第25話 トラブル発生!

 三十分ほど走った車は、旧市街を囲む環状ハイウェイに乗っていた。目指す反応はその外側、近代化された新市街だ。


「……ちょっと、遠ざかってないか?」

「これが最短ルートだよ。街中だから、一直線ってワケにはいかないし」

「そうか。そうだな」


 気が急いてピリピリしているところを、やんわりとキシャになだめられた。深夜で道は空いているし、車はかなり飛ばしている。なのに、どうにももどかしい。


 いっそ、空でも飛んでいけたらいいのに――。


 思いつつ見上げた視界を、大きな影が遮った。

 車だ。かなり背が高い。暗めのモスグリーン一色で、運転席しか窓がない鉄の壁。トラックみたいなデカブツが、両サイドのレーンを並走して私たちの車を挟み込む。


「……何だ?」


 見回すと、後ろにも同じやつがいた。


 それだけでもない。三両の大型車に付き従うように、幌を外したオフロードの四駆が何台も周りを囲んでいる。

 乗っているのは、神殿で見慣れた赤の制服。どちらの車種も見るからに軍用だ。

 そうこうする間に、四車線道路の大外から更にもう一台、四両目の大型車がこちらの車線に回り込んで進路を塞ぎにくる。


 そして、頭上に落ちかかる影とサーチライトの光。

 バリバリと音を立てながら、上空から機械式の旋風が降下してきた。航空関連技術は隠蔽されてるとかアテにならない神様が言ってたけど……


 ヘリコプターはあるんだな、うん。


「そこの車ぁ、止まりなさい! ヘボ勇者と犬っころを乗せたキザったらしい銀色のオープンカー!」


 ヘリのスピーカーが、甲高い少女の声でがなり立てた。


「……ヘボ勇者?」

「……犬っころ?」


 思わず、互いの顔を見合わせる。聞き覚えがありすぎる悪態の声だ。


「やれやれ、こんなときに」


 助手席のキシャが額に手を当てた。


 前を塞ぐ車列が減速してきて、こちらも停車を余儀なくされる。

 輸送車のドアから、四駆の座席から、続々と湧いてくる制服の男たち。車輛による包囲の輪が車線を完全にき止めたところで、ヘリの羽音が急接近してきた。


「うぁ……っ」


 強烈なダウンウォッシュ。たまらず、顔を腕でかばう。轟々ごうごう風塵ふうじんを巻き上げ、鉄の塊がゆっくりと路上へ降下する。

 目の前に来られると、これがまたデカい。こんなの、ほとんど空飛ぶトラックだ。体ごと宙に飛ばされてしまいそう。


 スペースを空けられた包囲網の中央部へ、ヘリが横向きに着陸。


 キャビン側面のスライドドアが開け放たれ、姿を現したのは――悪態の主と、その上官。


 要するに、アクリーとナガテだった。


「なーんかコソコソやってると思ったけど、ついに尻尾をつかんだわよ! お尋ね者の魔族とその他二名っ、おとなしくお縄を頂戴ちょうだいしなさい!」


 びしっ、とアクリーが私たちを指さす。


 そうか。

 特に意外でもないけど、やっぱりこの魔族ひと、お尋ね者だったんだな。


 ……かと言って、納得してもいられない。おとなしくお縄を頂戴などしていたら、何もかもが台無しになってしまう。ここはどうにか、通してもらわねば。


「ナガテ殿。これには深い事情がある。話を聞いてくれ!」

「……シロ殿。もはや弁明は不要だ」


 ナガテは悲しげにかぶりを振った。


 ちなみに、今日の彼女は例のひよこTシャツではない。制服を鉄の胸当てで固め、薄手の白い羽織を夜風にはためかせている。

 実に真っ当で、絵になる立ち姿だ。和洋折衷せっちゅう戊辰ぼしん戦争あたりのサムライな感じ。


「魔族よ、この上はいさぎよくするがいい。純真無垢むくなる小勇者殿たちを冥府めいふ魔道へといざなうその悪行。天なる龍神と女神サクラの名において、第二聖護騎士隊が断罪する!」


 張り上げる声も凛々しく一喝、ナガテは左手に佩刀はいとうを呼び出す。相変わらず、否、服装もプラスしてこの前よりもはるかにカッコいい。もう、完全に一戦やる気だ。

 ……やらなくていいのに。


 でも、そうだったな。残念だけど。この人は、初めて会ったあの日から他人ひとの話をあんまり聞かない人だった。


「まったく。リリディアと話がついたと思えば、お次はコレだ。教会の縦割り行政もいい加減どうにかして欲しいもんだね」


 白けた口調でぼやきつつ、キシャがふらりと車外へ歩み出る。検問に引っかかった酔っ払い並みの気軽さで――空をつかむように伸ばした右手に、一本の杖が現れた。


 灰色で、細長い金属をり合わせた形状の。その先端から、内向きに反った鋭い『牙』が閉じたつぼみがくさながらに四本揃って伸びている。

 一見すると、短い槍にも見えなくはない。


 フェンリルの杖。

 実物を拝むのは初めてだが、あれがキシャの装備欄にあった武器に相違そういなかろう。ここでそれを出してきた、ということは……


「……ローウェルの守護騎士、ナガテ・アズマ。『修験者しゅげんじゃ』のクラスは遥か異界より流れ来た魂の発露か。ふふん、せいぜい二十年かそこらのひよっこが数をたのんでこの私を阻もうとは――おもしろい」


 釣り上げた口のに、狼の牙が覗く。キシャのローブが風をはらんで、頭のフードがめくれ上がった。

 不吉な風が渦を巻き、足下の高架道路は地震のように震えだす。


 振り上がる、杖。

 先端、牙の狭間から、青白い光の刃が噴き出した。

 ラ○トセーバーか、ビ○ムサーベル……あえて言うなら、某大魔王の杖が近いか。今のはのファイアーボールだ、とか。


 金毛、黒衣の魔族は厳かに、そして傲然と宣告した。ナガテとアクリー、その他の有象無象どもに向けて。


「天上に祈れ、虫けらども――龍神の加護が、その身を我が牙より守りたもうことを」


 いかん。こりゃもう、こっちも完全にる気だ。

 刃の形をとっていた光が、ガスバーナーの炎よろしく勢いを増して噴き上がる――


 仲間の戦闘態勢を検出し、セカンダリがエンカウントモードで起動。


「させるかっ!」


 ヘリの床を蹴って、ナガテが飛び出した。十メートルの距離が瞬時に消え、目にも留まらぬ速さでキシャに斬りつける。


「おっと」


 刃の形に戻った光が、光を帯びた刀を弾く。弾いて後退したキシャを追うナガテ。追い撃ちをかわし、軽やかにキシャが舞う。


 超スピードの追いかけっこになった。

 見るからに戦士型だったボズィマーと違って、キシャはナガテの攻撃とまともにはやり合っていない。ただ、跳ねまわっているだけだ。


「いよっ」

「とぁぁああっ!」


 四駆のシートに着地したキシャをナガテが追って、すんでのところでキシャがまた逃げる。かわされた一撃の余波なのか、四駆が爆発して火の手を上げた。


「ほらほら、どうした?」

「貴っ様ぁ!」


 おちょくるように杖を見せつけ、キシャが後ろへ距離を稼ぐ。ナガテの追い撃ちは、またしても空振り――


 隙を与えれば、部下たちが危うい。

 その意識が邪魔をしているのか、一方的な攻勢でありながらナガテには焦りの色がうかがえる。


「はああッ!」

「まだまだ、こっちこっち!」

「――――ンのぉっ!」


 ひょい、とキシャは後ろ向きのまま、ヘリの屋根にまで飛ぶ。飛ぶほうも飛ぶほうだが、追いかけながら脳天へ斬り下ろすほうも大概人間離れしている。


「よっ」

「ぬぅぅぅッ!」


 キシャは逃げたがナガテは止まれず、光る刀がヘリのローターを直撃して爆砕。

 翼がバラバラに飛び散って、機体はハリウッド映画並みに大炎上――コックピットの乗組員たちが慌てて外へ脱出する。


 いや、もう一人いた。


「なっ、何してんですか隊長のアホぉっ! お前、少しは頭使って戦えよ!」


 命からがらキャビンを飛び出したアクリーが上官を罵倒する。罵声を浴びる張本人は、地球価格で数億円超のき火を背に路上で再びキシャと対峙していた。


「いやはや、どうして。若いながらに大した凄腕だ。魔法使いの私では、一対一サシだとちょっと手こずりそうかな」


 口ほどには困った風でもない顔で、キシャがこちらを振り返ってくる。

 ……まさか、私たちに加勢しろと? 色んな意味で冗談じゃないぞ。


「時間が惜しい。この場は私に任せて二人で探索を続けてもらおうか。今更、目立つのを気にしてもしょうがないし……勇者ちゃん、竜には乗れるよね?」

「え、ええ。まあ一応」

「じゃあ、コレあげる。可愛がってやって」


 杖とは逆の手に呼び出した何かを、隣の勇者に投げてよこす。いや待て。今、彼女が、ナニに乗れるかって?


「こ、これを……?」


 渡された小さな笛をまじまじと見つめ、勇者はそれを口元に当てた。『観察』すると、『竜の呼子よびこ』と出る。そうか、やっぱり竜なのか。


 竜だった。


 勇者がその笛を目一杯に吹き鳴らすと(アイテムだから実際には吹かなくてもいいのかもしれないけど)、私たちが乗る車の近くに光の魔法陣が発生する。

 光の中から現れたのは、ちょうど馬ぐらいの大きさで一対の翼を持つシルエット。鱗の肌でおっかない顔をした、赤褐色のドラゴンだ。


「行きましょう、シロ」

「お、おう」


 車からくらに乗り換えた勇者が、私に手を差し伸ばしてくる。と、いうか……本当に乗れるんだな、こんなのに。うぅ、蛇に限らず爬虫類系は好きじゃないんだが。


「グルゥ……」


 早くしろ、とドラゴンがうなる。しょうがないので私も勇者の後ろに乗った。心地は悪くないが、思ったより高い。

 これで飛ぶんだろうか、やっぱり。わりと正気の沙汰じゃない気がする。

 とはいえ、これもご主人のためと思えば……


「……行きますっ」


 勇者が手綱を、私が勇者の体をつかんで準備完了。勇者がドラゴンに合図を送り、ドラゴンは翼を大きく羽ばたかす。


「シロ殿、小勇者殿っ!」


 ナガテが叫ぶ。

 基本的には、やはりいい人だ。心配そうな顔にこっちの胸も痛む。


「おっと、邪魔してもらっちゃ困るな」


 キシャが杖で牽制する間に、ドラゴンは宙に浮き上がった。


「キシャ殿っ」

「うん、大丈夫。殺しはしないよ。私はいい魔族だからね」


 にっこり笑うあの顔をどこまで信じていいのやら。一抹の不安を残しつつ、私たちは地上を離れ――


「待たんか、こらぁぁ!」

「っ、アクリー!?」


 飛び立つドラゴンの片足にアクリーがジャンプでしがみついたりもしつつ、私たちは地上を離れて夜空へ舞い上がっていく。

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