第四章 ご主人を取り戻せ!

第24話 作戦開始!

 再会の約束は、二日後の夜中だった。


 寮をこっそり抜け出した私と勇者は、神殿の丘を下って街へ出る。

 煉瓦の街、人気が絶えた通りのバス停。

 屋根とベンチだけの簡素な待合所にぽつんと一人、真っ昼間でも怪しく見えそうな頭にフードをすっぽり被ったローブ姿の客が座っている。


「おやおや、これは可愛らしい不良娘さんたち。悪い子だな、こんな真夜中に出歩くなんて」

「あなたが呼び出したんでしょう」

「ま、そうだけどね」


 勇者の抗議もどこ吹く風と、キシャはベンチから立ち上がった。


「例の薬は完成させた。こいつを渡すとこまでは協力するって約束だったけど……」


 開いた右手に、アイテムを呼び出す。バス停の行灯あんどん標識が、フードの下で微笑する顔に怪しげな陰翳いんえいを揺らめかしている。

 掌に、ジップのついたビニールの小袋。中身は白いカプセル剤だ。

 何から何までもう完全にそっち系の売人という身形ナリの魔法商人は、黒ローブの肩を飄逸ひょういつすぼませた。


「一つ、残念なお知らせがあってね。ま、怒らないで聞いてほしい」

「……内容によるが」


 とは言ったものの、既に嫌な予感しかしない。物腰に深刻さを欠くあたりが、彼女の場合かえって不安を誘う。


 そして、キシャは言い放った。

 これっぽっちも悪びれることなく、むしろしゃあしゃあと。


「実は、もう時間的な余裕があまりないんだ。これからすぐに捜索にかからないと、手遅れになる恐れがある」


 なるほど、それは残念。

 ……って、おい。ふざけるな。


「や、これでも最大限に急いだんだよ? 魔法薬の精製ってのは手間も時間もかかるもんだし、寝てる間に妖精さんがやってくれるってわけでもないからね」

「つまり――そういう名目で、なし崩し的に協力を続けさせようって魂胆なんだな」


 不信感いっぱいにジト目で睨む。

 図星を突かれたのを隠そうともせず、キシャはにっこりと笑った。


「一刻を争う事態なら、そうしたほうが賢明じゃないかな。あくまで一般論だけど」

「よく言う……」


 厚かまし過ぎて怒る気にもならない。ふざけた理屈だが、まあ一理はあるし。

 それに……


「そう言うからには、探す手立てはあるんだろうな?」

「もちろん。用意に抜かりはないさ」


 ヘッドライトとエンジン音――キシャの返事に応えるように、バス停に一台の車が入ってきた。バスではなく、四人乗りの2ドア式コンバーチブルカーだ。


「おお……」


 シルバーメタリックで外車っぽくてカッコイイ感じのデザインだが、右ハンドルなあたりはあくまで日本リスペクトである。


「どうぞ。二人とも乗って」


 ドアを開けて助手席を倒し、キシャが私たちに乗車を促す。


「キシャ殿。そちらの方は?」


 運転席でハンドルを握るのは、エプロンドレスのメイドさんだった。こっちの運転免許制度がどうなってるのかは知らないが、見たところ多分未成年だろう。


「ああ。コレは私の創った魔法生物だよ。人間並みに知能はあるけど、個体としての自意識はない。ロボットみたいなものだと思って」

「魔法生物。これがか」


 しずしずと無言でお辞儀をしてくるが、普通に人間にしか見えない。美少女なのに表情に乏しいのがロボットと言えばそれっぽいけど。


「じゃあ、行こうか」


 私と勇者が後部座席、キシャが助手席に乗り込んで、夜の街へ車は発進した。凹凸のある石畳の道を、路面に吸い付くような滑らかさで加速していく。


 ……思えば、初めて体感するこの世界の『夜』だ。

 雲はほとんど出ておらず、煉瓦造りの街並みの上には満天の星空が広がっていた。見知らぬ星座と、流れていく景色。夜風が涼しく、肌に心地よい。


「意外とあっさり乗ってきたね」


 助手席のキシャが、ミラー越しに私たちの顔を見つめていた。


「ということは、リリディアの了解は得てきたと考えていいのかな?」


 へ? と、間抜けな声を上げる勇者。

 私はふん、と鼻を鳴らした。


「バレてたのか」

「まあ、君はそうするだろうと思ったよ。情報と薬さえ手に入れば私は用済みだし、こっちに義理立てするよりも自分とご主人の安全を確保するほうが優先だ。その判断を責める気はないさ」


 そう、それが当然の判断だ。

 大森林での冒険から戻った後、私は事の次第を全てリリディア大司教に報告した。


 魔族であるキシャのことを、どこまで信用していいものか。

 その点の指示を大司教に仰いだのだ。


「別に好かれちゃいないだろうけど、知らない仲じゃないからね。この私がいい魔族だってことはリリディアも太鼓判を押してくれたわけだ」

「いい魔族だとは言ってなかった。この件に関しては信用してもいい、ただし油断はするな、と」

「……つれないねぇ」


 キシャは大袈裟にかぶりを振って、どこへともなく呼びかける。


「どうせ、この会話も聞いてるんだろう? 直接呼びかけてくればいいものを」

『今更、話すこともないと思いますが』


 助手席で立ち上がるセカンダリのウインドウと、リリディア大司教の声。


「ど、導師様っ!?」


 私の隣でうろたえる勇者は、両者どちらも相手にせず。


「やあ、リリディア。久しぶりだね。今回は私が君を完璧に出し抜いちゃったから、ヘソを曲げて出てこないのかと思ったよ。ははははは。でもしょうがない、君のせいじゃないよ。仕えてる神様が無能だってだけで」

『性格の悪さは相変わらずですね』

「いやー、ごめんごめん。ま、サクラ神の手前もあるし、君の立場じゃ大っぴらに私と接触はできないだろう、と。これでも一応、気は使ったんだよ」

『そうですね……サクラ様もお怒りですが、トーマが今にも睨み殺しそうな顔で私の前に立っています。顔を合わせたら、斬られないようせいぜい気を付けてください』

「あー……うん、そりゃ本当にヤバそうだ。気を付けるよ」


 ぶるっと背筋を震わせつつ、キシャはなお不敵な声音で続けた。


「ともかく、これで君も部下たちを動員できる名分を得たはずだ。いたいけな未成年をたぶらかして略取りゃくしゅした魔族イクゼルテ――汚名は甘んじて引き受けるとしよう。聖都で魔神降臨だなんてとても表には出せないだろうしね」

『そうですか。では、お礼は逮捕した後でゆっくりさせて頂きましょう』


 捨て台詞を残し、ウインドウが消える。


『――あーっ! こら私にもしゃべらせなさいよあのクソ異端者いたんしゃどもに私の』


 最後に混じり込んだ奇声は多分、サクラ神だろう。

 教会の高位聖職者と魔族。古い知り合いとは聞いていたが、この二人にはそれだけじゃない因縁とかもありそうだな。


「何はともあれ、お互いにわだかまりもなくなったということで」


 仕切り直し、とばかりにキシャは声を弾ませて、


「はい、どうぞ。約束のお薬」


 ビニールの小袋を差し出してきた。


「む。そうだった」


 魔法薬だから、これも当然魔導性アイテムだ。受け取って『観察』してみる。


 その名もズバリ、『ココ・ホーレ11ワンワン』。


「…………。」


 ……こんなアホみたいな名前の薬を、本当に飲まなきゃならんのだろーか?


「アイテムだから、ポーションみたいに普通に使えばOKだよ。飲みたきゃ、水でも用意するけど」


 途方に暮れる私を見かねたか、有り難くもないフォローが入る。断じて、そういう問題ではない。


「大丈夫、効き目は私が保証する。それを使えば、君の探索能力は飛躍的に向上するだろう。効果はせいぜい半日だけど、聖都を探す分にはお釣りがくる」


 どうやら、やるしかないようだ。

 観念して、小袋から出したカプセルを右手の中に握り込む。魔力を繋ぎ、アイテムを起動――薬が弾け、私の中に魔力が宿った。


 そして――


「――――っ!?」


 強烈な覚醒感が私の全神経を走り抜ける。意識そのものが、鋭く冴え渡るような。


「さあ、始めようか。今やこの街は、完全に君の手中にある」


 キシャの言葉も誇張に聞こえなかった。これで、やれないはずがない。目を閉じ、ご主人のことだけを考えた。


 探索。

 スキルを起動する。爆発的な勢いだ。


 膨大な情報の波が、四方八方から私の中へとなだれ込んでくるような。

 あるいは逆に、私自身から溢れ出た波がどこまでも果てなく広がっていくような。


 ――遠く、しかし確実に。拡張された私の意識に、まごかたなき一つの気配が瞭然りょうぜんと立ち現れてくる。


 ……生きていた。無事で、いてくれた。


 今、行くから。助けに行くから。


 待っていてくれ、ご主人……!

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