第23話 強敵をやっつけろ!

 回復を済ませた私たちは、慎重にスキルが反応した場所へ向かう。鬱蒼うっそうとした木立が途切れ、少し開けた場所が見えてくる。


 森の広場みたいな、丸い形の野原。中心にそびえる巨木の枝葉が、その全体にドーム屋根のように覆い被さっていた。


「立派な樹ですね……」

「まるで、この森のぬしみたいだ」

「それより、二人とも見てごらん。幹の向こう側、あそこで何か動いてる」


 圧倒されて息を呑む私たちに、キシャが指さして注目を誘う。大樹の根元、太い幹の陰で緑色の細長い物体がうねっている。


 あ、あれは、まさか……


「……へっ、蛇かっ?」

「あれ、シロちゃん、ひょっとして苦手なの?」

「そっ、そそそそんなことはないぞっ! 蛇なんて、へっちゃらだ! ちょっとしか怖くないっ!」


 賢明なる諸兄はご記憶であろうか。

 私がこんな破目に陥った一因に、そもそも蛇嫌いがあったということを。この弱みさえ私になければ、ご主人を死なせることとてなかったのだ。


「うん。ちょっとは怖いんだね。まあ、私だって好きではないしね」


 ローブの腕にしがみついてガタガタ震える私を、キシャはやれやれと言わんばかりの顔で見下ろした。


「大丈夫。アレは『ヒドラそう』。蛇に見えるけど、植物系の魔物だ。地下の根っこで固定されてるから、動いて襲ってくることはないよ」

「そっ、そうか。蛇じゃなくて残念だな。うん、がっかりだ。ははははは」

「けど、参ったな。ひょっとしてだけど、例の反応ってピンポイントでアイツのいる場所だったりしないかい?」

「……そうなのか?」


 念のため、確認してみる。ぴかっと光る探索のマーカー。キシャが言う通りの場所だった。


「どうやら、そのようだ」

「やっぱりね。レアな素材が自生するような場所には、強い魔物も湧きやすいんだ」

「戦わなきゃいけないんですか?」

「……ふむ。ドロップアイテムとは違うから、私の魔法で吹っ飛ばしたらキノコごと一緒におじゃんだろうねぇ」

「では、剣で倒すしかないのか」

「作戦を練る前に状況を確認しよう。私がちょっと様子を見てくるよ」


 木立から歩み出たキシャは、ひょいひょいと軽快な足取りで巨木の幹を回り込む。レベルの低い私や勇者ではとても真似できない大胆な行動だ。


「ギャース!」


 森に響いたのは、植物は間違っても上げないような大音量の雄叫びだった。幹の陰からちらりと覗くのは、まるで蛇の鎌首かまくびみたいにうねうね動く植物のつる

 先端のつぼみが割れて、牙の生えた赤い口をさらけ出す――


「うわっ、と」


 どごぉっ、と口から吐き出された炎をキシャがジャンプしてかわした。続いて、別の蔓に生えた口から今度は白銀のダイヤモンドダスト!

 キシャも再びジャンプで回避、更に別の口が噛みつこうとするのには背中を向けて一目散に逃げ戻ってくる。


「いやー、危ない危ない。ありゃちょっと君らだけじゃ荷が重いかな」


 そりゃそうだ。炎を吐く魔物なんて初めて見たぞ。しかもヒドラというだけあって首がいくつもあるみたいだし。

 あれで、よくもそう涼しい顔してへらへら笑っていられるもんだな。


「……で、どうだったんだ?」

「うん。君らの攻撃で倒すのは厳しいけど、私の魔法をぶち込み過ぎるとせっかくのお宝が台無しになりかねない……ということで、こういう手はどうだろう?」


 キシャは胸元で握り拳を作って、


「まず、私と勇者ちゃんで奴の攻撃を引きつける。その隙に、シロちゃんがささっと懐へ潜り込み『奪取』のスキルでお宝をゲット! 離脱したら、今度は遠慮なく魔法でトドメを刺す――と、こんな感じで」

「私が、あいつの根元まで行くのか……」

「それ、危なくないですか?」


 私の懸念を勇者が代弁する。

 あんな化け物に近づくなんて、自殺行為もいいところじゃないか。


「確かに危ないけど……じゃあ、ここで諦めるのかい?」


 金色の瞳が問いかけてきた。真っすぐな眼差まなざしで、私の覚悟と意志の強さを。


 ……諦めるのか?


 ご主人の恩に報いるために、私はこの世界にやって来た。地獄行きという理不尽な運命から、彼女を助け出すために。

 それを諦め、逃げ出して、私に何が残るというのだろう?


「冗談じゃない。やってやるさ」


 ヘタった尻尾を奮い立たせて、強がり半分に言い切った。

 蛇などにびびって犯したあの失敗。ご主人の全てを狂わせた臆病さを、ここでまた繰り返すわけにはいかない。


「そうこなくちゃ。ここまで投資した甲斐もない」


 キシャは、にんまりと牙を覗かせる。満月のような丸い瞳に、初めて見せる戦意がみなぎった。


「ああ、そうそう。戦う前にセカンダリの設定で『エンカウントモードの自動起動』を有効にしておいたほうがいいよ。戦闘中に自分とパーティメンバーのHPやMPが確認できるようになるから」


 だから、そういうのはもっと早く言えよ。



 ヒドラ草。

 その名が示すように、蛇の怪物ヒドラみたいな草の魔物である。あくまでも植物であり、爬虫類ではない。


 しかし。


 蛇に見える形をしたものが蛇さながらににょろにょろと動き、蛇のように私を襲うとしたら――そこには果たして蛇そのものと如何いかほどの違いがあると言えようか。


 少なくとも、私の知る蛇はもたげた鎌首が高さ二メートルを超えたりはしないし、その首が三つに分かれて炎や冷気を吐いてきたりもしない。


 しないほうがよかった。


「私は、奴の首が届かない位置から魔法攻撃で牽制する。そうなれば、左の炎と右の冷気は私を狙わざるを得なくなる。真ん中の首と蕾のない蔓は物理攻撃専用だから、そいつは二人でうまいことよけて」


 ……どんな化け物だ。宇宙超怪獣じゃあるまいし。キシャはお手軽に言ってくれたが、いざの当たりにさせられてみると足がすくんでしまいそうになる。


「念のために、敏捷と防御を補助魔法で強化しておこう。それじゃあ行ってみようか――テイルウインド! プロテクション!」


 束の間、私と勇者の体を小さなつむじ風と光が包む。言われてみれば、いくらか体が軽くなったような気もする。気のせいかもしれない。


「ギャース!」


 私のためらいなど知ったことじゃないらしく、前方十メートル先に位置する蛇草は威嚇とともに炎を吐き出してきた。


「散開!」


 キシャの号令。言われなくても、散るに決まっている。

 炎は草地に炸裂し、火柱を噴き上げて消えた。


「ルミナス・ヴァリィ!」


 飛び退すさりつつ、キシャが反撃の魔法を放つ。扇形に配された光の矢が十数本、水平軌道で敵に殺到する。


 地面から離れた胸ほどの高さで、小規模な爆発が連続して起きた。お宝を巻き添えにしない配慮だろう。『豚トリュフ』はまさに、蛇草の根元にへばりついている。


 畜生め。あれじゃまるで人質だ。爆発でほとんどダメージを受けた様子がないのも気に喰わない。


「たああああっ!」


 キシャの指示通り、勇者が果敢に前へ躍り出る。噛みつこうとする蕾に斬りつけ、距離を取って左右に撹乱かくらん。補助魔法の霊験れいげんあらたか、今までよりも動きは素早い。


「ファイアーボール!」


 キシャの魔法が、蛇草の冷気を迎え撃って相殺そうさいされた。続けざまの炎は、すんでのところでひらりと回避する。


 戦況が動いていた。ほぼ、キシャが予告した通りに。

 ならば私も、手をこまねいてばかりはいられない。


「――今だッ」


 乗り越えろ。恐怖と、取り返しのつかないあの日の失敗を。

 震えそうな足を叱咤しったして私は走りだす。魔法のおかげで体が軽い。目指すキノコは敵の足下に――


「くっ」


 鞭のようにしなった蔓を右手のナイフで払いのける。足が止まったその一瞬に、別の蔓が横腹を殴りつけた。


「ぐあっ」


 さっきまでの雑魚とは比べ物にならない。重たい一撃が私を吹き飛ばす。

 エンカウントモードのセカンダリ表示で、HPを示すバーが大きく幅を縮める。


「シロっ!?」

「止まるな! 動き続けて、シロちゃんは回復っ!」


 ナイフを拾う。起き上がって、走りながらポーションを左手に呼び出した。回復。HPゲージのバーが横向きに上昇していく。


 強化された俊足を生かして、蔓の鞭から逃げ続けた。私の技倆ぎりょうと攻撃力では接近戦など挑むだけ無駄だ。補助魔法なくしては、こうして向き合うことすらかなうまい。


「ファイアリィランス!」


 キシャの放った炎の槍が、向かって右側、冷気の蕾を正面から射抜いた。炎上して黒焦げになると、焼けただれた蕾はそれきり沈黙してしまう。


 まずは、一本。鎌首を潰した。


「――ライトニング・スラッシュ!」


 勇者の剣が光をまとい、真ん中の首を斬りつける。鋭い絶叫。たまらず蛇草は全身でのたうった。

 ――凄い。ひよこと言えどもさすがは勇者、あんな必殺技を持ってたのか。


「まだまだ、安心しちゃダメ! HPが残ってるうちは再生するかもしれないよ!」


 ならば、今こそが絶好機。これを逃しては二人に申し訳が立たぬ。


「ぬあああああっ!」


 意を決して、私は敵の懐へ突っ込んだ。脇目を振らず、姿勢は低く。ホームベースに滑り込む野球選手みたいにして、空いた左手でキノコにタッチする。


 スキル発動、豚トリュフを奪取!


 地面に生えていたピンク色のキノコが光の粒になって消失した。だが達成感にひたる間はなく。


「シロちゃんっ!」


 キシャの警告。根元にうずくまった私の背後から、恐るべき柔軟性で真ん中の首が襲いかかってくる。

 迫り来る気配と、獰猛な唸り声。振り返った。とても避けられない――


「とりゃああっ!」


 勇者が叫んだ。飛び込みざま、横薙ぎに剣を振るう。光の刃が左から右へ。蕾の先ごと蔓を断ち切った。


「いいぞっ、離脱しろ!」


 一瞬、視線で頷き合って私と勇者は走りだす。左右に分かれて、キシャの後ろへ。


「オーケイ。これで、おしまいだ――」


 キシャが敵に向けて左手を突き出した。叫ぶよりも、むしろ静かな声音で宣告。


聖鵺煉法陣ロクサ・ブレイズ


 蛇草が根を下ろした地面に光の魔法陣が浮き上がる。高々と噴き出す紫の炎が、渦を巻いて魔物を焼き尽くした……


 魔神の司るかたちなき律法。これが魔道司祭ダークプリーストのスキル、上位混沌魔法なのだろう。


「うわぁ……」

「凄まじいが、おぞましくもあるな」


 ヒドラ草が砕け散り、光の粒が降り注ぐ中で私と勇者は呆然と立ち尽くす。彼女は最初から、本気じゃなかった。最後に格の違いを見せつけられた思いだ。


 それだけのことをやった当人はといえば、もう何事もなかったようにさっきまでの顔に戻っている。


「シロちゃん、アイテム欄を確認してみて。豚トリュフはこっちで魔法薬にするから渡してくれるかな」


 ああ、そういえばまだ見てなかったな。


「あったぞ。これでいいか?」

「うん。ありがとう。では、こっちのドロップアイテムは健闘の記念に進呈しよう。ギルドに納めれば出所を聞かれる程度にはレアだから、適当な店で売り払えばいい」


 蛇眼じゃのめの種。

 ピンポン玉くらいの大きさで、縦に一本入った模様が蛇の目玉みたいだ。あの草の蕾には目なんてついてなかったと思うけど。


「いやあ、一時はどうなることかと思ったけど、これで無事に目的も達成だね。早いとこ聖都に還るとしようか」

「そうでした。遅くなったら、導師様やトーマに怪しまれるかも」


 キシャの言葉に、はっとする勇者。確かにそうなのだが……そう言われると、妙にひっかかる。


 聖都に戻り、ギルドに寄ってアリバイ工作、神殿に帰ればちょうど夜。こんな広い森だというのに、スケジュール的な意味で都合よくお宝が見つかり過ぎじゃないか?


「まさかと思うが……最初から、ここにあると知っていたんじゃないだろうな?」

「さーて、どうだろうね?」


 見上げる疑念の眼差しを、キシャは楽しげにはぐらかす。


「でも、来てよかったでしょ。いい経験して、レベルも上がったし」


 レベルは……まあ、そりゃ上がるわな。

 ゲームで言ったら、多分あんなの中盤あたりに出てくるようなボス敵だし。


 おまけに、あんまり嬉しくもないクラスがまた増えていた。


【花坂シロ 獣人 女 11歳 ※〈神徒プレイヤー

 基礎Lv6

 クラス:探索者Lv4、狩人Lv2、盗賊Lv1

 スキル:「探索Lv3」「索敵Lv2」「奪取Lv1」etc

 加護パラメータ…                      】


【ピュオネティカ・ラシュ・パトリス 人間 女 13歳 ※〈神徒〉

 ステータス

  基礎Lv8

  クラス:剣士Lv5、聖騎士Lv3、勇者Lv1

  スキル:「剣技Lv3」「聖騎士道Lv2」「破邪」etc

  加護パラメータ…                      】


 ていうか、一日でこんなにレベル上げて帰ったら普通に怪しまれるんじゃないか?


第三章 おわり

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