ってたな。詳しいことはわからんが。


『何ですか、偽装空間って?』


 勇者にもわからなかったらしい。


「外からはフツーの場所に見えて、視界に入ってても注意が向かないような仕掛けがしてあるのよ。物理的に遮断する効果がない分、高レベルの術者にも察知されにくいとは聞いてたけど……聖都のド真ん中で教会にも気づかれずこれだけの規模の空間を作るなんてね。噂通り、ヤバい連中だわ」

『噂?』

「さっきの奴が呼び合ってたでしょ。『ボズィマー』に『エージィ』って。こないだ検挙した例の違法キノコ絡みで出てきた名前がドンピシャなのよ」


 そうだ、ボズィマー! フンドシ鎧のおっかないお姉さん! 通信先から聞こえたあの声は、猫探しの件でナガテと戦った魔族のものに違いなかった。


魔道司祭ダークプリーストターツ、冥戦士ヘルバトラーボズィマー、魔導士まどうしエージィの魔族三人組。クラスは三つとも上位だし、はっきり言って私たち三人じゃ一人相手でも厳しいと思うわ」


 アクリーがセカンダリを操作して、捜査資料を呼び出してくる。


 ターツ、ボズィマー、エージィと名前付きの顔写真が三つ。既にお尋ね者らしい。


 ボズィマーとエージィは、確かに知った顔だ。前者が二十歳ぐらい、後者が十五、六。もう一人の魔道司祭は、大体その真ん中あたりか。

 真っ直ぐな黒髪で、顎も目もほっそりした色白な女だった。美人だけど、いかにも黒ミサとかやりそうな雰囲気はある。


 ともあれ、あのボズィマーと同格の敵が更に二人もいるとすれば、私たち三人では実際厳しい。

 敵の本拠は、もはや目の前。

 私に課せられた第一の任務が『探索』であったことを考えれば、ここは一旦、満足して退くべきだろうか。


「アクリー殿。現在地がどこだかわかるか?」

「……ええ。第十六教会区、多分、元々は建設中のテーマパークだった場所じゃないかしら」

「そうか。それだけわかれば……」


 最低限の目的は達した。そう判断してもいい。続けて、アクリーに確認する。


「ここに、外部からの応援を呼べるか?」

「やってみたけど、外との連絡は無理みたい」

「わかった。勇者殿と合流して、一度外に出よう」

「……そうするしかなさそうね」


 勇者と連絡を取り合いながら、見回りの目を避けて移動を開始。パーティメンバーの大まかな位置は、探索系のスキルがなくても把握できるようになっているらしい。


 ず、ず、ずずずず……


『隠密』スキルと同様の効果を持つ魔法段ボール箱(アクリーが呼び出した)に身を隠し、遊歩道を慎重にっていく。


 ずずず、ずずず、ず、ず、ずっ……


 いい具合にゲシュタルト崩壊してきた辺りで、勇者の姿が見えてきた。金髪の頭が繁みの中にしゃがみ込んでいる。


『勇者殿――』


 通信で呼びかけつつ、魔法段ボールを持ち上げて顔を出す。


「シロっ!」


 こちらに気付いて、勇者はひょこりと立ち上がった。安堵した顔で、不用意すぎるほど簡単に。


 どうにも間が悪すぎた。腹這いで箱の隙間から覗ける視界では、勇者が潜む繁みの向こうまではしっかり見えていなかったのだ。

 まさか、さっきの覆面目出し全身ローブ男がすぐそこに立っているなんて――


『勇者殿、後ろに敵だ!』


 慌てて、警告を飛ばす。


「え?」


 棒立ちで振り返る勇者。


 男は、その手に出刃包丁を握っていた。ちゃんとした武器じゃないところが、狂気めいた服装の異様さをより一層際立たせている。


「オオォォォォォッ!」


 ローブの中でくぐもった、獣じみた雄叫び。男は包丁を腰だめに構えて、勇者へと突っ込む。身のこなしはごく平凡で、それほど強い敵とは思えなかった。


 なのに――


「勇者殿っ!」


 なぜ、動かない! 武器を呼び出して応戦するか、せめて逃げるか。対処できない相手ではないはずだ!


「うぁ……っ」


 後ずさったのは、ふらりと一歩だけ。完全に腰が引けてビビっている。


 このままじゃまずい!

 箱を捨て、私は飛び出した。敵よりも早く、速く。間一髪で、勇者を突き飛ばす。


 グサリ、と。


 包丁が突き刺さったのは、私の腹だった。


「……っぐ」


 冷たい痛みに、血が溢れだす。思考は逆に沸騰していた。殺すべき敵が、目の前にいる。倒れてなど、いられるものか――!


 盗賊のナイフ。切っ先で、ローブを突き通す。喉首をえぐる手応えがあった。


「シロっ!」


 背後から、アクリー。しかし、彼女の出番はもうない。


 敵は、膝から崩れ落ち――光の粒となって消滅した。


「……ふん、木偶デクだったか」


 悪態をつくのが精一杯で、私のほうも膝が砕ける。結局、アクリーの世話になって抱き止められた。


「シロ……わたし……っ」


 ずるずると座り込んだ私に、勇者がしゃがんで顔を寄せてくる。何も、そんな泣くことはないのに。HPのゲージを見れば、死ぬほどじゃないのはわかるだろう。

 でも……、痛いな。傷のせいか、いつものようには引いてくれない。


「……ごめんなさい……シロ……」

「いいんだ、勇者殿。わかってる」

「でも、だって……」

「私は犬だからな。殺す相手が同類かどうかなんて、いちいち気にするのは人間だけだ。勇者殿は、それでいい」


 動けなかったのは、そういうことだ。

 人殺しなんて、彼女にはできない。神の正義がどうしたって? まったく、処刑人が聞いて呆れる。


「無茶しちゃって……ポーション使うわよ。傷と痛みも早く消えるはずだから」


 耳元で、アクリーの溜め息。

 HPのダメージとは別に、深手によるペナルティも存在するということらしい。


 結構なことじゃないか、私には勲章だ。


「……守るべきものか、それ以外か。犬にあるのは、その区別だけだ。群れと家族を守るためなら、どんな敵にも牙をく。そういう生き物なんだ、私は」

「はいはい、わかったから」


 強がる私を、青白いいやしの光が包み込む。HPのゲージが上昇――痛みがやわらぎ、驚いたことに流れ出た血液まできれいさっぱり消えてなくなった。

 元々、私の一部分だったからか? 服にしみは残らなかったが、刃先で開けられた穴はそのままだ。


 やっとのことで立ち上がった私を、勇者が思い切り抱きしめてきた。


「シロ……わたし、がんばるから……今度は絶対、あなたを守るから……っ!」


 ……ああ。でも、もう十分助けられてるよ。

 私一人じゃ、絶対ここまで来られなかった。


 言おうかどうか迷っていたら、無粋なサイレンと音声に邪魔された。


『警備戦力に損傷発生、ポイントDh14。付近のガーディアンを急行させます』


「な、何です……?」

「勇者殿、これは……」


 我に返って、互いの顔を見合わせる。

 よくわからんが、ポイント何たらって多分ここのことだよな……?


「うわっ、何よアレ……?」


 アクリーが、ドン引きの声音でうめく。


 見れば納得、ぞっとする光景だった。たった今始末した灰色覆面目出しローブ男。それと寸分すんぶんたがわぬ個体が、十人以上も連れ立って包丁片手に走ってくる。

 某ハリウッド超大作もビックリ、SFX抜きの実写版クローンカルト集団だ。


「やるしかない、か」

「……はい、今度こそ」


 私に頷き、勇者は決然とその手に剣を取った。あそこまで非人間的なら、かえって彼女には戦いやすかろう。


「もうっ……」


 アクリーもうんざりと杖を呼び出す。教会制式何たらかんたら。シンプルな金属製で、握りの部分はいかにも敵を殴りやすそうな六角形の多面体になっている。


「ファイアーボールっ!」


 握りの頂点部の宝石を敵に向け、お得意の魔法を発射。先頭の一体を吹っ飛ばす。後衛として彼女を残し、私と勇者が前に出た。


 キシャに連れられ、修羅場を潜ってきた経験も生きたのだろう。一般人と大差ない動きの覆面軍団が相手なら、レベル8と6の二人でも十分に前衛は務まった。

 勇者が斬り込み、敏捷に優れた私が撹乱しつつ援護、そして後方から魔法攻撃。


「ていっ!」


 あっという間に数を減らして、最後の一体を勇者が片付ける。


 と――またしても、同じ格好の新手がうじゃうじゃ駆けつけてきた。前から五体、後ろに六体、右と左にもそれぞれ数体。逃げ場もなく囲まれてしまう。


「くそ。キリがないな」

「……ほんとだわ。このままじゃ、消耗戦で力尽きるかボスが出てきてやられるか。どっちにしても見通し暗いわね」


 背中合わせに、苦い声を交わす。雑魚とはいえ、この調子で湧き続けるなら脱出の目論見もくろみついえたも同然だ。


 しかし、そのとき――サイレンが鳴り渡った。


『侵入者発生、侵入者発生。自動迎撃プログラム起動。損害が多数発生しています』


 同時に、敵の動きが硬直。


「……何が起きた?」

「さあ……」


 アクリーにもわからないらしい。勇者もきょとんとしている。


 セカンダリに通信が入った。


『勇者殿、シロ殿。応答してください。御無事ですか?』

「トーマ!」


 勇者が歓声を上げる。まぎれもなくトーマからの通信だ。私が応答した。


「トーマ殿、こちらはシロだ。今、アクリーと三人で敵に包囲されている。全員無事だが、多勢でキリがない」

『現在、我が隊の総勢で偽装空間に突入しました。敵の迎撃はこちらに集中するはずです。そちらで何とか、ご主人の居場所を探せませんか?』

「――わかった。やってみる」


 リリディア大司教の指図でこちらを追跡していたのだろう。願ってもない援軍が、先回りして呼ぶ前に来てくれた。

 これで形勢逆転だ。仲間たちの顔も、にわかに活気づく。


「そういうことなら、こんなのさっさと蹴散らしていくわよ!」

「はいっ!」


 硬直が解けた敵の包囲陣へ、息を合わせて私たちは突き進んだ――

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